第7話

 匂いを辿って来ると、そこはサキの小屋だった。


 料理でも作っているのかな、と気になり小屋の前をうろうろして、やっぱり訪ねるのはやめることにした。


 魔物は敵だなんていって飛び出したんだ。いまさらあわせる顔もない。


 俺は俺で、どこかに住処を作ろう。


「待ちなさい」


 小屋に背を向けたその時、声をかけられた。


「人の家の前でうろうろうろうろ。気になるじゃない」

「すまん……。すぐどっかいくから……」

「なによそれ。まるで自分が化物になっちゃったみたいな言い方じゃない」

「化物だろうが!」


 反論せずにはいられなかった。


 振り返ると、サキは腕を組んで小屋の扉に背を預けていた。


「たしかにちょっと見た目は厳つくなったけどまだマシよ。なかにはスライムとかマッドマンみたいに知能をなくしちゃう人だっているんだもの」

「だとしても、俺にはもう居場所がない……どこにも帰ることができないんだ……」

「別にいいじゃない。帰らなくても。居場所なんて与えられるものじゃないの。作るものよ」


 他人事だと思って簡単にいいやがって。


 無意識に眉間に力が入ってサキを睨みつける。


「やーねー、そんな怖い顔しちゃって。ね、それよりお昼ご飯まだでしょ? 食べてく?」


 親指をくいっと小屋に向けるサキ。軽い、というより緩い。俺の問題なんてまるで小さなことのように思っているみたいだ。


 実際、ここに住んでいる彼女からすれば俺の問題なんて知ったこっちゃないのだろう。


「はぁ……なんかもう疲れた」

「そうそう。悩んだってしかたないこと悩んでても疲れるだけよ。で、どうするの? 早くしないとご飯が冷めちゃうんだけど」


 なんか、彼女と話していると肩の力が抜ける。 


「……お邪魔していいかな?」

「どーぞ」 

 

 小屋に入ると優しい香りがした。


 見るとテーブルには木の器にクリームシチューが盛られていた。


「悪いけど椅子はわたしの分しかないの。これで我慢してもらえる?」


 彼女は木箱をずるずる引っ張ってきてテーブルの前に置いた。


「十分だよ」


 木箱に座ると、サキは棚からもう一つ木の器を取り出して鍋からクリームシチューをよそった。


 スプーンをそえて目の前に置かれる。


 見た目は普通。


 匂いも普通。


 それでも、スプーンで掬って口に運びかけたところで躊躇した。


「毒なんか入ってないわよ」


 そういって平気で食べ始めるサキ。


「わ、わかってるよ」


 図星をつかれて気まずい思いをしながら、俺は意を決してクリームシチューをほおばった。


 ほっとする味だった。


「ぷっ。なにその顔」

「え、ああ、美味しくて……つい……」

「ふふ、ありがと。おかわりもあるからね」


 サキのはにかんだ顔を見て胸が跳ねた。


 なんだこの感覚。


「まさか……これがサキュバスの魅了チャーム……?」

「なに? いまなにかいった?」

「ああ、いや、魔物も普通の食事を食べるんだなと思って……」


 いまのは失言だったかな、と思ったが、サキはこれといって気にしていない様子で「んー」と唸った。


「普通がなにかは知らないけど、クリームシチューは好きだわ。むしろあなたは魔物がどんなものを食べてると思ったの?」

「そりゃあ、人間とか」

「食べる魔物もいるけどみんながみんな人肉大好きってわけじゃないわよ。ゴーレムとかマッドマンは土を食べるし、そもそも人間が来るのをまってたら上層階の魔物はいっつもお腹を空かせちゃうじゃない」


 言われてみればそうだな。


 下層ならまだ人間がくるけど六層ともなれば年に二人もくれば多い方だ。


 致死率五十パーセントと言われてるから、半分は帰ってきてないけどな。


「でもさ、だとしたらなんで魔物は人間を襲うんだ?」

「上に登るのを阻止するためよ」

「なんで?」


 俺が問いかけると、サキは神妙な顔つきになった。 


「最上階まで踏破されちゃうとダンジョンが崩壊しちゃうの。魔物は外では生きられないから、ダンジョンがなくなったらここにいるみんなが死んじゃう」


 外では生きていけない、だと。


「その話、本当なのか?」

「ええ。だって外は大気中に魔素がないじゃない。人間でいうところの酸素がないのといっしょよ。それ」


 いわれてみれば確かにそうだ。


 魔法はダンジョンの外では使えない。


 ダンジョンで使えるのは魔素があるからだ。


 学校の生物の授業で習ったことがあるけど、魔物っているのは細胞同士の結合が非常に緩い。遺伝子も不安定で絶えず突然変異を繰り返しているらしい。


 いつ肉体が崩壊してもおかしくない危うい存在でありながら、生命活動を維持できているのは魔素が支えているからなのだそうだ。


 爪や牙、皮といった部分ならまだしもほとんどの魔物の内臓は素材としても持ち出すことができない。ドラゴンみたいに生命体として安定しているならまだしも、スライムの肉片は水みたいになってしまう。


 それでも地球の物理法則ではあり得ない分子構造をしているとかで、ダンジョンで手に入る素材は高値で売れる。


 そういえば、俺の稼ぎがなくなったら孤児院は大丈夫なのかな。

  

「どうしたの? 暗い顔しちゃって。外に出なければ大丈夫よ」

「ああ、いや、それもショックなんだけど……稼ぎ頭の俺がいなくなったらと思うと、孤児院が心配で」

「若いのに寄付してるの? 偉いね」

「そうじゃない。俺は孤児院で育ったんだ。ようは実家への仕送りってこと」

「そう……。なんとかダンジョンの素材を送れればいいんだけど、わたしにはいい案は思いつかないわ。ごめんね」


 サキがしょんぼりと俯くものだから、俺は慌てて両手を振った。


「いやいやいや、サキが気にすることじゃないよ!」 

「んー、それもそうかしら」


 ぱっと顔を上げてクリームシチューを食べ始めるサキ。


 なんだかつかみどころのない子だな。


 あ、そういえば。


「言い忘れたけど、俺は天野真人だ。よろしく」

「ん。よろしく、真人くん」


 ぱくり、とサキはクリームシチューをほおばった。


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