新人冒険者、変身デビュー

 翌日の朝、俺は少し早起きしラウンジでキャラ設定に勤しむ。設定を考え出すとキリがないが、まずこんな感じで考えて後は臨機応変にいこう。


 ・名前は変更せずカミトと名乗ることにする。悩んだが、違う名前を使い分けるほど器用に振る舞えないリスクがあるからだ。別の名前で呼ばれた時に反応しなかったら変に思われる可能性がある。それにカミトという名前は人間としてはそこまで珍しい名前ではない。同じ名前でも特に注目されることはないだろう。


 ・出身は西の小さな農村、アクア村の出身ということにする。そんな村があるのかは知らないが、まあ裏どりをする人はいないだろう。遠い西から数ヶ月かけて歩いてきたことにすれば訪れる人もいるまい。

 また農村は田舎にある都合上、魔物に襲われやすくレベルが上がりやすい過酷な環境にある。最初からLV3でも違和感なく受け入れられるだろう。


 ・なぜ冒険者になりたいか? という志望理由としては、アクア村の土地は長男が引き継いだため、稼ぐ手段が必要だからということにしよう。これも冒険者あるあるなので違和感を持たれることはないはずだ。自分は次男で、長男とは仲が悪いので連絡を取らない、という設定にしよう。


 ・魔法についてはアリエッサ曰く「保有する魔法が能力を落とす形で発動する」らしい。そうなると……剣の攻撃力を上げる「ブレード」、盾の耐久力を上げる「シールド」、相手の速度を下げる「スロウ」という説明が良さそうだ。


 初期設定としてはこれくらいあれば十分か。後はサクラに詳しすぎる疑問を持たれる可能性があるが……既に1週間滞在して準備は万端である、ということにする。1週間色々巡ったならまあ諸々知っていてもおかしくないのね、ということだ。大丈夫かな?


「おはようございます」

「おはよう、アリエッサ。変身後の設定を色々考えていたんだが聞いてくれるか?」俺はアリエッサに先ほど決めた設定を説明する。

「いいのではないでしょうか。また細かい設定については本当のことある程度話しても問題ないと思います。龍を単独で倒した、なんて話をしない限りはマスターのエピソードだと気づかれる可能性は低いでしょう」

「確かにそうだな。よし早速出かけてくる。とりあえず家を借りるのと、装備を揃えてくる。その後はいよいよギルドで冒険者登録だ」

「そうですね。家はこのホームの近くで借りてください。地下で繋げるようにしましょう。装備に関しては初心者っぽくお店にいけば店員が揃えてくれると思います。後、先日一点伝え忘れました。何か緊急事態が発生した際は私の魔法『念話』で話しかけます。その際は対応お願いします」

「そうだな、よろしく頼む」


 アリエッサが保有する魔法の一つ「念話」は遠くに離れた人と脳内で会話できる極めて便利な魔法だ。伝書鳩での手紙のやり取りが主流のこの世界に置いて、すぐに遠くの人と会話できる手段は非常に価値が高い。そのため、王族や領主など偉い人は念話専用の魔法使いを雇用している。ちなみにアリエッサは「平凡な者とやり取りする価値はない」とチームメンバー(主に俺)以外と念話はしたがらない。まあハイエルフだからね。仕方ないね。


「では、変身魔法をかけますね。御健闘をお祈りします」

「ああ、よろしく頼む」

 ……こうして俺は、新人冒険者カミトとしての第一日を始めるのだった。なお、他のチームメンバーは現在面倒なクエストを受領しており出張中である。来週には帰ってくるはずなのでその時に変身について話すとしよう。


 まずは家探しだ。俺はブラブラしながら不動産屋を探す。いつもと違って注目されないのが快適だ。まあ普段注目されるはアリエッサやエリスが美形すぎるから、というのもある気がするが。しばらく散策していると、大きな不動産屋を見つけた。とりあえずここでいいか。


「いらっしゃいませー。賃貸をお探しですか?」

「はい、そうです。1週間前に冒険者になるためにサクラにきたんですが、部屋を借りたいと思います!」

 冒険者は死亡率が高い危険な職業なので部屋が借りづらい、というわけではない。なぜなら冒険者が死ぬ場合、外で死ぬため部屋は綺麗なまま亡くなるからである。部屋を片付けてすぐ次の人に貸せばいいからね。


「かしこまりました。ご希望の場所はございますか?」

「そうですね……夜安全なので近くに強いチームの拠点がある所が良いです」

「かしこまりました。有名なチームでいうと、レベル8のシールドオブワールド、赤い棘、ヘッドオブドラゴンなどがございます。人気のため少し高くなりますが、問題ないですか?」

「はい、お金に関しては余裕があるので大丈夫です」

 俺は受付嬢と会話しながら上手く自分のチームの近くの物件を借りる方法を考える。


「人数が少ないチームはその中にありますか?あまり多いとうるさそうで……」

「それでしたらヘッドオブドラゴンの近くはどうでしょう? このチームは5人しかいない少数精鋭なので夜も静かだと思いますよ」

 しめしめ。上手く誘導できたようだ。

「それでお願いします! いくつか物件の候補をいただけますか?」

「はい、承知しました。少々お待ちくださいね〜」


 俺は候補物件の中で、拠点から1番近い家を借りることにした。穴を掘るのが面倒だからね。


「しかしお金持ちなんですね。このあたりは人気があって高級住宅街なんですよ」

「自慢ではないですが親が金持ちで、冒険者になるにあたって結構な資金をくれたんですよ」

「そうなんですね!」

 受付嬢とたわいもない話をしながら手続きを進めていく。まあ金持ち設定くらい大丈夫だろう。無事鍵をもらって賃貸契約が完了した。

「ありがとうございました〜」

 俺は満足して不動産屋を後にする。そういえば内見しないで決めてしまったな。まあいいか……?


「先ほどのお客様、すごいお金持ちそうでしたね。物件も高級ですけど、内見もせずに即決でしたよ」

「どこかの貴族の息子なのかもしれないですね。とりあえず冒険者としてそこそこに出世して末長く借りてくれることを祈りましょう」

「そうですね!」

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