第25話 自称アイドルの少女

 「ちょっとちょっとー! なんか面白そうなことやってんじゃない!」


 フェニックスのいちごを暖房代わりにしていることを伝え、逆に暑い時はどうするのかと聞かれた──ちょうどその時。

 やんちゃな声と共に、地下二階の扉を乱暴に開く音が聞こえた。

 

 カメラも反応して入口方面を向く。


《なんだ!?》

《誰!?》

《新しい子!?》


 そこに立っていたのは、一人の少女。


「あたしを置いて楽しむなんて、許さないわ!」


 黒いカーディガンを羽織はおった、小学校高学年ぐらいの身長。

 瞳と髪はんだブルーで、童顔も合わさって浮世離れした見た目だ。

 姉さんの髪がツヤツヤって感じなら、この子の髪はサラサラって感じ。


 その姿を確認してか、コメント欄が大いにく。


《ロリ!?》

《ロリきたあ!》

《誰だこのロリ!?》

《髪色すっげ》

《めっちゃ綺麗な水色!》

《光ってるやん!》


 そんなコメントに彼女は一言。


「え。きしょ」

「おいおい、大切な視聴者だぞ。そんな言い方……って、あれ?」


 急に放った辛辣しんらつな言葉。

 だけど、反応は思っていたものと違った。


《助かる》

《口悪いロリ助かる》

《いきなりだなあw》

《子どもなら許せるw》

《悪口助かる》

《むしろご褒美》


「な、なんだこの流れ……」


 中にはまともに『口悪くない?』と心配するコメントもあるけど、なぜか結構な数の視聴者が助かってしまっている・・・・・・・・・・


 俺にはあんまり理解ができなかった。

 高校生の俺にはまだ早いのかな。


「おっと」


 それはともかく。

 今はこの状況を整理しなければ。


「とりあえず、帰ってきたんだな。おかえり」

「ええ! 今回も楽しかったわ!」

「それは何より。で、一応これは配信って言うんだけど──」

「知ってるわ! 遊びに行った先で見たもの!」


 そう言うと、彼女は画角の中央におどり出る。

 そしてそのまま、ドヤ顔で自己紹介を始めた。


「あたしはこの家のアイドル『ブルーハワイ』よ!」


《ブルーハワイ!?》

《ブルーハワイちゃん!》

《すんごい名前w》

《見た目と合ってるけどw》

《ていうかアイドル!?》


「あ、アイドルはこいつが自称してるだけなんで気にしないでください」

「ちょっと! それを言うんじゃないわよ!」

「そんなん放置できるか」


《自称かよww》

《家主に認められてないじゃん笑》

《自分で言っちゃう感じねw》

《けどかわいいよ》

《今までどこにいたんだよー!》

《キャラ濃くて草》


 色々とひどいけど、一応受け入れられたみたい。

 そんな彼女に早速たくさんの質問が飛んでくる。


《ブルーハワイちゃんは何者?》


「ふふ~ん。仕方ないわね。そこまで気になるなら見せようかしらっ!」


 ニンマリとした顔を浮かべたブルーハワイ。

 自分のことを聞かれるのが嬉しいのかも。


「あたしはこれよっ!」


 ブルーハワイは、羽織っていた黒カーディガンをバサっと後ろに放り投げる。

 あらわになった上半身は、涼しげな夏服。


 ただ、下半身は不思議な光・・・・・に包まれている。


「よーく見てなさい!」

 

 カメラ目線でそう言うと、光は段々と薄くなっていき……


「じゃじゃーん!」


 やがて綺麗な水色のうろこが出現した。

 鱗は水分を帯びていて、彼女の体は地上からふんわりと浮いている。


 ブルーハワイは再びカメラ目線で言い放つ。

 

