第4話 Fランク探索者、配信を始める

<ホシ視点>


「久しぶりだなあ」


 目の前の家、アパートの一室を見てつぶやく。


 ここはナナミの家。

 たった今、呼び鈴を鳴らしたところだ。


「まったく。騒がしい奴だよ」


 ナナミの配信を終えて、次の日の朝。

 日曜日だからゴロゴロしていようと思ったのに、さっきいきなりナナミから通話があった。


『と、とにかく! 今すぐ集合! いいわね!』


 そんなことを言われて、今に至る。

 幼馴染とはいえ、山奥の俺んちからは結構かかるのに。


「来たわね!」

「あ、おはよう」


 高い声と共に玄関が開いた。

 ナナミの前髪は上にはねるように留められていて、お家モードみたい。


「いいから早く入って!」

「うわっ!」


 なんて思っていたら、ナナミは周りをさっさっと周りを見渡し、いきなり俺を家の中に引っ張る。


「なんだよ~」

「なんだよー、じゃないわよ!」

「あ、お邪魔しまーす」


 一応あいさつをして、そのままナナミの部屋へ。


「はい、そこ座る!」


 バタンとナナミの部屋が閉められて、すぐに座らされた。

 なんで正座してるんだ、俺。


「この状況でよく呑気のんきでいられるわね!」

「なんのこと?」

「これよ、これ!」

「んー?」


 俺はナナミが見せてくれたスマホの画面を覗く。

 ナナミがスクロールしれくれるのを見ながら、俺の目はどんどんと開いていった。

 信じられない光景があったからだ。


「なんで俺の名前がネットに挙がってるんだ!?」


 ナナミが見せてくれたのは「ツブヤイター」というアプリ。

 いわゆるSNSというやつだ。


 そして驚くことに、そこには『彦根ホシ』、『謎のFランク探索者ホシ』、『超新星ホシ』などの単語がトレンドになっている。

 というか、トレンドを埋め尽くしている・・・・・・・


「ど、どういうこと?」

「本当に知らないのね」

「知らないよ……」

「SNSもやってないとか、相変わらず原始人じみてるわ」


 さらに、ナナミはある動画を見せてくる。

 映っていたのは、ワイバーンとそれと戦う少年……って。


「これ俺じゃん!」

「だから言ったでしょ。これが拡散されて今とんでもないことになってるの!」

「そ、そうなんだ……あ、だからか」


 そういえば、今日はやけに人にじろじろ見られるなーと思ったんだよね。

 もしかして、この件があったからなのか。


「それでナナミも、玄関で周りを気にしてたんだ」

「そういうこと」


 話がひと段落つく。

 と同時に、とんでもない不安が襲ってきた。


「あれ、これってまずいんじゃ……」

「は?」


 俺はその場で項垂うなだれた。

 まさかこれが特定というやつなのか。

 これが怖くてSNSをやっていなかったのに。


 そんな気持ちは、勝手に声となって口から飛び出していた。


「ナナミ、俺はどうしたらいいんだ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいってば!」

「あうっ」


 しがみついたナナミにひっぺがされる。


「典型的な恐怖に対する不安ね」

「……ワイバーンより全然怖い」

「今の言葉、全国民に聞かせたらまたバズりそうだわ」


 呆れたような目で見てくるナナミ。

 それでも俺を見捨てないでいてくれた。


「よく聞いて。これは別に悪いことじゃないの」

「そ、そうなのか? さらされているわけではないのか?」

「そうとも言えるけど……少なくとも、これは賞賛されて注目を集めているよ」

「えっ、そうなんだ!」

「単純か」


 急に嬉しそうな顔になったのがバレたらしい。


「でも……そうね。そこがウケるポイントよ」

「どういう意味?」


 ナナミはニヤっと笑って言葉にした。


「あんた、配信者やりなさい!」

「ええーっ!?」


 飛び出したのは、思ってもみない言葉。

 それでも、ナナミは「いける」と確信を持っているよう。


「じゃあホシ、昨日のワイバーンはどうだったかしら」

「え、雑魚だったけど」

「ほら。もう面白い」

「どこかだよー!」


 ナナミの口角が吊り上がる。

 世間ではこれが面白いのか?


