裸の王様

鮎崎浪人

第一話⑴

 一


 真冬の寒さを一気に先取りしたような十一月下旬のある日の午後一時。

 愛車であるシルバーのレクサスGS四五〇hから降り立った首藤岩夫しゅとう いわおは、ケーブルテレビ東東京の放送局の裏口から、すっかり慣れた様子で建物の中へ足を踏み入れた。

 毎週金曜日の午後七時から同局にて放送している「首藤岩夫とネバーランド ガールズのASAKUSA百貨店」というバラエティー番組の隔週水曜日に行われる収録のためである。

 ケーブルテレビ東東京は五年前に、全国的にケーブルテレビ事業を展開している株式会社JPCTから墨田区・台東区・足立区などの東京都東部地区の営業権を譲り受けた、この分野では新規の会社である。

 放送局は台東区の西浅草に位置する浅草ビューホテルに向かい合っている。

 その局の廊下をゆったりとした足取りで進む首藤は、全国にその名を知られている中堅どころのお笑いタレントで、この年の四月に四十五歳となった。

 二十代でコントグループとして注目を浴び、その後グループが解散してからは、ゴールデンタイムのバラエティー番組のゲストや深夜番組の司会、ワイドショーのコメンテーターとして地歩を着実に固めている。

 豊富な品揃えが自慢の百貨店のように、東部地区の多彩なスポットを紹介するというコンセプトの「首藤岩夫とネバーランド ガールズのASAKUSA百貨店」は、ケーブルテレビ東東京の自主制作の番組であり制作費は乏しいため、本来ならば一流タレントといっても過言ではない首藤をレギュラー番組で起用するのは到底不可能なのだが、地元の墨田区に愛着があるのと、肩の凝らない自由な番組作りに携わりたいという強い思いもあって、首藤側は破格の安値でこの仕事を引き受けた。

 また、そのような経緯についてはSNSを通じて世間一般に拡散されているため、首藤に対する東部地域の視聴者からの好感度は高く、元々の知名度と相まって低予算の自主制作番組としては、異例の視聴率の高さを誇っている。

 なお、首藤は多くの芸能人の例にもれず、飲食店経営・株式投資などのサイドビジネスにも食指を伸ばしており、ケーブルテレビ東東京への出資者としても名を連ね、大口株主の座をも占めている。

 そのようなわけで、同局にとって首藤の存在はあまりにも大きく、番組内容については彼の意向が大いに反映されるし、細かいところでは、楽屋に近いからという理由で警備員が配置されている正面玄関を通らず、特例で渡されているキーを使って裏口から出入りすることも黙認されている。

 今日も首藤はそのようにして、彼一人にあてがわれた楽屋に入った。街路に面した一階の角部屋である。

 数分後には、首藤の私物であるジャージの上下やティーシャツ、ランニングシューズの入ったスポーツバッグとスマートフォンや財布などの小物をつめこんだセカンドバッグ、さらには、地方ロケの際の土産物を詰め込んだデパートの紙袋を抱えたマネージャーの田中が、首藤のレクサスを地下駐車場に置いてから首藤の楽屋に入ってきた。

 それとほとんど同じタイミングで、首藤の到着を聞きつけたプロデューサーが駆けつけ、毎度のごとく丁重な挨拶と見え透いたお追従を重ねた末、慌ただしく去っていく。

 その姿を見送ってから首藤は、缶コーヒーを飲みながら煙草を二本灰にして一息ついた後で、本番用の衣装に着替えることにした。

 その途中、ノックの音が小気味よく響いたのでマネージャーが施錠を解くと、二人の少女がはつらつとした動作で部屋へと足を踏み入れた。男二人だけだった室内のむさ苦しい空気が一気に華やぐ。

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