絶奏Ⅲ:「対戦車美幼女(中身はおっさん)&榴弾の王子様系美女(やっぱりおっさん)」
場所はまた別の一点へ。
そこは、もはや崩壊した防衛陣地のその一角。
「ッゥ……!」
そこにはまた、一名の陸上任務隊の隊員の姿があった。
彼は、殿となりこの場に残った普通科中隊に所属する隊員の一名。その少し堀の深い顔立ちは、しかし尖り精強さを伺わせる。そしてその腕に構えられた携行無反動砲、84mm無反動砲カールグスタフから、彼の担当が対戦車火器射手であることが推察できる。
だが、その彼の精強な顔立ちは、今はひどく顰められ。そしてその首筋には一筋の汗が垂れる。その理由は、彼が今対峙する存在にある。
彼の視線を追って見上げれば、そこには巨大な影――そこに鎮座し隊員の彼を見降ろす、大型オブスタクルの身体があった。
隊員の彼は、少し前に味方と分断され孤立してしまい。その中でしかし生き残るべく、己が装備である無反動砲を用いて迫るオブスタクルを迎え討ち、必死の抵抗を続けていた。
だが元より心もとなかった残る砲弾は、今しがたついに底を尽きた。そしてそんな彼の前へ迫り現れたのが、今現在対峙する大型オブスタクル。抗う術を失った彼を捻り潰さんと、そのオブスタクルは巨体を動かし、禍々しい前足を振り上げる。
「ッぅ――」
ここまでかと。隊員の彼は心の内で悟り、その奥歯を噛み締める。
――大型オブスタクルの身体で、爆炎が上がったのはその瞬間であった。
「――!」
突然の事態に、目を剥く隊員の彼。
しかし直後に彼は、それがオブスタクルを狙った攻撃である事。そしてそれが自身より背後後方から来たものである事を察する。
そして背後を振り向いた彼の眼が写したもの。
それは、大空を背景に宙空に飛び身を置く一人の人影。迷彩戦闘服を纏い、その肩に84㎜無反動砲を構える、遠目にも体躯の良い男性である者の姿。
「――え?」
しかし直後に隊員の彼は、予期していなかった光景に、一層の驚愕を覚え目を剥く事となる。
宙空に身を現したその新手の者の身体が――次の瞬間には唐突に発現した光のベールに包まれ、そして変貌を開始したからだ――
宙空に現れ身を置く一名の隊員。
その正体は、ロシアの血を引く混血の隊員、ウラジア。その鍛えられた腕には、今しがた撃ち放たれたばかりの84㎜無反動砲が見える。
彼もまた搭乗していたKV-107より飛び出し、この場へと効果参上。
そして孤立した隊員と対峙するオブスタクルの姿を見止め。隊員を救うべく、宙空よりオブスタクルに向けて一発目を叩き込んだのであった。
そして引き続き宙空を降下する最中のウラジアの身に――また変化が巻き起こった。
ウラジアの足元で淡い発光現象が発現。それは光のベールを形作り、ウラジアの身体を包み登り始めた。
まず最初にベールを潜った彼のその鍛え上げられた脚は、まるで気質の異なる細く華奢な物へと変貌。続けベールを潜った腰回りもまた、元の太く強靭なそれから一変。小さく可愛らしい尻と腹部周りへと成り代わる。その太さは、変貌前の半分程しかない。さらに続けベールを潜った胸元は、強靭な腹筋から、わずかな乳房の膨らみを描く愛らしい物へと変化。最後にベールを潜った頭部は、厳つい彼のそれから小顔かつ大変に整ったそれへと変わり、そしてそれなりの長さに保たれていた白髪は、その美麗な色合いはそのままに、腰まで届く長さの物へと変化。
そこで光のベールは消失。
そして現れたのは、透き通るまでの白い肌と、美麗な白髪でその身を彩る美少女だ。
年齢はおそらく13歳程。その身長は140㎝も無い。麗しい白髪の前髪の元には、緩やかに釣り上がる目尻で形作られた、幻想的な碧眼が存在を主張。
まるで人形、ガラス細工のような可憐で幼い美少女。
その正体は、姿性別を変貌させた、ウラジア自身だ。
