第二十五話『千尋さんは動かす』
「……なあ紡よ。俺は夢を見てるんじゃねえよな?」
「うん、現実だよ。……だからこそ、そんなに都合のいいことは起こらないとも言えるけど」
密かに耳打ちをしてくる信二に対して、僕は多少呆れつつ言葉を返す。学食に置かれた四人掛けのテーブルに並んで座る僕たちの向かい側には、遠足の資料を大量に携えた千尋さんが座っていた。
『授業の後の時間はできる限りあたしの問題解決のために使いたい』という千尋さんの提案によって、僕たちは遠足のプランを子の学食で組むことと相成っている。他の面々は千尋さんを勧誘するために事前に計画を練っていたこともあって、遠足を一週間後に控えたこの時期に作戦会議に興じている僕たちの姿はかなり目立つものだった。
それに加えて千尋さんと信二がいるもんだから、このグループの存在感は抜群だ。……まあ、悪目立ちしていると言い変えることもできてしまうのだが。
ぽっと出の身で千尋さんをかっさらって行ってしまったからなのか、クラスのみならず学年の間でも僕たちの存在は良くも悪くも注目をひくものになっている。千尋さん側から声をかけてくれた上にくぎまで射してくれているから表立った行動は未だに起きていないが、そうでなければどんな暴動が起こっていてもまあおかしくはなかった。
ほんと、千尋さんの周囲の人たちって行動力がすごいんだよな……。千尋さんの嫌がることはしないってところだけは信頼できるけど、逆にそうじゃなきゃ何でもするというか。……もし仮に千尋さんが悪だくみに向いた性格とかしてたら、この学校は今頃大変なことになってるんじゃなかろうか。
「……二人とも、どうしたの?」
そんなことを考えて居るとはつゆ知らず、こそこそと会話をしていた僕と信二を見つめて千尋さんは首をかしげる。……うん、どう見ても悪だくみには向いていなさそうだ。
というか、そういう人だったらそもそもこんなに人気になってもいないだろうしね……。良くも悪くもまっすぐしか選択肢がない千尋さんだからこそ、クラスの皆に愛される存在になれているんだろう。
「ううん、何でもないよ。……周りの視線は少し気になるけどね」
「ま、こんな衆人環視のところじゃそれも仕方ねえか。……かといって、昼休みに借りれる空き教室なんてものもなかなかねえだろ?」
ここでやる以外選択肢がねえよ、と信二はあっけらかんと続いて見せる。異性に話しかけるのが苦手という信二だったが、一度同じ席についてしまえばその癖は影を潜めるようだ。人の眼も何のそのって感じだし、信二はこういう場を結構経験しているのかもしれない。
僕はと言えば、千尋さんと信二にだけ意識を集中することに必死でしかない。その外側に一瞬でも意識を向けてしまえば、もうそれを無視することは二度とできなさそうだった。
「オッケー、それじゃあ初めよっか。と言っても、もうみんなからの希望はまとめてあるんだけどね」
僕たちの返答を聞いて、千尋さんは置いてあったクリアファイルから一枚の紙を取り出す。ルーズリーフらしき紙面にまとめられていたのは、『いかにみんなの行きたい場所で時間を使えるか』に特化された周回プランだった。
「皆の行きたいところ、聞いてみたら大体一か所にまとまってたからさ。だからそれ以外に回る時間をできるだけ削って、三人それぞれの行きたいところに大体同じ時間居られるようにしてみたんだけど……どう?」
「おお、これはすげえな……。これ全部千尋さんが考えたのか?」
到着時間と出発時間までも正確に書かれた計画書を見て、信二が感激したような声を上げる。千尋さんはというと、その賞賛を胸を張りながら受け止めていた。
「うん、こういうの考えるのは得意だからね。たくさん人が居るってなるとごちゃごちゃしすぎちゃって考えれなくなっちゃうから、あたしのやり方で行けるのは大体三人か四人が限界なんだけど」
「へえ、つまり今の僕たちぐらいでちょうどいいってことなんだ。それなら少人数班にした甲斐があったね」
その偶然の一致に僕が驚いていると、千尋さんが一瞬だけ左目を瞑って見せる。……同時に舌まで軽く出してみせるその態度が何を物語っているか、僕は幸いにもすぐ察することができた。
もし信二が見ていようものならどうなっていたか分かったものじゃないが、幸いにも(不運にも?)信二は千尋さんが作り上げた計画書に未だ目を通している。……今の千尋さんの言葉が班のための嘘であることは、僕と千尋さんだけが知る事実になった。
次に班を組むようなことが起こるとき――例えば修学旅行の時なんかは、きっと少人数の班が乱立して千尋さんの勧誘合戦を行うことになるだろう。『千尋さんにプランを組んでほしい』なんて、そう言ってくる人もいるかもしれない。
嫌でも視界に入ってくるほかのクラスメイトの姿を意図的に無視しながら、しかし僕はそんなことを思う。……なんというか、思った以上に『有志』と呼ばれるファンクラブの方々は千尋さんの手のひらの上で動かされているようだ。
「うん、そういう事。……せっかくあたしの得意分野だったから、気合入れて作っちゃったんだよね」
そんなことを思いつつ、僕は楽しそうにそう言ってのける千尋さんを見つめる。……悪だくみできないっていうのは間違いないと思うけれど、本当にまっすぐ一辺倒かどうかだけは少しだけ考え直す必要がありそうだった。
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