第5話 それって彼氏…?

「善くん〜帰ろ〜」


「あ、うん」


「帰り、ちょっと寄り道しておけ?」


「えっと、何買うの?」


「えへへ。ないしょ〜」


「わかった」


「いやいやそこは聞いてよw 善くんって真面目だよね〜」


校門を抜けてしばらく歩いたところで、エドナさんがスマホを取り出した。


「ちょっとごめん! 電話かけてもいい?」


「うん」


「まじごめん! すぐ終わるから〜」


画面をタップして、耳にスマホを当てる。耳が長いから、角度がちょっと斜めだ。こういうところで苦労もあるのかもしれない。


「おつ〜。今学校終わった、そっちどう?」


クラスの友達と会話するときのようなくだけた喋り方だった。


「ていうか声聞きたいんだけど、今どう? いい?」


帰り道に声を聞きたいほどの人物……誰なんだろう。耳が勝手に聞こうとしてしまう。スマホから漏れ出てくる音のひとつひとつに敏感になってしまう。


「うん……うん……きゃ〜」


エドナさんの声が高くなる。

これは……もしかして、もしかすると。


「声聞けてちょーうれしいよ。早く会いたい……大好きだよぉ〜まじらぶ〜」


……。


……彼氏、なのでは?


「きゃーほんと推し〜だいすきすぎる〜。早く帰って抱きしめたすぎる〜!」


……。

そっか、そうだよな。

エドナさんこれだけかわいいもんな。

彼氏くらい、いる、よね。


「すぐ帰るからね〜」


通話が終わり、エドナさんは緩んだ表情でぼくを見た。


「はーほんと推し! 善くんお待たせ!」


「え、エドナさん……」


「ん? あれ、どしたの? なんか雰囲気暗めじゃん?」


「あ、あの……」


「うん、なになに?」


「いままでありがとうございました……っ」


「え!善くんガチ泣きしてない!?」


「彼ピがいるとか知らんくて、ウザムーブかましてまじごめんな…!」


「なんで急にギャルなってんの?? かわいい! ていうか彼氏!? なに!?」


電話のときのエドナさんの楽しそな様子を伝えると、「ああ〜」と納得いったようだった。


「さっきの電話はホームステイ先の子だよ。リエちょん」


「ああ、リエちょんさん……」


以前帰り道がいっしょになったことがある。たしかこのへんの中学校に通ってるのだったか。エドナさんととても仲が良さそうだったことを覚えている。


「え、じゃあ彼氏じゃなくて彼女……?」


「ちょ! ちがうから! リエちょんはそんなんじゃなくてマジの友達だから!」


「でも、それじゃあ推しっていうのは?」


「ふふふ」


口元をかばんで隠して不敵に笑うエドナさんだった。そうしていても顔がにやけているのかわかる。かわいい。


「さっき、寄り道するところあるって言ったっしょ?」


「あ、はい。そういえば……」


「ここだよ、ここ」


「ここ?」


いつの間にか目的地についていたらしい。

建物のそばには看板があり、「ペットショップ」と書かれていた。


「え、ペットショップ?」


「そう! 今日はここに、猫ちゃんのごはんを買いに来ました! これが私の最推し〜」


そう言ってスマホの画面を見せてくれる。そこにはまだ子猫らしい黒猫が映っていた。瞳の色が透き通るようなサファイア色で、エドナさんとそっくりだった。


「か」


思わず、ぼくの口から言葉が漏れる。


「か?」


「かわいい……」


「っしょ!? かわいいっしょ!? ちょーかわいいんだよー! 善くんにも会わせてあげたいな〜ほんとらぶ! ちょーキュートなの〜」


かわいさのあまり小躍りする人を初めてみた。


「善くんは猫好き?」


「好きです」


ぼくはエドナさんの目を見て答える。こんなにかわいい生き物と暮らしてるなんて、エドナさんはいいなあ。ていうかエドナさんと同居できるなんて……いいなぁ……。


「……」


エドナさんは顔を赤くして固まってしまっていた。


「え、ど、どうしました? エドナさん?」


「え? いやーなんか、その……ね! あはは……」


エドナさんは照れたように笑った。


「真正面から好きですって言うから、びっくりしちゃった」


「……? 好きですよ」


「猫がね! 猫が好きなんだよね!」


「はい。すごく可愛くて、大好きです」


「〜〜〜〜っ! とりま、入ろ! お店入ろ!」


「あ、はい」


なんだろう。こんなエドナさんを見るのは初めてだ。ぼくは自動ドアにぶつかりながら入店するエドナさんを追いかけた。


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