纏う服装も迷彩服1型から一変。
首元は、三等陸曹の階級章が記された襟と可愛らしいリボンで飾られ、その僅かな膨らみを見せる胸周りはチューブトップで包まれている。折れてしまうのではないかと思う程の華奢な腰回りは、コルセットで飾られている。その細い両腕を包むは長手袋。愛らしい尻部は丈の短いスカートで飾られている。また細く華奢なその両脚は右脚のみにニーソックスを履き、左脚は太ももにバンドを巻いて飾っている。足先にはブーツ。左肩からはハーフサイズのマントが翻り飾る。そしてその美麗は白髪はハーフアップで結われ、後頭部を大きく愛らしいリボンが彩っていた。
全体的な衣装の色合いは、やはり陸上任務隊のイメージを現した、緑を基調とする。
武骨で雄々しいロシア系男性であったウラジアは、一転してそんな幻想を体現したような幼い美少女へと、姿を変えていた。
「――ッ!」
宙空でそんな変貌を見せたウラジアは、直後にはその幼女となった身体で、地上へと降着着地。
瞬間、真上を切り裂くような音を響かせ、複数機のUAVが飛び抜けた。
「やはり、直では無理かッ」
ウラジアは、その人形のような整い愛らしい顔に、しかし微かな険しい色を作り。そして言葉を零しながら視線を上げる。
見るは先に自身が一撃を食らわせた、大型オブスタクルの巨体。しかしその身を爆炎で焼かれたにもかかわらず、オブスタクルは差したダメージは受けていないといった様子で、のそりと動きを見せた。
「君ッ!退避してくれ!」
ウラジアは振り向き、背後に居た隊員の彼に向けて。その幼い外観に反した麗しい声色で、しかし不釣り合いに急いた要請の言葉を上げる。
一方の隊員の彼は、唐突に立て続いた驚愕の事態に、目を剥いている。
そんな隊員の彼をよそにウラジアは視線を戻し。そして幼い美少女の姿で引き続き担いでいた、その身に不釣り合いな84mm無反動砲を下げ。恐るべき素早さで空薬莢を排出、次弾の装填を完了させる。
先に飛び抜けたUAVが頭上へと舞い戻ったのは同じタイミング。そしてそのUAVから流れ聞こえ届くは、曲、音楽。ここまで香故、町湖場や宇桐が歌い奏でて来たもの。
「――――――」
そのタイミングで始まったのは、その曲の第二章。
ウラジアは滑らかなまでの歌い出しでそれに合流。その麗しい声で、歌声を奏で紡ぎ始めた。
「――――――」
歌詞は、数多の浮かぶ感情に翻弄され、数多の迫る闇に怯える心を現し。しかしそれでも折れず立ち向かう意思を訴えるもの。それが今は儚く幼い姿のウラジアの、しかし反した幻想的なまでに麗しい歌声で紡がれ流れる。
相対するオブスタクルに変化が見られたのはその直後だ。オブスタクルは、ウラジアへ向かって一歩詰めようとしていたその巨体を硬直させたかと思うと、次には逆に一歩、二歩と後退する動きを見せ始めたのだ。それはまるでウラジアに、その歌声に狼狽え臆するかのような動き。
だが瞬間、そのオブスタクルの巨体がまたも爆炎に包まれた。
視線を戻せば、そこには84mm無反動砲を構え直したウラジアの姿。その細く繊細な指先が引いたトリガーと、砲の後ろから上がるバックブラストの煙が、今の爆炎がまた無反動砲からの攻撃であることを示していた。
そして、先には対戦車攻撃を受けてなお平然としていたオブスタクルだったが、今度にあってはその身に大穴を開けていた。直後にはオブスタクルはその身に空いた大穴周りから、体を煙状へと変質させ、程なくその場より完全に掻き消え消滅した。
「……ふぅっ」
対峙した驚異の無力化が成された事をその眼で確認し、ウラジアは構えた84㎜無反動砲の砲口をまた降ろし、少しだけ緊張を解いて小さく息を吐く。
「君、大丈夫かッ?」
それからその小さな身を捻り振り向き、尋ねる声を発し上げた。
向ける相手は、先の隊員の彼。
