機神〜KURIGAMI〜寧楽絡繰奇譚
月桑庵曲斎
序章
機神創生(一)
薄昏い坑道のような地下へと続く道が発見されたのは昨日のことである。
「
松明を持った官服に身を包みながらもどこか大和人とは違う雰囲気を持った男が、衣冠に身を包んだ偉丈夫を呼んだ。大野按察使は
「うむ……幾分か寒いな。普通、
「水源が近い
この頃の
滝のように落ち続ける水音が少しずつ近づいてくる。半刻も歩いただろうか。勾配が少しずつ緩くなり、天井がひときわ高くなっている広場のような場所に出た。
「此処はどの辺りだ?」
「おそらく神谷沢の辺りにございます」
大野東人は驚いた。神谷沢といえば、多賀城の北西にある沢地であり、その地下にこのような場所があるとは思わなかったからだ。
「ここが、そうか?」
「ここは
「ホト? シャチとは?」
「按察使にわかりやすく申し上げますと、
説明されて東人も理解を示す。
「ここは
「クナト? それはお前たちの神の名か?」
「大和の言葉で
「
毛人の男は先程より大きく頭を振った。
「
「なるほどの。鎧のようなものか」
独り言ちて、大野東人は毛人の男に先を促す。毛人の男は墓登の周りで何やら探しものをしていたが、積み上げられた石の塔に触れると墓登の向こう側が見えなくなった。
「何をした?!」
「按察使、落ち着いてください。私は此処に来たことは有りませんが、此処をよく知っています。私の一族も
「
随行の護衛長が、毛人の男と
「私はすでに大和の民です。父は
寸鉄も帯びていない毛人が、両の手を広げて東人を見た。東人は毛人に害意がないことを見て取ると、護衛長の肩を軽く
「大丈夫だ。
「しかし!」
「此奴は丸腰ぞ。それ程までに毛人が恐ろしいか?」
護衛長は不承不承、東人の後ろに下がる。毛人の男はホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「構わぬ、これで
男が東人の前に手を立てて、首を振った。そして、
「私が先に行って、危なくないかを見てきます」
「お主だけでは危険かどうか分からぬ。兵士を一人連れて行け」
護衛長が部民を睨んで言う。男は頷いて、背を押された兵士を伴って
「――消えた?」
二人が
「そんな莫迦な……」
慌てる護衛たちを余所に東人は適当な岩に腰を下ろす。毛人の男が戻れば、この絡繰の種明かしをさせるだけのことだ。すると――
「大野按察使」
直ぐに毛人の男と兵士が
「按察使、お、お、お、
「鬼だと?」
慌てているのは兵士である。毛人の男は驚いた表情も見せず穏やかなままだ。大野東人は興味を兵士の言う「
「よし、見てみよう」
決断した東人の行動は早かった。護衛長が止める間もなく
「これが
「はい。名は分かりませんが、
東人は護衛を連れてきたことを後悔した。これは人目に触れさせて良いものではない。出来るだけ秘匿するためには、護衛たちを
「これは此処に封じておくことはできるか?」
毛人の男は再び頭を振った。
「――『
東人はどうしたものか考えた。此処に置いておいては
「ならば、帝に献上するのが良い」
大野東人はニヤリと笑って毛人を見た。
「そなたの名は?」
「我が名は
大野東人は目を剥いた。毛人であろうと思っていた男が佐伯部ではなく、佐伯を名乗ったからである。
「そなた部民ではなかったのか?」
「はい。我が母は児屋麻呂さまの
東人は謝罪の礼をとり、頭を下げる。
「按察使、いけません! 頭を上げてください」
「佐伯の名を持つ者に済まぬことをした」
「帰るぞ!」
東人は思案顔で護衛らに声を掛け、来た道を戻って行った。
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