第12話

 夜。サキの小屋の前で焚火を起こし、魚を焼いた。


 不思議なことに屋内であるダンジョンにも夜は来る。


 これぞダンジョン七不思議のひとつだ。


「はぐはぐ。やっぱり獲れたては美味しいわね」


 塩焼きに豪快にかぶりつくサキ。


「だな」


 俺も魚の魔物の腹を一口かじる。


 普段なら魔物は魔素の含有量が多くてえぐみを感じるのだが、いまはアユの塩焼きよりも美味しく感じた。


 食べきれない分は塩漬けにするそうだ。


「しかしよく塩なんか手に入ったな」

「けっこう簡単に作れるもんよ?」

「へー、どうやって?」

「ふふ、当ててみて」


 ちょっと考えると、すぐに閃いた。


「わかった。四層の海水を使ってるんだな」

「ぶぶー、ざんねーん。罰ゲームけってー」

「ええー……」


 罰ゲームってなんだよ、と聞く前にサキが話し始める。


「正解は乾燥させたマッドマンを水に溶かしてろ過するの。あの魔物は岩塩も蓄えるからね」

「マッドマンの塩なのかこれ……」


 パッケージングしたところを想像してみたが、絶望的に売れなさそうだ。


「ふふ、なんでも有効活用しなきゃね。ほらゴン太もお食べ。塩分多いから塩焼きは駄目よ」


 サキが焼いてない生魚を放り投げると、ゴン太は口でキャッチした。


「本当に仲良しなんだな」

「まぁね。わたしがここに住み始めた時はまだ子竜だったんだけど、いつのまにかこんなに大きくなっちゃったの」


 サキはゴン太の顎を撫でながらそういった。


 きっと彼女にとってゴン太は家族みたいなものなんだろうな。


「なぁ、サキはいつからここに住んでいるんだ?」

「半年前くらいかな」

「ずいぶん最近だな!?」


 驚いた。何年も住んでいるのかと思った。


「いろいろあったのよわたしにも」

「……聞いてもいいか?」

「なぁに?」


 これはかなりプライベートな質問だ。


 もしかしたらサキを傷つけるかもしれない。


 それでも俺は、気になって仕方がない。


「サキは……元人間なのか?」

「そうよ」


 思いのほかあっけらかんと答えるサキ。


 逆にこっちが動揺しちまう。 


「あー、ちなみにどういった経緯で?」

「運悪く一層に転移罠があってここに飛ばされたの。下の階層に降りる階段を探している途中で悪魔の石造の道を通ってこのありさまよ」


 サキは自嘲気味に笑ったが、俺には他人事とは思えなかった。


 彼女はたった一人であの苦しみに耐えて、たった一人でこの場所で生きていくことを決めた。


 だれかに頼ることも助言をもらうこともできず、孤独と戦いながら魔物として生きていくことを受け入れたんだ。


 それがどんなに辛いことだったのか、俺にはわかる。


「大変だったな。心からそう思う」


 俺の言葉に、サキは驚いた様な顔をして、すぐに微笑んだ。


「最初はちょっと苦しかったかな。でもここでの暮らしも悪くないものよ。運よく人型に慣れたのも大きいし」

「そっか……」

「ね、ちょっとついてきてよ!」


 サキに手を引かれて小屋の裏手につれていかれた。


 そこには小さな畑と、同じくらい大きな花壇があった。


 花壇には黄色や赤など色とりどりの花が咲いている。味気ない景色が続く六層において、こんなに華やかな景色は珍しい。


「これが前に行ってた畑か」

「そ。わたしの自慢なの」

「あっちの花壇は?」

「あっちはもっと自慢」


 サキは胸を張ってそう答えた。


「サキは花が好きなんだな」

「わたしね、お花屋さんになるのが夢だったんだ」


 咲き乱れる花に視線を送るサキの横我を見て、胸がちくりと痛んだ。


「そうだったのか……。ところで、仲間とかいないのか? ほら、君も一人でダンジョンに入ったわけじゃないんだろ?」

「一人よ」


 俺が尋ねると、サキは冷たい声で言った。


 ゆっくりとこちらを向いた彼女の顔を見て、ぞくり、と背筋が凍る。


 怒り、いや、悲しみだろうか。


 様々な感情がないまぜになった顔に、俺は言葉を失った。


「わたしはずっと一人で戦ってきた」

「そ、そうか……なんか、ごめん……」

「ううん。それより、明日は羽毛を取りに行こっか。あなたのベッドを作らなきゃだしね」

「わかった。あ、そういえば今日は俺、どこで寝れば……」


 いいのかな、と続けようとしたところで、サキがにやにやしていることに気づいた。


「どこで寝るのかなんて……そんなの聞く必要ある?」

「え、ええと……」


 サキは俺の耳元に手を当てて、顔を近づけてきた。


 熱い吐息がくすぐったい。


「せっかくだから、いっしょに寝る……?」


 そう囁かれて、心臓が飛び跳ねた。


 バクバクと胸の内側が暴れまわる。


 顔が熱くてしかたがない。


「な、ななな、なにを……」


 サキはにへらと笑みを浮かべた。


 彼女の瑞々しい唇がゆっくりと開く。


「ゴ・ン・太・と」

「え、マジ?」

「罰ゲームっていったじゃない」

「あ、そういうことっすか」

「残念だったね。正解したら別の誰かと寝れたかもしれないのに」

「べべべ、別に期待してないけど!?」


 慌てる俺を小馬鹿にするように、ゴン太がぐおおと鳴いた。


 ちなみに後から聞いた話だと、正解した場合はマッドマンと寝ることになっていたらしい。


 どっちも罰ゲームみたいで釈然としなかった。

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