英雄、魔人化トラップを踏んで人里に帰れなくなりダンジョンで暮らし始めるも強すぎてバズる。

超新星 小石

第1話

 俺たちの目の前には螺旋状の白い階段が空に向かって伸びている。


 階段の先端は黒いマスのようになっており、まるで空の一部が四角く切り取られているかのようだ。


 とはいえ、本当に空が切り取られているわけではない。


 ここはダンジョン五層。森マップ。


 一見すると広大な森林地帯に見えるが実際は東京ドーム六個分ていどの広さしかなく、【見えざる壁サイレント・ウォール】によって行動範囲が制限されている。


 この場合は壁というより天井。見えざる天井だな。

 

 つまり空が切り取られているように見えてはいるが、実際には空に見える天井がそこにあるのだ。


「覚悟はいいか、ウィザ」


 俺は隣に立っている金髪の女の子に問いかける。


 ここから先は攻略情報がほとんどない、いわゆる上層エリア。


 気を引き締めなければ命がいくらあっても足りはしない。


「ちょっとまってください」


 彼女はリュックサックを背負いなおし、右肩のホルスターに装着されたゴーカメの動作を確認し始めた。


 次に斜めがけしている連射式ボウガンの装填を確認。


 動作に迷いがないことに安心した。


 ここまで登ってきた疲労もあるし、あまりにも緊張しているようだったら引き返すことも視野に入れていたが、この様子なら大丈夫そうだ。


「おまたせしました。大丈夫です」


 ウィザ・フットバーグは親指を突き出して、準備完了を表した。

 

 彼女はダンジョン探索の記録係レジスター。俺のような探索者に付き添い、貴重なアイテムの収集や踏破実績を残すことが役割だ。


「真人さんは、いつものやらないんですか?」

「いまからやるところさ」


 俺は首に下げた星印アスタリスクのネックレスを指でつまみ、額に押し付ける。


 これは単なる願掛け。次の階層も無事に突破できますようにという祈りを込めるんだ。


「よし、行こう」


 顔を上げてウィザをに視線を送る。


 彼女は赤いリボンでくくったポニーテールを揺らして頷いた。

 

 階段を登ると、その先に広がっていたのは湿地帯。


 紫色の毒々しい沼地に枯れ木が点々と生えており、全体的に霧が立ち込めてうす暗い。


 俺たちはぬかるみに足をとられないように気を付けながら慎重に進んでいく。


「真人さん。ちょっとまって」


 ウィザに肩を掴まれ立ち止まる。


 彼女が肩に吊り下げたボウガンの先端で指し示す方向に顔を向けると、そこには三匹の犬がいた。


 ただの犬ではない。片目が視神経でかろうじてぶら下がっていたり、頬の肉が削げ落ちて歯がむき出しになっている。ゾンビ犬だ。


 俺は腰に携えていた直剣を抜き、ウィザはボウガンの安全装置を外した。


 枯れ木に身を隠し、息を殺す。


 やり過ごせるならやり過ごしたい。


 明らかに雑魚だとわかるがここは六層。うかつに手を出して痛い目にあうのはごめんだ。


 行ってくれ。頼む。


 心の中でそう呟く。


 ちゃっちゃっちゃ、とゾンビ犬の爪の音が鼓膜に嫌な振動を与えてくる。


「フンフン……」


 一匹のゾンビ犬が立ち止まり、鼻を鳴らした。


 ゾンビ犬は周囲を見回して、俺たちがいる枯れ木に向かって唸りだす。


 まずい、と思った次の瞬間、ウィザが枯れ木の陰から飛び出して矢を放った。


 唸っていたゾンビ犬の首に矢が突き刺さり、ゾンビ犬は地面に転がった。


「ウィザ!?」

「バレてます!」


 ウィザが叫ぶのと残りの二匹が走り出すのはほぼ同時だった。


 彼女がボウガンを乱射するもゾンビ犬たちの機敏な動きによって躱される。


 六発目の矢が地面に刺さったところで、彼女のボウガンからガチンという硬質な音が響いた。


交替スイッチ!」


 ウィザが下がり俺が前に出る。


「ガウウウウ!」

「グルアアア!」

「フッ!」


 牙を剥いてとびかかってきたゾンビ犬の間に体を滑り込ませ左右に二連撃を浴びせる。


 首と胴をそれぞれ分断され、ゾンビ犬は絶命した。


「まだです!」


 ウィザの声にはっとして顔を上げると、首に矢が刺さったゾンビ犬がとびかかってきていた。


 俺は剣を振り上げて迎え撃つ。ゾンビ犬は俺の背後に着地した。


「これで終わりだな」


 納刀と同時に、ゾンビ犬の体がぐぱぁと縦に分断され右半身と左半身が別れを告げる。


「さすがですね真人さん!」

「まぁ、このくらいの相手ならわけないさ」

「うわ、その台詞聞く人が聞いたら怒りますよ。ま、みんなは好意的に受け取ってるみたいですけど」


 ウィザは手首に装着した端末デバイスを見ながらそういった。


「お前、また配信してるのか」

「そりゃそうですよ! わたしたちの冒険を多くの人に知ってもらいたいじゃないですか! ほら見てください、こんなにコメントが来てますよ!」


 ウィザが駆け寄ってきて、端末デバイスを見せてくる。


”すげええ! さすが真人&ウィザ!”

”上層にたどり着いただけでもすごいのに戦闘にも余裕があるとかすごすぎる!”

”この二人のコンビネーション、ほんと参考になるな”

”片方は名剣士でもう片方は名射撃手ってのがまたいいよね”

”たしか過去の映像がダンジョン専門学校の教材になってるんだろ?”

”マジかよ、すげーな”


 コメントが矢継ぎ早に流れていく。


「あんまり気を抜くなよ」

「でも嬉しいですよね?」

「……まぁ、な」


 そう答えると、ウィザは得意気に笑った。


 カメラがあると意識してしまうから正直苦手なのだが、ウィザが楽しそうならそれでいいか。


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