「あたしは“セイレーン”よ!」


《うおおおお!》

《セイレーン!!》

《セイレーンきたあ!》

《ロリっ子口悪セイレーンはえぐいってww》

《とんでもない子きたなw》

《属性持ちすぎで草》


 コメント欄は今日一の盛り上がりを見せる。

 さらに、セイレーンの情報も上がってきた。


《セイレーンってSランク魔物やん!!》

《最強種の一角》

《海洋系魔物ではトップ層だぞ》

《この家、まじでどうなってんの!?》


 そうしてブルーハワイは、カメラに人差し指を向けながら満足げに声を上げる。


「今日はあたしを覚えて帰るのね!」


《そうします》

《ブルーハワイちゃん推します》

《これは神枠》


 そこで自己紹介はひと段落。


 改めて、彼女は『セイレーン』のブルーハワイ。

 一応、この地下二階の住人(住魔物?)だ。


 それにしても、セイレーンまでSランク魔物だったとは。

 昔から「アイドル」とか「美少女」とか自分で言うから、「Sランク魔物」も自称だと思ってた。


「何よ、その疑うような視線は」

「いや別に……」


 そんなブルーハワイに、まだ質問が届く。


《ブルーハワイちゃんはどこかに行ってたの?》


「深層バカンスね」


《深層……バカンス?》

《そんなノリで行くなw》

《なんか深層が軽く思えてきたな》

《頭バグりそう》


 コメント欄は困惑した様子。

 俺も深層がすごい場所だと知ったのは最近だし。


 なんなら深層が軽い場所と思っていたのは、ブルーハワイがお散歩感覚で行くからかもしれない。


 そんな中、ブルーハワイは手で顔をあおぎ始める。


「ていうか、暑くない? この部屋」

「うん。いちごにあったかくしてもらったから」

「ぼぉっ!」


 俺に続いて、肩に乗っかるいちごも片翼を上げて返事した。

 対して、ブルーハワイは嫌な顔を浮かべる。


「またぁ? この焼き鳥」

「ぼぉっ!?」

「おいおい」


《焼き鳥!?》

《ひでえw》

《辛辣だなあw》


「ちょっとすずしくさせてもらうわよ!」


 ブルーハワイは、体の前で大きな水の玉を溜め始める。

 巨大なシャボン玉のようなものだ。

 

「涼しくなれっ!」


 その巨大な水玉を天井に放つと、ぶつかった瞬間にパンっと割れて、霧のように消える。

 それと共に広がったのは急激な涼しさ・・・・・・

 ブルーハワイお得意の『シャボン水玉みずたま』だ。


「これぐらいがちょうどいいわ!」

「いや寒いって」

「どこがよ! ほら、あれ・・も綺麗じゃない!」

「それは……まあ」


 天井には水色の小さなオーロラが出現していた。

 彼女によると『シャボン水玉』の副産物みたいなものらしい。


《家の中でオーロラ!?》

《すっげえ!》

《めちゃくちゃ綺麗》


「評判いいじゃん」

「あたしにとっては朝飯前よ!」


 こうして、暑い時には体感でも視覚的にも涼しくしてもらっている。

 いちごが「暖房」なら、ブルーハワイが「冷房」だね。


 ……だけど、あ〜やっぱりこうなるか。


「ぼぉ! ぼぼぉー!」

「何よ、焼き鳥」

「ぼぼぉ!」


 翼をパタパタさせてアピールする、いちご。

 俺が翻訳ほんやくしてあげた。


「寒いってさ」

「知らないわ! 暑いよりマシでしょ」

「ぼぼぉ……ぼっ!」

「あ」


 いちごは寒さが気にいらなかったのか、天井の方に飛んで行く。

 対して、ブルーハワイは反対側へ跳んだ。

 またいつもの・・・・をやる気だ。


《何が始まるんだ?》

《暑いと寒いで言い争ってたよな》

《まさか……》

 

