#11 「魔法少女とボク達の”武器”と」
「……もう一声、ですか……?」
「そそっ、ユニット+α、みたいなの。あってもいいんじゃないかな?」
ごしごしと、モップでしきりに床をこすりながら、杏はそう口にした。
閉店直前、清掃中。衿華も紗もシフトを入れていない中、この時間帯がひっそりとしているのは遥にとっては随分と久々だ。
そんな先輩と二人きりだったから。
──魔法少女総選挙、サポーター側としてできることって、何がありますか?
衿華とユニットを組んで、一緒に歌うことにしたこと。
その上でまだ何か自分にできることはないのか、と。
何かアドバイスでも得られたらいい、遥は杏に聞いてみることにしたのだ。
「だって紗ちゃん、ユニットがオッケーだってわかったら、ゼッタイにあたしと組みたいって言い出すし、そしたら当然、あたし達が勝っちゃうし。対策は必然、でしょ? ……なんて、あたしが言うのもヘンな話、だけどね」
それが杏なりの自信、だったのだろうか。
けろっとした顔で返ってきたのは自信満々な答え。
「まあ、勝ちたいのは全員同じだから……あたしにできるアドバイスはこれぐらい、かな。とにかく、遥くん達だけの色を付けること。以上っ!」
その割には至極真っ当な論理と一緒に、宙ぶらりんなアドバイスだけが、その場には残った。
「……ありがとうございました。何か、考えてみます」
「ほんとに遥くんは真面目な後輩、だね。もう少し、強がってくれたり、堂々と宣戦布告とかしてくれていいのに」
口を尖らせて杏は答える。
一々彼女にとって不服なことの尺度がわかりづらいところはあるけれど、たまに貴重なアドバイスをくれる先輩だ。
お望みとあらば、お返し、ぐらいはしてもいいのかもしれない。
「それじゃあ──ボクたち、勝ちますから。そっちが束になろうとも、イチゲキですからっ!」
慣れない強がりは、らしくない高いトーンと張り上げられた声でもって表された。
こういうことを口にするのはやっぱり苦手だ、と。遥は熱くなった頬を掻く。
それでも、杏にはお気に召したようだった。
うんうんと幾度か頷くと、
「あたしも紗ちゃんのサポーターとして死力を尽くす所存、だから。ぶつかるなら、それぐらいの相手がちょうどいいよっ! 決選投票までにライバルとしてどれだけ成長するか期待してるよ? 遥──先輩っ!」
杏らしい、はつらつ可愛い口上。
最後に彼女が付け加えたあざとすぎる言葉に、余計頬が熱くなる。
そして、それは言った側とて例外ではなかったのだろう。
杏もまた、顔を赤くして──無理矢理に真面目ぶった表情を作ると、ぽつりと誤魔化すように溢した。
「……って、これ、あんまり”魔法少女”側が言うセリフじゃないね」
「どちらかというと、敵側が言う感じ、ですよね」
「ほんとほんと……またマキさんに怒られちゃう」
心なしか、先程からずっと同じ場所をこすり続けている気がする。
お互いに、ちっともモップが動いていない。
はつらつ可愛い自分をしっかり持ってて、実際に”魔法少女”としても抜群に優れてて、それでも、最後はどこか抜けている。ドジ踏んで、自分の発言を恥じらうぐらいには。
それが杏という”魔法少女”なのだ。
確かに完璧ではなくて。それでも、傍目から見れば自信に溢れたその姿は元気をくれる。
案外、彼女みたいなのが理想の先輩像、なのかもしれない。
モップを動かす手に力を込める。
──何か、僕たちだけの”武器”を見つけるんだ。
遥の中で固まった目的、それを果たそうと迸るやる気。
清掃を続けながらも、思索だけは熱心に巡らせていた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「遥……顔色、悪くない?」
「……昨日、あんまり眠れなかっただけだよ」
斜陽が差し込む生徒会室。
定例会を前に、ウトウトとしていた遥にこそっと耳打ちをしてきたのは透羽だった。
どうやら、心配してくれているらしい。
「……今日、早めに帰ったら? 体調不良だったら、多分認められると思うし」
透羽は真正面で作業をしている衿華の方を見やる。
