鳥妃

雪兎

第1話 婚約

ここは鳥が進化し魔法で栄えた国。

しかし人間によく似た姿で髪の毛は鳥の羽毛を生やした霊鳥達が暮らしていた。

例えばこの白い羽毛に赤い羽根がアクセントになっている羽毛を髪の様に髪どめで結い上げた少女。

フィオナといって、両親は無く、魔法学校に通いながら慎ましく鳥籠の様なガラスを張り巡らした家で慎ましく暮らしていた。


「フィオナー!」


隣の家の麻色の羽毛の三つ編みの娘がパンのカゴを片手にそう呼ぶと、フィオナは本棚のハシゴをスライドさせ、答えた。


「何?」


ぶっきらぼうにフィオナがそう言うと、三つ編みの少女は彼女に言った。


「ねぇ聞いた?王子様の相手が正式に決まったらしいわよ!しかもこの下町から妃になるんですって!どんな子かしら?」


「…気楽でいいわね」


「えっ?」


「何でもないわ」


フィオナはそう言うと、魔法書をまた熱心に読んでいた。


***


「それは仕方ないだろ。隣の子はそれがお前だって知らないわけだから」


「だからって浮かれちゃってバッカみたい」


オオルリの様な鮮やかな青く長い羽毛の彼はラピス。フィオナの親友でただ一人の理解者だ。


「そんな口が悪いと王子様に嫌われるぞ」


「私、嫌われたいのよ」


そう言って晴れた青空の下草原で二人、長い魔法の杖を片手に寝そべった。


「何をそんなに目くじらを立ててる?町娘の囀りなんていつもの事じゃないか」


赤い羽を風に揺らしながら、瞼を開くと、フィオナは憂いた目で言った。


「この国がどんな国かわかってるでしょ?厳しい掟だらけのクセに不正だらけよ。そんな国の不正で雁字搦めの王子と婚約するのよ…ため息も吐きたくなるわ…。」


「でも嫌いじゃないんだろ?王子様の事?」


寝返りを打ちながら、フィオナは薄く目を開き王子との出会いを思い出していた。


***


暗い夜の学校帰りの橋の上。

いつもの白いワンピースの上に黒いマントを纏い、橋の手すりに拳を上から叩きつけると、何があったのかフィオナは悔しそうにしていた。


「どうしてあの魔法が禁忌魔法で使ってはならないの!?母さんに教えてもらった大事な魔法なのに!もっと取り締まるべき魔法があるでしょう!?」


悔しくてたまらないという顔でそう溜め込んだものを吐き出していると、蛍が数匹、フィオナの肩に止まった。


「お嬢さん、何を憂いておいでなのかな?」


その灯りに吸い寄せられるように、金色と青の羽を持つ物腰柔らかな軍服を着た青年が話しかけてきた。


「うるさいわね…ほっといてよ」


ため息が出そうなほど美しい少年に辿々しくそう答えると、フィオナは民の貧しさが浮き彫りになっている下町を見渡した。


「酷いありさまだな、心が痛むよ」


「心が痛む?失礼ですがかなり身分の高い方とお見受けしましたが、下々の者のために心を痛めておられると?」


皮肉まじりにフィオナがそう言うと、軍服の青年は苦笑しながら言った。


「そうです、とてもね。貴女もそうなのでは?でも女性が一人でうろつくのは関心しません。家まで送ってもよろしいでしょうか?」


「…いいけど」


丁寧な物言いに誠実さが伺えたので、フィオナは差し出された手に手を添えて、まるでこれからダンスでもするかのように軽やかに二人共歩いた。


「ブルー・ゴールド王子!どちらですかー!」


お付きの者がそう言うと、フィオナは驚いた様に目を丸くし、サッと添えていた手を離した。

そのお付きの者の声に、王子は舌打ちすると、隠れる様に木の影にみを寄せた。

この国では上流階級の者に羽根の色に因んだ鉱石の名前をつける。

より貴重な鉱石の名前ほど、地位が高いとされている。


「これは…王子様とは知らず、ご無礼を」


フィオナがそう言い身を低くすると、王子はフィオナの手を取り、立たせた。


