第2話 Fランク探索者、Sランク魔物をぶっとばす

<三人称視点>


「う、うそ……!」


 ナナミは目の前の状況に絶望していた。


「──ギャオオオオオオオ!!」


 こちらをにらんでいるのは『ワイバーン』。

 討伐記録は未だなく、見つかったのすら最近の下層に潜む魔物。


 しかし、誰もが知る・・・・・Sランク魔物だ。

 理由は、最近起こった一つの事件。


 先日、日本でもトップクラスと呼ばれる超有名配信者を含むSランクパーティーが、このワイバーンと遭遇している。

 その結果は──『撤退てったい』。


 彼らは果敢かかんに挑むも、犠牲が出る前に引き下がることとなった。

 後に帰還した彼らは「あれは無理だ」と話し、大きな話題になっていたのだ。


「──ギャオオオオ!!」


 だが、ワイバーンは待ってくれない。

 二度目の咆哮ほうこうと共に尻尾を振り回し、ナナミの目の前に迫る。


「!!」


 横から伸びてきたのはホシの腕。

 ナナミは咄嗟に突き飛ばされ、ホシが代わりに尻尾に叩きつけられた。


「そん、な……!」


 浮遊型カメラはすでに「残虐ざんぎゃく描写設定」をONにし、画面の一部にモザイクがかかっている。

 それでも何が起こっているかは、視聴者には容易に想像ができた。


《ホシ君ー!!》

《うそだろ……》

《さっきまであんな楽しかったのに》

《逃げて!》

《ナナミちゃんだけでも!》

《今すぐ動いて!》


 この場にいるのは、ナナミと「Fランク探索者」だという幼馴染のホシだけ。

 それもたった今、尻尾に叩きつけられてしまったが。


 コメント欄は一斉に「逃げて!」との文字で埋まる。


「……っ!」


 だが今の光景を見て、ナナミは立ち上がることができなくなってしまった。


 入り混じるのは「恐怖」と「後悔」。

 その思いが自然に口から出ていく。


「ごめん、なさい……ホシ」


 自分が誘ったばかりに幼馴染を巻き込んでしまった。

 久しぶりに会いたくて、今の自分を見てほしくて呼んだのに、まさかこんなことになってしまうなんて。

 加えて……思い出すのはもう一人。


「ごめんなさい、お母さん……」


 女手一つで自分を育ててくれた母。

 高校生になり、少しでも楽をさせてあげたくて始めたダンジョン配信。

 それがこんな形で終わってしまうなんて。


「──ギャオオオオオオオ!」


 ワイバーンの開いた口に炎が集まり、巨大な火球となる。

 代名詞である『ファイアブレス』だ。

 先日のSランクパーティーはこれによって撤退を余儀なくされた。


「ごめんなさい」


 ナナミは目を閉じた。

 そして、ブレスが放たれようとする──その時。


「ていやー!」


──ドガアアアアアアア!


 なんとも腑抜ふぬけた声と共に、轟音ごうおんが辺りに響き渡った。

 

「……え!?」


《!?》

《なんだ!?》

《何事?》

《何が起きた!?》

《すげえ音したぞ!?》

《どこから!?》


 困惑するナナミ、そしてコメント欄。

 聞こえてくるのは一つの声。


「大丈夫?」

「……えっ」

 

 優しい声と共に、差し伸ばされる手。

 ナナミはその主を確かめるように見上げた。


 さらに、高性能なカメラはとっさに「残虐描写設定」を停止。

 モザイクなしの最高画質に切り替わり、ナナミの視線と同じく徐々に上に傾く。


「ケガはない?」

「……!」


 ナナミの頬に一筋の涙が流れる。


《ホシ君ー!!》

《生きてたのかー!!》

《まじかよ!?》

《じゃあさっきの音は……?》

《ドゴーンって》

《え、てかワイバーン倒れてね?》

《おい、まさか……》


 最高画質に切り替わったことにより、視聴者も状況を把握し始める。

 それでも困惑がぬぐいきれなかった。


「まさか……ホシがやったの?」

「え、うん」

「でも……!」

「それより大丈夫?」

「えっ」


 ナナミに対して、ホシは本当に心配そうに尋ねた。


「撮れ高は」

「……はい?」


《は?》

《え?》

《???》

《なにいってんだこいつ》

《どういうこと?》


 ホシ以外の者が全員困惑する中、ホシは言葉を続ける。


あの鳥・・・、ナナミが倒すのかなーって」

「む、無理に決まってるでしょ!」

「そうなの?」


 どうも両者の話がみ合わない。

 ナナミは、まさかと思って聞き返した。


「もしかして……倒せるの?」

「まあ倒せるだろうけど」

「本当に……?」

「え、うん」


 ナナミはぎゅっとホシの手を掴んだ。


「お、お願い!」

「わかった。ナナミンがそう言うなら!」


 できるかできないかではない。

 今はホシを信じる以外に道がなかった。

 

