第16話

「落ち着いた?」


 テーブルにハーブティーが入ったカップを置いて、サキは優しい声でいった。


 窓ガラスの向こうでは包帯まみれのゴン太がこちらを覗き込んでいる。全身を切りつけられ、特に左目の状態が酷かったが幸い命に別状はなかった。流石は竜。生命力が高い。


「ゴン太、大丈夫なのかな」

「ゴン太はあなたのほうが心配みたいだけどね」


 窓の外でぐるぐると喉を鳴らすゴン太を見て、サキはくすりと笑った。


 魔物になってから誰かに気を遣われてばかりいる。


 俺自身、自分の選択に自信を持つことができていないからかもしれない。


 さっき追い返した連中はきっと俺を捜索しに来た救助隊だ。


 俺は彼らを追い返して本当によかったのだろうか。


 それ以前に、こうして魔物として生きていこうとしていていいのだろうか。


 探せばどこかに人間に戻る方法があるかもしれない。それか、思いきって探索者に声をかけてみるとか。


 いろいろな考えが浮かんでは沈んでいき、言葉が出ない。


「考えすぎよ」


 俺の胸中を察してか、サキが肩に手を置いた。


「俺は……人間にもどることはできないのかな」

「残念だけど、たぶん無理。少なくとも六層より下にはあなたが求めている答えはないわ」

「まだわからないだろ」

 無意識に強い口調を使ってしまい、罪悪感が込み上げてくる。


「わからないけど、確信もない。止めはしないけど焦らないで」


 焦るなといわれたからといって簡単に気持ちが落ち着くならこんなに悩まない。


 なんて、そんなことを恩人であるサキにいうことはできなかった。


「ああ……そうだな」


 無理やり絞り出した前向きな言葉。精一杯笑顔を作ったけど、どうにもぎこちない感じがする。


 そんな俺の様子をみてサキは呆れたように息を吐き、両手を打ち鳴らした。


「はい! もうくよくよするのはお終い! 人間に戻る方法を探したいなら探せばいいわ! でもこの家の中で暗い顔をするのはやめて!」

「あ、ああ……」

「魔物には魔物なりに楽しいこともあるんだから! さ、立って! いまから庭の手入れをするわよ! それにあなたの寝床も作らないといけないんだから! やることはまだまだあるわよー!」


 ファイト―! といって拳を振り上げるサキをみて、俺は思わず噴き出した。


 それからしばらくの間、俺たちは平和な日々を過ごした。


 五層の森から土や花を運んできたり、庭の柵を作ったり。


 俺の剣で木を切って、サキの小屋の隣に俺の家を立てたり。


 二人で協力しながらなにかを作り上げていく時間は、俺の中に渦巻く暗澹とした気持ちを和らげてくれた。


 孤児院にいたころ、みんなでパンを作ったときのことを思い出したからかもしれない。


 魔物になって二週間目。


 俺の家が完成した。


「やっとできたね」


 家の前で、隣に立つサキが嬉しそうにいった。

 

「できたな」


 あらためて自分の家を見てみると感慨深い。大きさは家というより小屋だし、木材をツギハギしただけの粗末な作りだが、これは間違いなく俺の家だ。いまならサキの気持ちがよくわかる。

「寂しくなったら……いっしょに寝てもいいわよ?」


 サキが真面目なトーンでそんなことをいったが、俺は鼻で笑ってやった。


「ああ、そうさせてもらうよ……ゴン太とな」


 帰るべき場所ができた安心からか、なんだか地に足がついた気がする。


 些細なことじゃ動じなくなったって感じかな。


「あら、よくわかったわね。じゃあご褒美に……」


 サキがするりと俺の首に腕を回してきてどきりとした。


 え、まさか本当にご褒美がもらえるのか。


「庭の野菜をおすそ分けして、あ・げ・る」

「あ……うん、ありがとう……」


 こんな簡単にからかわれているようじゃ、まだまだ地に足がついたとはいえないな。 


 


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