第11話
※ ※ ※
国の支援を受けられると知ってすぐ、ウィザは強引に退院した。
三上たちオフィシャルが真人救出のために動き出しているのだ。自分だけのんびりと寝ているだけなんて無理だった。
彼女がギルドの敷居をまたぐと、なにやら集会所が慌ただしかった。
大勢の人々が集会所中央に設置されている巨大な
「どうかしたんですか?」
近くにいた黒髪短髪の男性探索者に聞いてみる。スーツの上に鎧を着ていることから、恐らく低層階専門の探索者だ。
「き、君は、ウィザちゃん!?」
「ええ、そうですけど」
「すごい! 初めて生で見た! あ、ずっと動画見てます! ファンです!」
「あ、ありがとうございます……。あの、それよりなにがあったか教えていただきたいんですが……」
聞く相手を間違えたかもしれない。ウィザはそう思った。
「ああ、ごめんごめん。実はついさっき【
「四層から? それはまたずいぶん上まで行きましたね」
それでも、ここ最近めきめきと実力をつけてきた竜の牙パーティーなら頷ける。
かつては見上げるほどの場所に立っていた彼ら。いまはウィザと真人のパーティーである【
ウィザは多くのギルドを追い越していく感覚がたまらなく好きだった。真人にいわせれば「俺たちの目的はダンジョンの攻略。ランクを競うことじゃない」らしいが、自分たちの強さが認められているようでランクが上がるたびにウィザは喜んだ。
そんな自分たちを竜の牙は目の敵にしていた。今回の四層への挑戦もその対抗心からくるものだろう。
「三人は無事なんですか」
だからといって安否を気にしないわけではない。
ライバルといっても同じギルドに所属している仲間であることには違いないのだ。
「クラーケンに襲われたらしいんだが外傷はないみたいだ」
「クラーケンに襲われて無傷!? それは幸運というか、奇跡ですね!」
「ああ、まぁそうなんだけど……。ただ……」
「ただ?」
「なんでも、魔物に助けられたらしい」
魔物に助けられた、とはどういうことだろう。
彼らを襲ったのは魔物で、助けたのも魔物ということだろうか。
にわかには信じられない話だ、とウィザは思った。
ところがサラリーマン探索者が竜の牙の記録係が撮影していた映像をスマホで見せてくれたことで、彼女の認識は一変した。
海から現れるクラーケン。宿主が撮影者に伸びてきたところで赤い髪の魔物が飛び込んできてきた。その行動はまるで、竜の牙の人たちを庇うかのようだ。
「これはサキュバスですか?」
「おそらくそうだろうね。どの階層にも稀に現れるレアモンスターだが、ここまで強力な魔法を使える個体は珍しい」
見た目は少女のようなのにクラーケンを圧倒するその映像からウィザは目を離せなかった。
サキュバスと言えば幻惑系の魔法を主に使う魔物だ。
精神に干渉し、心の守りを緩めて生命力を吸い取っていく。
多くのサキュバスが大人っぽい魅力的な女性の姿をしているのは、男性心理につけこんで心を揺さぶりやすくするためだとか。
ということは、この少女のようなサキュバスはそんな小細工すら必要ないほど強いということなのかもしれない。
「これは事件ですね。まさか四層にこんな強力な魔物があらわれるなんて……」
「ああ、いや、話題になっているのはこの魔物じゃないんだ」
「え? それってどういうことですか?」
「この後に出てくる奴がやばいんだよ」
リーマン探索者は画面をタップして一時停止を解除した。
クラーケンと戦うサキュバスの背中に爆弾が投げつけられる。
サキュバスはクラーケンに捕まり海中へと引きずり込まれた。
「酷い……」
魔物とはいえ心が痛む光景に、ウィザは胸を抑えた。
「ここからだ」
リーマン探索者が生唾を飲む。ウィザにも彼の緊張が伝わってきた。
ほどなくして画面に現れたのは、黒髪の牡牛のような角を生やした魔物。
転移粒子が画面に広がって良く見えないが、彼は海に向かって剣を振り上げている。
『やめておけ』
聞き覚えのある声にはっとした。
その後、その魔物は凄まじい魔力で海を真っ二つに切り裂いた。それはまるでモーゼ。神話の光景だった。