その隊員の彼は、さらに背後に構築されていた塹壕に飛び込み、半身のみを出してる。先程ウラジアが発した退避警告の言葉とその動きから、それが無反動砲を用いての攻撃の前触れである事を理解し、彼は咄嗟に塹壕に飛び込みバックブラストを逃れたのであった。
しかしその隊員の彼は、驚愕――と言うよりもどこか置いてきぼりを食らったような色で、ウラジアの姿を目を剥き見ていた。いや、ここまでの驚くべき事態の連続を目の当たりにしては、無理もない事であった。
「――あっ」
そんな様子の隊員の彼を前に、ウラジアは何か忘れていた事柄を思い出したように、声を上げる。
「こほんっ……――お怪我はありませんか?〝お兄様っ〟?」
そして咳払いを一つすると。その人形のような美少女顔に悪戯っぽい笑みを作り、人差し指を口元に当てて。それまでと一転した可愛らしいキャラを取り繕って、そんな尋ねる言葉を紡いで見せた。
「え?あ……あぁ……」
一方の隊員の彼は、この場にそぐわぬ美少女から、また場にそぐわぬ声色と言葉遣いでの問いかけに。意表を突かれたのだろう、ポカンとした様子でなんとか肯定の言葉だけを返す。
「よかった……あー、ええと……」
それを聞いたウラジアは、相手の無事の答えにホッとしたのも束の間。
キャラを作って問いかけたはいいものの、続く気の聞いた言葉振舞いが思い浮かばないのか、素らしき色をまた見せて困った様子で言葉を濁す。
「……」
「……」
そして沈黙した両者の間に漂う、なんとも言えない戸惑い困惑する空気。
「――ッ!君ッ!」
しかし瞬間。隊員の彼はその眼をかっ開き、叫んだ。
彼が見たのは、先に立つウラジアのさらに向こう。
そこに在ったのは、中型のオブスタクル個体。ウラジア等言葉を交わしている間に、また別方より接近し現れたのであろうそれ。
それが今まさに、その大きく恐ろしい口を開口し、ウラジア目掛けて飛び掛かり襲う姿であった。
――しかし。
ドッ――という鈍い衝撃音が響き。
瞬間、まるで横殴りにでもされるように、その中型オブスタクルはウラジアの前より消えた。
「ッ!?」
それにまた驚愕し、同時に隊員の彼はオブスタクルが飛び消えた方向を追う。
その先に見えたのは、宙空に浮かべたその身に大穴を開け、今まさに煙と変わり掻き消えてゆくオブスタクルの姿。
「心配無用ですわ、お兄様」
そんな隊員の彼に掛かる声。
それは、またキャラを取り繕いなおしたウラジアの物。
ウラジアは隊員の彼と同様にオブスタクルを追っていた視線を、一度隊員の彼へと戻してウインクをし。それからまた別方へ視線を送る。
その向こうには、立ち並ぶ建造物の群れが見え。
その一つの屋上で、反射された光が瞬いた――
防衛線から少し離れ、郊外に立ち並ぶ建造物群。
その上空宙空を、今まさに降下するまた一つの人影があった。
その正体は、少し険しく、しかし同時に疲れたような色が特徴の顔立ちの隊員、田話。
その彼の身が、一つの建造物の屋上まであと少しと迫ったタイミングで――彼の身にもまた、変化が巻き起こった。
田話の足元で、これまでと同様に発光現象が発現。光のベールを形作り、彼の身体を登り始めた。
最初にベールを潜った彼の脚は、健康的な太さながらも優美な線を描くものへと変化。続きベールを潜った腰回りは、また絶妙なバランスでくびれた艶やかなものへと変わり、さらに続けて程よく鍛え上げられていた胸筋は、豊満な乳房へと変わる。最後にベールを潜った頭部は、整い凛々しい輪郭のそれへと変わり、元の髪型より少しだけ伸びた黒色のショートカットがそれを彩る。
そこで光のベールは消失。そして現れたのは身長高めの美麗な美女だ。
年齢は25歳程。身長は170㎝程か。整った顔立ちの中に、目尻の釣り上がった凛とした目元が主張している。
その正体は、田話自身。
服装もまた纏っていた1型迷彩服から大きく変化。