普段と変わらぬ仏頂面でパソコンを睨みつけ、高速でタイピング。作業がまだ残っているのだろう。
とはいえども、バイトを休んでいる間に何とか回復したのだろうか、前回会った時よりも幾分か顔色は良くなっているように思えた。
「いや。今日は結構大事な話をするんだろ? 寝不足ぐらい帰って寝れば治るから、大丈夫だよ」
「……そう? でも、無理は厳禁だよ? 体調悪くなったら、ちゃんと報告してね。……わたしにでもいいし」
母親か、と。
筋金入りのお節介を披露した後、透羽は自分の席に引っ込んだ。
透羽こそ、昔から変わらない。もう、お互い子供じゃないのに。
とはいえども、普段感じるような煩わしさは、今日に限ってはほとんど存在していなかった。
彼女が遥に対して気を遣ってくれていたから、というのもあったけれど、一番最たるものだったのは、引きずっていた昨日の杏との会話だった。
──”武器”が、見つからない。
どうにもそれがこびりついて、昨晩はよく眠れなかった。
今日に至っては、眠さも相まって一日中、上の空なまま。
けれど、口先だけは平静を装いつつも、遥は内心、心穏やかではなかった。
遥と衿華。ユニットと歌、+アルファ。
その、自分たちにしかできないことを探す、というのは偉く難儀なコトで。
ちら、と衿華の方を向いてみれば、いつも通り気難しそうな表情。
多分、今日の自分もああいう表情だったのだろう。
このまま考えていても、きっとアイデアは出てこない。
二人、組んで相談しているうちに何かしら解決の糸口ぐらいは掴めるだろう。
この後のバイトにすべてを託して、遥は一度切り替えることにした。
ちょうど、その時だった。
「──それでは、本日の定例会を始めます」
凛とした声が響く。
皆、衿華に注目していたのだろう、遥だけが一拍遅れて立ち上がる。
「文化祭における各メンバーの役割について、本日は分担します。真白君、記録の方お願いします」
咎めるように遥の方を僅かに一瞥したのち、すぐ本題に入ってしまう。
余裕たっぷりなまま、生徒会長・衿華にとってはそれぐらい些細なことなのだ。
「あの、衿華先輩。ステージパフォーマンスにおける生徒会の演目、決めないんですか?」
挙手。衿華が作り上げた張り詰めた空気、それを打ち破って発言すると、透羽は正面の衿華を見据えた。
「……彩芽さん、それはもう少し後でも間に合うこと、ですが」
「それでも、今ここで決めたいんですっ! 時間がかかることですからっ」
「……では、聞かせて頂いても……?」
衿華の発言を待たずして、くるりと周囲を見渡すと、透羽は宣言した。
「”演劇”が、したいんです──っ!」
そんな素振り、ちっとも見せていなかった。
広がるざわめき、それだけに彼女の提案は衝撃的だったのだ。
「近年の生徒会ではそこまでの規模のことはできていません。それを鑑みても、ですか?」
「はい。生徒会そのものの規模の縮小のせい、ですよね。でも、早めに手を打てば──準備期間を長くすれば、十分に間に合うと思うんです」
透羽はちっともたじろぐことなく、衿華に対峙する。
「……確かに、演劇は当生徒会の伝統でした。ですが、そこまでの準備期間をかけてまで”演劇”をするメリットは?」
「”派手さ”、です。生徒会という閉じた組織を一般生徒にしろしめること、組織の団結力を高めること、メリットは色々とありますが──」
咳払いを一つ、透羽は言い放った。
「二年生以下、時間がたっぷりあって──文化祭に全力で打ち込めるメンバーを思いっきり巻き込みたい。そして、衿華先輩」
生徒会長を指さした。
今この場で握っている主導権を誇示するかのように、透羽は真正面から衿華を指さしてみせたのである。
「わたしが来年度、あなたの座を受け継ぐに当たって、その経験が必要ですから、だから、成し遂げたいんですっ」
来年度は生徒会長になる。
毅然と。それを喧伝するように、”現・副会長”として。透羽はぐっと拳を握りしめた。
最早、ざわめきはどこへやら。それすら通り越して、空気が凍てついたかのように、周囲は静まり返っている。
「……ほう。反対意見は、ありますか」
嘆息。のち、衿華が発した問い。