「じゃあ家以外のダンジョンは初めて・・・だけど、張り切っちゃおうかなー」


 ぴょん、ぴょんと跳ねるホシ。

 こんな状況にもかかわらず、明らかに余裕のある姿だった。


「──ギャオオオオオオオ!」

「ほっ!」


 先ほどの同じ、尻尾の振り回し。

 その巨体からは信じられないスピードだが、ホシは悠々とかわす。


《おお!?》

《よけた!?》

《はっや!》

《今消えなかったか?》

《なんか身軽じゃね?》


「おりゃあああああ!」

「え!?」


 さらに、高く跳びあがったかと思えば、ダンジョンの壁を走り始めたホシ。

 ナナミは目を疑う。


《はあ!?》

《壁を走ってんぞ!?》

《意味分からん意味分からん!》

《どういうこと!?》

《え、これ合成じゃないよね??》

《なんじゃそりゃ!》


 まるで現実とは思えない光景に、増え続ける視聴者の同時接続数。

 3万、5万、10万……なんと、あっという間に15万人を突破する。


「ギャオオオオ!」

「うーん」


 必死に飛翔して、ホシを追いかけるワイバーン。

 だが、明らかにホシの方が速い。


あの子・・・の方がよっぽど速いかな」

「ギャオ!?」

「ていや!」

「グギャアァァァ!」


 何か不思議なことを言いながら、ワイバーンをボコボコにしていくホシ。

 ナナミも視聴者も目を奪われる。


「どういう、こと……?」


《これ現実?》

《ありえなくね》

《てか笑ってるし》

《Fランクじゃないのか……?》

《何者なんだよ!》


「──ギャオオオオオオオ!!」


 そんなホシに、ワイバーンは怒りをあらわにする。

 これで終わらせるつもりなのか、再び大きく口を開け、炎を集めた。


「ホシ! 逃げて!」

「……」


 ナナミの声はホシには届かない。

 さらに何をするかと思えば──


「撃ってみれば?」


 ホシはあおった。


「──ギャオオオオオオオオオオ!!」


 怒り狂ったワイバーンのこれまでで一番の咆哮。

 それと共に放たれたのは、ダンジョンの壁をも壊さんとする「ファイアブレス」。


「逃げてよーーー!!」


 ナナミの声はむなしく、それを真っ向から受けたホシ。

 だが……


「うーん」

「!?」


 ファイアブレスが通り、えぐられた大地から聞こえてくるふぬけた声。

 その場から一歩も動かず、眩い光の中から姿を現してホシは言い放った。


「あの子に比べたらぬるいかも」

「ギャオッ!?」


《は?》

《異次元すぎるだろ……》

《もう訳わからん》

《なんか笑えてきた》

《わかるw》

《ははっ》

《ぶっ倒せ!》


「撮れ高は十分かな」


 ホシは拳をぐっと握る。

 初めから武器は持っていない。


「とあー!」

「──ギャアアアアアア」


 最後までしまらない掛け声でワイバーンをぶん殴るホシ。

 ワイバーンの長い首はぐにゃりと曲がり、そのまま地上へ崩れ落ちた。


 やがてその体はダンジョンへと取り込まれ、跡形もなくなっていく。

 見事に討伐したのだ。


《なんだその声www》

《しまらねえw》

《とあー(棒)》

《かっこくよくなくて草》

《ワイバーン君の方が配信者してる》

《でもすごかった》

《まじで信じられない》


 去った危機に、ここ一番に盛り上がるコメント欄。

 同時接続数はすでに50万人を突破。

 

 誰もが無理だと諦めた状況の中、無名のFランク探索者がワイバーンを倒したのだ。

 話題にならないはずがない。


「よかった……」


 ナナミも全身の力が抜け、その場にへたりこむ。

 

 だがそんな中、マイクにも拾われないような小さな声で、ホシはボソっとつぶやいた。


「うちのペット達の方が手応えあるな」

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