03.文鳥

 真っ白で丸みを帯びたフォルムに、桜貝みたいな色をした大きなくちばし、真っ黒でつぶらな瞳。

 鹿屋は子供の頃、資料映像で見た文鳥の姿に一時期虜になっていた。部屋の中をぴょこぴょこ飛び跳ね、気ままに遊び、飼い主の手に乗り、饅頭みたいに丸くなって座る姿が愛らしくて仕方がなかった。

 鹿屋が最初に目にしたのは、かつて人類が地上で生活していた頃のペットの文鳥だが、調べてみたら〈春時〉には文鳥が持ち込まれたらしい。ならばペットとして飼えるかもしれない。あの愛らしい生き物がそばにいる生活をしてみたい。幼かった鹿屋は両親にねだったが、生き物を飼うのは大変なことだし、何よりとんでもなく高かった。子供の鹿屋でも、その値段を聞いて、これは無理だと思うほど。

 子供でも無理と分かる値段だったが、鹿屋はそれなりにがっかりした。柔らかそうな羽毛を撫でてみたかった。餌をあげ、水浴びをするところを眺めてみたかった。文鳥は噛むこともあるらしい。痛いのは好きではないが、文鳥にならばちょっと噛まれてもいいとさえ思っていた。

 そんな鹿屋のしょんぼりぶりを見かねた両親は、生き物ではないが、おもちゃの文鳥を買ってくれた。大きさは、たぶん本物の半分くらいだが、外見はおもちゃの割に実物に寄せた作りだった。おなかの横にあるネジを回すと、ぴょこぴょこと跳ねて、ピヨピヨと単調に鳴いた。

 見た目が本物に似ていたおかげだろうか、鹿屋はおもちゃの文鳥にぴよ助と名前を付けてかわいがった。数え切れないほどネジを巻いて、家中を一緒に跳ねて遊んだ。夜は枕元に置いて一緒に眠った。

 鹿屋の愛情が深すぎるせいで、ぴよ助は何度も壊れてしまった。その度に手先の器用な母が直してくれて、それを横で見守っていた鹿屋は、やがて自分で直すようになった。

 子供の頃の話だ。ぴよ助は今、実家のどこにいるだろう。小学校の半ば頃には、他の遊びに興味が移ってしまったが、ぴよ助を捨てた覚えはない。

 調子が悪い送風機のメンテナンスをしながら、鹿屋はふと、ぴよ助のことを思い出していた。思えば、自分の手で機械を修理することに抵抗がなく、嫌いでもないのは、ぴよ助のおかげかもしれない。今度帰省した時、ぴよ助を探してみようか。帰省する頃には忘れている気もするが。

「鹿屋さん、どうですか?」

 少し離れたところから古海の声が飛んでくる。今日は珍しく地上ではなく地下部分での作業だ。とはいえ、地上は居住区よりも近いが。

 古海は、この辺り一帯の電源を制御している配電盤のところにいる。電源のオンオフを彼女に任せているのだ。大きなファンがついている送風機に顔を突っ込んでいる時に、誰かが間違えて電源を入れてしまったら大惨事である。

「ブレードが所々欠けてる。何かが入っちゃったみたいだな」

 異音がするということで、鹿屋と古海が様子を見に来たのである。

 角度を変えてライトを当ててみると、欠けだけではなくへこみもあるようだった。やはり、何かが入ってしまったのだろう。ブレードを見る限りでは、それが何かは分からない。ここの送風機のファンは、地面に対して平行にある。上から下に空気を送っているのだ。何かは、おそらく粉々になって下に落ちてしまった。異音がするのは、ファンの軸がずれて、内側をこすっていたせいだろう。

 一抱えあるファンを取り外して軸を交換し、手で回転させる。動きはスムーズだ。変な音もしない。

「古海さん、電源入れてみて」

「はい。入れます」

 ファンが音を立てて回り出す。回転する時のうなるような音はあるが、それ以外の妙な音はない。大丈夫そうだ。

 古海に声をかけて、再度電源を切ってもらう。回転が完全に止まったのを確認してから、作業のために取り外していたカバーを取り付けた。

 再び古海に声をかけ、電源を入れる。カバーをしている分、先ほどよりもうなる音は小さい。

「よし、作業完了!」

 修理がうまくいって、ちゃんと動き出すのは気持ちがいい。ぴよ助の鳴き声を思い出して、やはり今度ちゃんと探してみよう、と思った。


   ●


 空調局の事務所に戻った鹿屋は、先ほどの修理の作業報告書を個人端末で作成していた。古海は日報を書き上げると、早々に帰って行った。

「……これも完了、と」

 完成した報告書を、複数の宛先に送信する。

「堀川さん、今日の修理の報告書、送りました」

 送信先の一人である堀川の席は、鹿屋の二つ隣だ。彼女はさっきからずっと、個人端末とにらめっこしている。

「うん、ありがとう」

 堀川の視線は画面から離れなかった。手元も、キーボードを叩き続けている。

 それでも、堀川がすぐにチェックするのを、鹿屋は知っている。故障や修理に関してのものは、殊更に早い。

 案の定、堀川の指が止まる。しばらく画面を見つめていた。その時間が、いつもより長いように感じる。何か、内容に不備でもあっただろうか。

「……多いな」

 ほとんど独り言のような声音だったが、鹿屋は「何がですか」とキャスター付の椅子に座ったまま、堀川のそばに移動した。間の席の同僚は非番でいない。

「故障だよ。最近、ちょっと多いな、と思って」

 堀川の顔が、ようやく鹿屋の方を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る