「それにあんた、バイト探してるんでしょ?」

「あ、うん。そうなんだよね」


 俺の家は山奥にあり、高校に通うのすらそれなりの時間がかかる。

 その上、市街でバイトをするとなるとさすがにハード過ぎるので、最近ナナミに軽く相談していたんだ。


「配信はまさにぴったりだわ」

「そうお?」


 思わずWOWOW? みたいに聞き返してしまう。


 だって、ねえ?

 たしかに家で出来るかもしれないけどさあ。


「いうて、そんなもうからないでしょ?」

「あんた、配信文化をナメてるわね」


 やれやれといった様子に、俺は言ってやった。


「じゃあどれぐらい稼いでるんだよ?」


 ナナミはニヤっとした顔で言い放つ。

 どうせしょぼ……


「────」

「なにいー!?」


 と思ったのに、俺の想像を遥かに超えていた。

 さらに、ナナミはここぞとばかりに畳み掛けてくる。


「先月は……たしかこれだけよ」

「うっそー!」

「どうよ。驚いたかしら」

「あ……あぅあ」


 これは決まりだ。


「ハイシン、ヤル」

「単純で助かるわあ」

 

 ナナミは「簡単な仕事ね」みたいな態度だ。


「じゃ、そこの段ボール開けて」

「これ?」


 ナナミが指差した段ボールを、ガサゴソと探る。


「あれ、これって!」

「そう。配信機材よ」


 中から出てきたのは、昨日の配信の時にナナミが使っていたような、カメラやマイクといった配信機材だった。


「これ、どうしたの?」

「わたしのお古よ。全然使えるわ」

「え、もしかして……」

「そ。あげる」

「ええ!」


 これを全部!?


「い、いいのかよ」

「いいの。どうせもう使わないし」

「だからって……」


 これを「はい、あざーす」みたいな感じでは受け取れない。

 けど、ナナミは少し顔を赤らめて言った。


「もー! わたしがしたいの!」

「え? なにを?」

「またいずれ、あんたと配信したいの! 配信者のあんたと!」

「!」


 さっきまで合っていた目線がまるで合わない。

 ナナミが逸らしているからだ。


「それでいずれ、またわたしとコラボする! これでチャラよ!」

「……! お、おう」


 最後にチラっと合った視線。

 それはなんだか、いつものナナミとは違って見えた。


「じゃ、色々と教えるわ! あんた機械音痴だし!」

「た、頼む……」


 と思えば、ぱっと明るくなったナナミ。


 それから俺は、ナナミに手取り足取り(意味深ではない)ナナミに教えてもらったのだった。







「こ、これでいいんだよな」


 俺は今、自宅で浮遊型カメラの前に立っている。


 ナナミの家から帰り、お昼を食べた後。

 「鉄は熱いうちに打つのよ!」と言われたので、早速配信を開始しようとしているところだ。


「うわあ、緊張してきた……」


 手元のスマホには、ナナミからの『がんばー☆』とのメッセージが。

 よし、頑張ってみるか。


「配信開始!」


 カメラを習った通りに操作し、いよいよ配信を開始する。

 すると、コメントが一気に流れた。


《きたああああ》

《うおおおお!》

《本物だ!》

《昨日見てました!》

《こんにちは!》

《楽しみに待ってました!》


「うえっ!?」


 流れるコメントと共に、隣の数字に目が行く。

 『5000人が視聴中』。


 ナナミを手伝っている時は気にしていなかったけど、これって5000人が見てくれているってことだよな?

 それってすごくないか?


「でも、みんなどこから……?」


《ナナミンのツブヤイターから!》

《ナナミンが告知してたよ~》

《ナナミちゃんから》


「な、なるほど」


 あいつ告知してくれていたのか。


「で、では早速始めて行きたいと思います」


 と思ったが、そこで立ち止まる。

 あれ、配信って何すればいいの?


 ──そう思った時。


「キュイ~!」

 

 家の中から、可愛い声と共に何かが飛んできた。

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