「いいのです。貴女にはぜひブルーと呼んで頂きたい」


「そうですか、では私はこれで…ブルー殿」


フィオナが部屋に入って行くのを見送りながら、王子は優しく微笑んでいた。

これが王子との最初の出会いであった。


***


「フィオナ、聞いているのか?」


ラピスが上から見下ろしそう呼びかけると、フィオナは起き上がって言った。


「わからないわ…好きかどうかなんて」


フィオナはそう言って立ち上がると、ラピスに言った。


「ねぇラピス、学校主席の貴方に聞くけど、魔法の罠だらけ先生の家から杖を盗み出せたなら、博士号をもらったも同然よね?」


ラピスは細い目を丸くし、慌てたようにフィオナに言った。


「そうかも知れないが…まさかやる気か!?失敗したら退学は免れないぞ!?」


「やるわ、今夜ね。貴方も手伝うのよ?」


「どうかしてるよお前は…。」


ラピスはため息をしながらも、協力しないとは言わなかった。

そしてフィオナはまた目の色を変え、ラピスの目をジッと見つめると言った。


「そう言えば貴方、その目は開いてるの閉じてるの?」


不意にそう問いかけたフィオナに、ラピスは少し怒りながら言った。


「開いてるよ!目の事はほっといてくれ…。」


草原に二人、その後フィオナが笑うと、穏やかな時を過ごした。


***


その夜、フィオナとラピスは彼らの恩師の家の手前の茂みに隠れていた。

そして、触れれば凍ってしまうタイルや壁を燃やして、杖に乗り、飛びながら侵入した。


「急ぐわよ!先生が起きて来ると面倒だわ!」


赤い宝石の着いた杖に座って、フィオナがそう言うと、木の丸まったシンプルな杖に跨ったラピスが言った。


「見ろ!もう起きておられるぞ!」


ラピスの発言通り、彼らの恩師は、彼らが入った瞬間に上がった炎の中から現れた。

黒いローブに黒く長い羽を持ち、それを束ねて前に流している。

女性だが、とても強力な魔法使いだ。


「オニキス先生!杖はもらったわ!」


恩師オニキスの杖を奪おうとした瞬間、フィオナとラピスは鳥籠の中に捕らえられていた。


「…魔法を使ったのが全くわからなかった。流石先生」


「何を関心してるのよ!」


フィオナは鳥籠を壊そうとしたが、フィオナの魔法ではまったくビクともしなかった。


「フィオナ…ラピスも、お前達は賢い子達だと思っていた。何故こんな無謀な事をした?」


「そうですね、もっと言ってやってください先生。言い出したのはコイツです」


ラピスがそう言うと、フィオナは子供の様にむくれ、オニキスに背を向けた。


「フィオナ…何故こんな事をした?」


「何故って?どうせもうすぐこの不正だらけの国の王子の妃になるんですもの!もう何も怖くないわ!」


フィオナがそう言うと、オニキスは鳥籠を砕き、フィオナを後ろから抱きしめた。


「せっ…先生」


「フィオナよ、怖かったのだろう?この荒れ果てた国の、どんな汚職と関わりがあるかもわからない王子との婚約が。だが恐るな」


フィオナはオニキスの方へ向き直ると、オニキスはフィオナの頬に手をかざし言った。


「不正があれば正しなさい。汚職があれば踏み倒してやるがいい。其方には私も、ラピスもついている。きっとこの国を、正しい方向へ導いて行けるだろう」


何とも言えない顔をするフィオナを抱きしめ、オニキスは優しく言った。


「信じなさい、自分を。そして誰かを愛する気持ちに正直になりなさい。その先に貴女の未来があります」


フィオナは泣きながら、オニキスを抱き返した。遠巻きに見ていたラピスも鼻を啜ると、空を見た。

空はもう白んで来ていて夜明けが近い様だった。




















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