「ぼぉー!」

「受けて立つわ! はあッ!」

「あー、始まっちゃった」


 そうして、いちごは『炎の息ファイアブレス』、ブルーハワイは波のように操った『シャボン水玉』を放つ。

 暑さと寒さ、二つのあいはんする状態がちょうど中央でぶつかり合った。


《おおおお!?》

《ぶつかった!?》

《すごいことになってきたあwww》

《エアコン戦争!?》


 いちごとブルーハワイ名物、環境の取り合いだ。


 こうなるなら階層を分けろって話なんだけど、どっちも地下二階がお気に入りみたいなんだよね。

 いちごもああ見えて意外と気が強いし。


「はげしー」


 そんな部屋の様子で、俺の右半身は暑く、左半身は寒い状態になった。


《ファーwww》

《北風と太陽みたいなww》

《フェニックスとセイレーン》

《でもこれは互角やろ》

《ホシ君大丈夫なんか!?》

《ホシくーーーん!w》


 そんな中でも、両者は譲らず。


「やるわね!」

「ぼぼぉ!」


 そうして、二人がさらに力を溜め始める。


《まずい!》

《なんか力を溜めてる!!》

《大丈夫か!?》


「ん」


 それ以上はちょっとダメかも。

 中央にいる俺はパンっと拍手をした。


「そこまで!」


「……!」

「ぼっ!?」


 途端に、両者の手が止まる。

 こういうところは素直なんだけどなあ。

 

《え?》

《なんだ今の》

《止まった……?》

《衝撃波が走ったような?》


「ん?」


 衝撃波って、一体なんのことを言ってるんだ?

 昔からこうしたらお互いにやめてくれたけど。


 まあとにかく、これ以上は部屋に被害が出るかもしれない。

 止めて正解だろう。


「やりすぎはよくないよ」

「ぼぅ……」

「はーい……」


《やっぱりホシ君が頂点なんだ》

《これを止められるのはホシ君しかいないだろうな》

《二人ともしょんぼりしてる》


「でも、二人のおかげで配信が盛り上がったよ。ありがとう」

「「……!」」


 その言葉に、二人は嬉しそうにこちらを向く。


「あたしに感謝するのね!」

「ぼぼぉーう!」

「じゃあ、二人も仲直りして」

「「……」」


 二人はお互いに向き直る。


「あんたもやるじゃない、焼きと──いちご」

「ぼぅぼぅ!」

「うんうん」


 仲直りの握手をして、照れくさそうに口角を上げる二人。

 この二人も決して仲が悪いわけではないからな。


 そうして、終了時間になったことに気づく。

 キリも良いしここで締めるのがベストだろう。


「では、今日はここまでにしますね。ありがとうございました!」

「んじゃね~」

「ぼぅ~!」


《おつ!》

《お疲れ様!》

《良かった良かった》

《なんだかんだ良い形》

《今日の配信も面白かった!》

《またね~》


 こうして、「普通の生活スペース」である地下二階も成功(?)を収めて、今回の配信も終えたのだった。







「で? ブルーハワイは何で帰って来たの」


 配信を終えて、リビングでおやつを食べながら話しかける。


「帰ってきちゃ悪いの!」

「いや、今回のバカンスは一か月は帰らないって言って出てったから」

「そうだったかしら」

「そうだよ」


 ブルーハワイは水飴みずあめを舐めながら答える。

 やっぱり子どもだな。

 俺みたいにおやつはプリンにしないと。


「ちょっと変なものを見ちゃったのよ」

「変なもの?」

「うん。すごい量の魔素の塊・・・・って言うのかしら? 光る心臓みたいなもの。それをたくさんの魔物が持ってたの」

「へー」


 なんだろう。

 魔物に変化でも起こっているのかな。


「それを一応伝えておこうと思って。意味ないかもだけど」

「そっか」

「とりあえずそれだけよ。また気が向いたら出掛けるわ」

「分かったよ」


 そうして、水飴を食べ終わったブルーハワイは、地下へと降りて行った。

 久しぶりに、めろんやわたあめともたわむれるんだろう。


「それにしても……」


 今のブルーハワイの話を思い返す。


「魔素の塊ってなんのことだろう」

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