第8話
食事を終えて洗い物を手伝い、二人でなにかの乳(まろみからして牛乳ではない。とにかくまろやか。)を飲みながら一息つく。
「ふぅー、さーて、これからどうするかなー」
「落ち着いてきた?」
「ああ。だいぶな。まだしんどいけど」
だからといっていつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
「ま、そりゃそうよね。だとしても魔物になっちゃったものはしかたないんだから、これからどうするかを前向きに考えましょ」
「だな。水はいいとしても、食料の確保をどうするかな。サキはどこから肉や野菜を調達しているんだ?」
この六層にはゾンビ犬くらいしかいないはずだ。
まさかさっきのクリームシチューに入っていた肉がゾンビ犬の肉だなんてことはあるまい。
この謎の乳飲料にしても、どこかから入手しているはずだ。
「野菜やハーブはこの家の裏にある畑で作ってるの」
「家庭菜園ってやつか。そりゃすごいな。肉は?」
「肉や魚は下の階層まで狩りにいってるわ。五層は森で動物っぽい魔物が多いし、四層は海だから魚っぽいのが獲れるの」
「え、他の階層っていってもいいのか?」
なんとなく違和感を覚えたので聞いてみた。
「いいんじゃない? 時々縄張り争いに負けた魔物が下の階に降りていくことがあるし」
言われてみれば低層階に強い魔物が現れることもたまにあるな。
あれってそういう理由だったのか。
「おすすめはしないけどね。下の階にいくほど探索者との遭遇率もあがるし。あなたも人間と戦いたくはないでしょ?」
「そうだな……なるべく人には会いたくない」
「そのほうがいいわ。無理に自分は人間だー、なんていったところで悲鳴をあげて逃げられるか攻撃されるかのどっちかよ」
サキの言い分はもっともだ。魔物と話し合おうなんて発想がいまの人間にはない。
なんだかさっきの俺を責められているみたいでちょっと居心地が悪くなる。
「ちなみにこれはさっきのあなたを責めてるの。わかる?」
「う……スマセン……」
「許してあげる代わりに今日の狩りを手伝ってもらえるかしら」
サキは木製のカップを人差し指で弾いて悪戯っぽく笑った。
「一宿一飯の礼だ。手伝わせてくれ」
「よろしい! それじゃさっそくいくわよ!」
サキとともに小屋を出る。
彼女は小屋の前で両手の指を口に咥えると、大きく音を鳴らした。
数秒後、上空からばっさばっさと羽ばたく音が聞こえて小屋の前にゴン太が降り立った。
「さ、乗って」
当たり前のようにゴン太の背に飛び乗るサキ。その背には大きな革袋が背負われている。
俺は間近で見る竜の姿に圧倒されて体が強張った。
「はやくしてよ。それとも走って追いかけてくるの?」
「あ、ああ。悪い」
ゴン太の背によじ登る。
背中に生えた棘はまるで竹櫛のように太かったが、意外なことに鋭くなく手触りもいい。
「なぁちょっと聞いてもいいか?」
「なに?」
「なんでサキはゴン太に襲われないんだ?」
「魔物は自分よりも強い相手には襲い掛からないのよ。なんか察する力があるみたい」
てことは、サキはゴン太よりも強いのか。
「泉で遭遇した時に襲われなかったのは、サキの匂いがついたシーツをもってたからか」
「ほんとにそう思う?」
「え?」
「ほらもっとそっちよって。しっかり掴まらないと落ちちゃうわよ」
サキと微かに肩が触れる距離で棘にしがみつき、ちょっとどぎまぎする。
「ゴン太! ゴー!」
先が右手を突き上げると、ゴン太は一声鳴いて飛び立った。
湿地帯の枯れ木よりもやや高い位を飛んでいく。
これ以上の高度は見えざる壁、というか見えざる天井にぶつかってしまうからだろう。
ほどなくしてゴン太は滞空してゆっくりと地上に降りた。
「ありがとうゴン太。帰りにまた呼ぶからね」
サキがゴン太の顎を撫でると、ゴン太は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「ゴン太はついてこないのか?」
「この子じゃ体が大きすぎて階段を通れないのよ」
「たしかに」
地面には一メートル四方程度の穴が空いている。
見上げるほどの巨体をもつゴン太がここを通るのは不可能だろう。
「グオオオオオオオン!」
俺たちはゴン太に見送られ、階下へと降りた。
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