第6話 えっちな本っしょ?
放課後の帰り道。
学校のことも町のこともだいたい説明し終わってしまったので、エドナさんにどこか気になるところがないか聞いた。がんばって聞いた。
「んー? 私は善くんといっしょにいられたらそれで楽しーよ?」
「え、ええ……?」
「あ。照れてる」
「うう……」
エドナさんはぼくを困らせるのが好きだ。ぼくはもっと堂々と振る舞いたいのに、そのたびに理想から遠ざかっていく気がする。本当は、ぼくがエドナさんを甘い言葉で照れさせたり、よろめかせたりなんかしちゃいたいのに……だめだ、想像もできない。
「ふふ。ま、仕返しってことで」
「え、なんの仕返し?」
「なーんでもないよーだ」
口元に指をあてて、あざといポーズをとる。ああ、くそう。かわいいなあ。
「でも、善くんといっしょに行きたいところはあるかも」
「ど、どこですか。ぼくに案内できるところなら、どこでも!」
「原宿とか!」
「う……えっとぉ。あの……」
「人が多くて嫌?」
「的確に心を読まないで……」
「あはは! 善くんの考えてることなんてすぐにわかるよ~」
それはつまり、ぼくのことをいつも想ってくれているから……
「私も昔は、人混みとか苦手だったからさ」
「そ、そっか……」
ではないな。うん、危ない危ない。勘違いは失敗のもとだ。
エドナさんは誰にでも優しい。肝に銘じておかなくては。
「善くんは逆に、私と行きたいところとかある?」
「え、ぼく?」
「『私』と行きたいところ、ある系?」
「うぇ? か、顔が近いですよ……」
とっても、とーってもいい香りがする。頭がくらくらしてきた。
「秋葉原は好きでよく行きます」
「おー秋葉原。ってどこだっけ?」
「原宿とおなじ山手線で行けますよ」
「じゃあそこ行こ」
軽々としたステップを刻むエドナさんに、ぼくは追いつけない。
「ま、待ってください。秋葉原って、なにがあるか知って……」
「えっちな本っしょ?」
「うぇ?!」
「え、本当にあるの? てきとー言ったんですけど……」
固まってしまったぼくを見て、エドナさんはちょっと戸惑った。
胸の前で手をぶんぶん振って、謝ってきた。
「ごめんごめん! こういうの男の子に言うの、デリカシーないね! やば!」
「い、いえ……本当にあるので、だいじょうぶです」
なにが大丈夫なんだろう。
「あ、秋葉原ではいつも、ま、漫画、とか、ゲームとか、を」
「えっちな?」
「……」
「うそうそ! ごめん!! 恥ずかしがってる善くんがかわいくってついキャパ超えて言っちゃったの! ほんとごめん許して~」
「……大丈夫です」
砕けた心のパズルを組み立てるのにちょっと時間が必要だった。
(まあ、じゃあ、そのうち、行きましょうか)
とか、言えればよかったんだけど。
ぼくはあいにく、そんな勇気を持ち合わせていないのだった。
「え、ほんとに行くつもりだったの?」
とか。
「あーうん、そのうちねー」
とか。
そんな返答をされたら心がぽっきりと折れてしまう。その痛みが怖いから、あと一歩が踏み出せない。好きな子に対しても、そんな感じな自分がいやだ。
いやだけど。
怖くて怖くて、仕方がないんだ……。
「善くん」
ふと見ると、エドナさんが目の前で立ち止まっていた。
「いっしょに行こうよ、秋葉原」
「……あ」
「私は言ったよ?」
「え、えっと」
「次、善くんの番だよ」
ぼくを覗き込むエドナさんの瞳が、青く、青く輝いている。
エドナさんと出会ってからまだちょっとだけど、この目の意味はわかる。
ぼくに期待している……いや、ぼくのことを信じてくれている。
ぼくのなかにいる、変わりたいと思うぼくのことを。
だったら、ぼくは……。
がんばって、失敗してみよう、と。
そう思った。
「エドナさん!」
「はいっ」
「ぼくと秋葉原に行ってくだざい!!」
「……!」
とんでもない声だった。死ぬ前のエイリアンみたいな絶叫だった。喉ががらがらになった。痛いし、とてもじんじんする。
でも、そんなことはひとつも気にならない。ぼくの全神経が、目の前の女の子に集中している。
エドナさんは、元気に手を振り上げた。
「はいっ。行きます!」
「……! あ、ありが、」
ぼくは座り込んだ。
立ち眩みだった。
「え!? 善くん!? ちょっと、だいじょうぶ!?」
「い、いえ、ごめんなさい……はじめて、女の子を遊びに誘ったので、その……」
「はじめて?」
「は、はい……はじめてです。ぼくの、はじめてです」
「ふーん。そっかぁ」
降り注ぐエドナさんの声が揺れている。笑っているのだろう。
「うれし」
エドナさんが手を差し伸べてくれた。前にもあったな、と思いだす。
この手にはお世話になってばかりだ。
「楽しみにしてんね、善くん」
「はい、エドナさん」
信じてくれて。
「ありがとうございます」
「えへへ。どいたま~」
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