上半身は、その豊かな胸周りのみをチューブトップで覆い、肩や胸元、腹筋や腰回りは大胆に露出。首には三等陸曹の階級章が記されたチョーカーに、そこから伸びる紐でチューブトップを支えている。腕には長手袋。下半身はまず丈の短いホットパンツを纏い。その左脚のみにニーソックスを履き、右脚の太ももにはバンドがアクセントとして巻かれている。足先にはまたブーツ。そして右肩にはハーフサイズのマントが翻る。
色合いは、また陸上任務隊のイメージカラーである緑を基調としている。
その服装に飾られた、高めの身長とスラリとしたボディに、凛とした顔立ち瞳。その姿は、現すならまるで王子様だ。
「ッ!」
そんな王子様のような美女へと姿を変貌させた田話は、直後には宙空よりふわりと屋上に着地。そのまま流れるように駆けだし、同時に肩から下げて背に回していた、何か大きく長い物体を手元に寄せた。
長大なそれは――対戦車ライフル。
97式20㎜自動砲。前大戦中では九七式自動砲と名称された火器だ。
本来であれば地面に据え置き、複数人で運用されるべき長大なそれを、しかし田話はその単身で悠々と抱え動き。そして建造物屋上の端にたどり着くと、片膝を着く姿勢を取り、自動砲を突き出し構え。
装着されたスコープを覗き、一拍置いた直後――その引き金に掛けた指を引いた。
ドン――という、重々しい発砲音が響き上がる。
20㎜砲弾の空薬莢が排出され、半端では無い衝撃が田話の身を襲うが、当の田話はといえば悠然とした様子でそれを受け止め殺していた。
そして引き続きスコープを覗く田話。その目が捉え見るは、この場より離れた先の光景。
地上の一点では、今まさに横殴りにされたように吹っ飛び、そして掻き消えてゆく中型オブスタクルがある。そしてその近くには、人形のような美少女であるウラジアの立ち構える姿が見える。
そう。田話は見事なまでのタイミングで配置に着き、ウラジアの身を襲ったオブスタクルを射抜き仕留め。ウラジアの身を救ったのだ。
「ハァっ」
その田話は構えていた自動砲を降ろし、そして小さくため息を吐く。端麗で凛々しいその顔には、反してどこか浮かない顔色を浮かべている。
「いつまで経っても色々慣れない……」
そして苦い色で、そんな一言を零す田話。しかし次には田話は視線を起こし、建造物屋上よりその向こうの光景を見る。
広がり見えたのは、オブスタクルの大群が地上を埋め尽くし、大挙して迫る光景。一種の絶望を体現したような絵図。
「……と、言ってられる状況でもないな」
しかしそれを前にした田話は、どこか倦怠感の感じる声でそんな一言を紡ぐと。装着したヘッドセットに指先を当てながら、立膝の姿勢を解いて立ち上がる。
「――さぁ、舞台を始める時だッ」
そして――それまでの浮かない様子から一転した。その凛々しい王子様のような顔立ちに相応しい、毅然とした表情を作り。透るハスキーな声色で、高々と発し上げた。
「咆哮の大合奏を奏でろッ!果敢な音色で、揺ぎ無き心で、切り開けッ!」
続け、高らかに発し紡ぎ、その声色を響かせる田話。
ヒュゥゥ――という風を切るいくつもの音が聞こえ来たのは、その直後。
そして――大挙して迫っていたオブスタクルの軍勢が、巻き起こった数多の爆炎に包まれた。
その光景を凛とした瞳で見ていた田話。その真上を、また切り裂くような音でいくつもの飛翔体――UAVが飛び抜ける。
その内のいくつかは田話の真上上空で旋回行動を始める。そして聞こえ降りてきたのは、曲、音楽。
「――――――」
田話はそれに合わせ。そして広がる大地に向けて流し響かせるように、そのハスキーで美麗な声色で、歌声を奏で始めた―――
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