「ちょっともどしてください!」
ウィザは魔物が声を発した場面まで巻き戻した。
背を向けたまま振り返る魔物。似ても似つかないその横顔に、なぜか真人の姿が重なった。
決定的だったのは、この魔物の首で揺れるネックレス。
これは、町はずれの教会に所属している者しかもっていない。教会の孤児院に住んでいる真人も同じものをもっている。
殺した人間から奪い取ったのだろうか。しかし真人が六層に取り残されてすぐの出来事にしては、あまりにもできすぎている。偶然の一致とは思えなかった。
「……いかなきゃ」
「あ、ちょっとウィザちゃん!?」
ウィザはギルドを出ていこうとすると、出入り口のところで見知った顔とすれ違う。
「ウィザ!?」
「あなた、入院してたんじゃないの!?」
「どいてください!」
二人の間を通り抜けようとしたところで、鎧を着た金髪の剣士に腕を掴まれた。
彼はリヨン・フットバーグ。ウィザの兄だ。
「まてよ! まさかお前、いまからダンジョンにいくつもりなのか!?」
「離してくださいリヨンお兄ちゃん! わたしはいかなきゃいけないんです! 真人さんをさがさないと!」
「落ち着いてウィザ。いまダンジョンでなにが起こっているか知ってるの?」
三角帽子をかぶった黒髪の女性、吉沢琥珀がなだめるように言った。
「知っています! 琥珀さんも、お兄ちゃんに離すようにいってください!」
「ならなおさら駄目よ。巷じゃ魔王があらわれた、なんていわれているところにあなた一人でいかせられないわ」
「あれは魔王なんかじゃありません! あれは……あれは真人さんです!」
ウィザは確信していた。あれは真人だ。自分が見間違えるはずがないと。
「あれが真人だって? そんな馬鹿な」
「……どうしてそう思ったのか聞かせてちょうだい? ウィザ」
「ネックレスです! 真人さんのネックレスをつけていたんです!」
ウィザの言葉に二人は顔を見合わせた。
「なんにしたってお前ひとりでいかせられない。真人の捜索には特別チームが編成されてるんだぞ? 今行けばかえって邪魔になる」
「そうよウィザ。あなた一人では駄目」
「じゃあ……じゃあわたしはどうすればいいんですか!」
ウィザの青い瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
琥珀の白い指先が、頬を伝う涙を救いとった。
「一人では駄目。だからわたしたちも行くわ」
「え?」
「おいおいおい、ちょっとまってくれよ琥珀さん! 俺たち三人がついていったところで、真人がいなきゃ三層だって突破できるか怪しいんだぞ!?」
「三人? あれ、俺も頭数に入ってる? 違うよね? あなたがた三人って意味だよね?」
リーマン探索者は自分を指さしていった。
「きっと大丈夫。剣の腕だけならリヨンは真人にも引けを取らない。そしてわたしは真人の魔法の師匠だったのよ。ウィザちゃんに至っては、あの真人とずっといっしょにやってきたほどの実力者。わたしたち四人が力をあわせれば、きっと真人にだって負けないわ。そうでしょ?」
琥珀はリヨンの肩に手を置いた。
その後ろでリーマン探索者がおろおろしていた。
「四人? 三人だよね? 俺はほら、装備をみてもらえばわかるけどただの副業探索者だからね? あなたがたはそらもうソシャゲの重課金者みたいなガチ装備だけど俺は無課金ユーザーだからね? ねえ、聞いてる?」
琥珀の真剣な眼差しに、リヨンはしばらく逡巡し、頷いた。
「そうだな。行こう。俺の妹を泣かせたあの朴念仁を連れ戻しに」
リヨンはウィザに向かってウィンクした。
「お兄ちゃん……琥珀さん……リーマンさん……みんな、ありがとうございます」
「あらあら、ランクがあがってもまだまだ子供ね」
「たまには出来のいい妹に兄の威厳を見せるのも悪くないしな!」
リヨンに肩を叩かれ、琥珀に頭を撫でられ、ウィザは胸が暖かくなった。
「嘘ぉ……」
感動的な雰囲気におされ、リーマン探索者はなにもいえなかったのだった。
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