それは、質問の体をなしていなかった。
とても反対できるような空気ではなかったから。
一人が挙手し、また一人と、まばらに手を挙げ──やがて、それは過半数に至った。
「……それでは、生徒会の演目は”演劇”に決定します」
たった一人の意見。
「真白君、記録しておいてください」
「……あ、はい」
あっさりと決まってしまった演目。
透羽が完成させた巨大なうねりは──。
「さて──では、演目の責任者は彩芽さんに委任します。異論はありませんね?」
「ええ、もちろんです」
「それともう一人、責任者が必要なのですが……」
「わたし、”演劇”の責任者に就いて欲しい人がいて──っ! 彼、です」
部屋中を巡った末、次の行方を定めてしまった。
「真白遥──くん、にお願いしたいですっ」
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「ブラン、先輩……? 顔色の方、少し悪く見えます。大丈夫ですか?」
「衿華さんこそ、大丈夫ですか? この間ので結構、疲れてないですか?」
「十分に休めましたから。……強いて言うなら、学校で一つ、面倒なことがあって……」
バイト前、ロッカールーム。
バッチリと着込んだ”魔法少女”としての衣装に対して、スマホの画面越しに見た自分の表情は随分とやつれていて。
遥は、ため息を吐いた。
「……それは、災難でしたね……」
衿華と透羽。二人が作り上げた空気感に逆らうことができず、結局は呑んでしまった。
バイトでの悩みに加えてもう一つ、学校での悩みまで増えてしまったのだ。
そんな現実に、遥が嘆息した時。
「みんな、見てるかあ──っ!?」
外で大歓声が巻き起こった。
何事かとロッカールームを出てみると、ステージ上で紗のパフォーマンスが行われていて──その隣、杏がマイクを握り締め、観客にアピールしていた。
一挙一投手一投足があざとい。
どこか媚びるようで。それでも嫌味はなく。
大胆に自分をアピールしていく姿はまさに”主人公”──”ピンク”に相応しい。
こんなの、勝てるわけがない──とでも言いたげに、隣で眺めている衿華も呆然とした表情を浮かべている。
「投票は、ヴィエルジュシアンにお願いしますわッ!」
杏が温めたステージで、紗がアピールすれば当然観客は湧き。
そこには、あまりにも強すぎる”魔法少女”が立ちはだかっていた。
この状況で、アピールするか? ……いや、ただ霞んでしまって終わる。
”あたし達が勝っちゃうし”──まさにその通りだ。
「何か、僕たちのアピールには”個性”が必要だと思うんです。アレと……差別化できるぐらいの」
「差別化、ですか……?」
「口上でも、歌でも、衣装にでも、舞台にでも──何か、+αがなきゃ、押し負けます」
会議は踊る、されど進まず。
けれど、どれだけ互いに意見を交わしたところで、答えが出ることはなく。
バイト後、ベンチに腰を下ろし、遥はため息を吐いた。
昨日からずっと考えていたものよりも、実際に杏を前にして、ハードルが跳ね上がってしまった。
二人でなら、もっと妙案が浮かぶかもとは思っていたけれど、それは杏達に対峙する以上、”武器”としては弱すぎて。
ボツにボツを繰り返し、煮詰まってきて。
時間もかなり遅くなったので、互いに考えてきて、また次のバイトで意見交換──と。
結局、今日は何も解決しなかった。
思索を巡らし、指先ではスマホを弄り、何かしら打開策を探し続ける。
けれど、遥の前にそれが現れることはとうとうなくて。
店閉まいするからと部屋に来たマキに追い立てられるように着替えて、帰ろうとした時だった。
スポン、と。
小気味の良い音と共に、遥のスマホへメッセージアプリの通知が届いた。
『今日は、突然お願いしちゃってごめん。その上でもう一つ、ワガママを聞いてほしいんだけど』
透羽からだった。
軽い謝罪を兼ねた前置きにスタンプで返して。
一拍置いて、そのワガママとやら──本題は、送られてきた。
『わたしと、演劇を観に行きませんか?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます