第12話

どんどん遠ざかっていく背を、追う事も出来ず膝ついたままのアルヴィン。

だがすぐに立ち上がり、フィオナに向かって走り出した。


「っ・・・・痛っ・・・」

小さく叫んだかと思うと、お腹を抱え座りこんだのだから。

「フィオナ!」

すぐさま駆け寄り抱き起すと、しきりに「お腹が痛い」と呻き額には汗が滲んでいた。

アルヴィンはフィオナを抱き上げ、すぐさま指示を飛ばす。

「すぐに侍医を呼べ!俺がフィオナを部屋に運ぶ!すぐに準備を!!」

蜘蛛の子を散らすように皆が走り出し、アルヴィンも駆け出したいのも山々だったが、あまり衝撃がないよう早足で部屋へと向かうのだった。


フィオナをベッドに下したと同時に侍医が駆け付け、すぐに診察が行われた。

男性は全て部屋の外に追い出され、アルヴィンはまるで熊か何かの様に扉の前を落ち着きなくウロウロと歩き回っている。


ルヴィアンも駆けつけたが、彼の顔面も蒼白だ。

なにせ、未来の国王の危機なのだから。


「事の次第は聞きました。ラッセル公爵は直にこちらに着くはずです。クララ嬢も貴族用の牢に入れてあります。父上にも公爵の事はすぐに伝えました。・・・・・兄上に任せるそうです」

「そうか」と頷き、アルヴィンはドカッとソファーに座り、まるで髪を掻き毟るように頭を抱えた。

「あぁ・・フィオナに何かあったらどうしたらいい・・・彼女が死んでしまったら・・・・俺は生きてはいけない・・・

―――・・・・もし、フィオナと子供どちらかでも失う事があれば、俺はあいつらを許さない・・・」

本来であれば、すぐにでもラッセル公爵を殴りに行きたいくらいに、苛立ち怒りが収まらない。

だがそれ以上に、フィオナが心配でこの場を動けずにいた。


彼女がこうなってしまったのも、自分の所為だ。あの女を彼女に近づけてしまったから・・・

もう、彼女は自分に笑いかけてはくれないかもしれない・・・でも、それでも、やっぱりフィオナが好きで大切で、愛している。

どうしようもないほどに・・・


重苦しい空気の中、フィオナの部屋の扉が開き、侍医が出てきた。

アルヴィンはすぐさま妻の容態を聞くために詰め寄る。

「フィオナは!子供は無事なのか!?」

「王妃様もお子様も無事です」

「そ・・・そうか・・・良かった・・・」

「ですが、出産予定日までは絶対安静です。身体的にもですが、精神的にもです」

「今回の原因は・・・・」

「話を聞く限り、精神的なものでしょう。王妃様の腹部周りは一般の妊婦よりも一回り程小さいのです。当然、お腹の中のお子様も小さい。ですから、予定日までお腹の中で育てていただきたいのです。早く生まれてしまうと、その分免疫力がとても弱く、感染症にもかかりやすくなりますので」

「わかった・・・・すまないが、妻の事を頼む」

「承知しました。陛下、王妃様に会われていきませんか?」

侍医の言葉に少し迷うように目を伏せたが「俺が顔を見せても、いいのだろうか・・・」と、弱弱しく問いかける。

「良いに決まってます。陛下は夫であり父親なのですから」

その言葉に背を押されるように、アルヴィンはフィオナの部屋へと、恐る恐る足を踏み入れたのだった。


フィオナは目を閉じ、眠っていた。

顔色は先程と比べ、大分いい。


眠り顔も美しく、こんな時だというのにアルヴィンはまた、フィオナに恋をするのだ。

触れていいのか一瞬迷うようにフィオナの手を握り、両手で包み込み己の額に押し当てる。

「フィオナ・・・無事でよかった・・・本当に、良かった・・・・」

二人だけの室内。アルヴィンは、眠るフィオナに胸の内をさらけ出した。彼女の意識がある時には、決して言えない事。

彼女はきっと、あの時と変わらず離縁を望んでいるはずだから。


「フィオナ・・・愛しているんだ・・・誰よりも。離縁なんてしたくない・・・ずっと傍にいてほしい・・・・離れたくないんだ。

毎日毎日、あなたを好きになるのに、どうして側室が必要なんだ?あなただけいれば、他には何もいらないのに・・・・

もう一度・・・あの時に戻って、あなたとやり直せたならいいのに・・・・あの時の愚かな自分が憎いよ・・・」


静かに語る言葉は、フィオナに話しかけているようで、自分に言い聞かせてもいるようにも聞こえる。

「―――・・・・離縁しなくては、いけないのだろうか・・・・しなければいけないんだろうな・・・・死ぬほど、嫌だな。でも、フィオナが辛い思いをするのは、もっと嫌だな・・・」

大きな溜息を吐き、フィオナの手を下し彼女の顔に視線を移したその時、真っ赤な顔をしたフィオナと目が合ったのだった。

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