あの日出会って忘れられない
朝
あの日出会って忘れられない
「苦しい~」
ちょうど夕飯の時間、私は大学の同期女子と4人で歩いていた。
ついさっき代々木でケーキバイキングをしてきたばかりだ。
私たちは総武線沿いを歩き、市ヶ谷駅まで行こうと話していた。
しかしお腹も苦しいし、どうにも面倒臭い。そして寒い。
「あ、いいとこあるじゃん~、飲んで行く?」
「ん?」
酔っ払えば電車に乗らざるを得ないだろうという私の作戦は、スマホを触りながら聞こえていないふりをした友人の声で潰えた。
本当は歩きたくない、と言えばよかったのだ。
しかしこのときはどうにも言い出せない空気があった。
土地勘のない私は正直、今どこを歩いているのかわからない。
代々木から、四ツ谷を通り、市ヶ谷に着くという。ところで今はどこなんだろう。
私たち4人は2人ずつ並んで歩いていた。
私の隣の友人は、さっきからスマホで道を調べてくれている。
道を調べるくらいなら電車に乗ったらいいでしょう、とはやはり言い出せない。
なんだか古い家の前を通った。短くて急な坂を登りながら、田舎道みたいだと思った。
「ここ曲がるー」
友人の声に従って、左に曲がった。
大きなビル、ピンク色に発光する看板。あれは何の看板なんだろう。
「バイキング、よかったよねー」
隣の友人が言った。後ろの友人はいないのか?というくらい返事がない。おかげで私も返事をしそびれ、友人の問いかけは宙に消えた。
私たちは仲がよくないのだ。
同じ大学の女子同士、親睦を深めようなんて言ってきたはいいものの、本当につまらなかった。
私たちのLINEグループは「ケーキ愚痴会」。
ケーキ愚痴会の会合はきっと今日が最初で最後だろう。
短くて急な坂を登りながら、そんなことを思っていた。
「ここさっき通らなかった?似た道?」
後ろの友人が言った。
確かにさっきも見た田舎のような家と坂。友人に言われて曲がれば、そこには大きなビルとピンク色に発光する看板。
似ている、というよりもまさにさっきの景色。
しかしこのあたりに詳しくない私は、自分が間違っている可能性を考慮して何も言わない。
「ていうか、足疲れた」
また無言の時間がやってきた。
歩きたいと言い出したのは後ろの2人だった。ケーキを食べたから、消費したかったのかもしれない。
お前らのせいなのに文句を言うな、と思いつつ私は何も言わない。
隣の友人は気を遣って何やら話し続けている。
そうして古い、田舎にあるような家の前を通った。そして短くて急な坂を登った。
「いや、同じとこぐるぐる回ってない?」
後ろの友人が文句を言い始めた。
曲がるとそこにあるのは…。
「え、やばい、やばい、どうしよ、道迷った。」
ナビを見ていた友人は焦り出す。それでもナビは同じ道を示している。
私は横目でナビを見ていた。
ナビは決して同じ道をぐるぐると回らせているわけではないのだ。
でも私たちは、なぜか同じ道に戻ってきている。
「やばい、やばいかも。」
「一旦出てみよう、広いとこ。」
私はさきほどとは違う道、でも広い車道が見える方を指さした。
歩道には点々と街灯があり、車通りも多い。さきほどの道を回るよりかは幾分安心だ。
私たちはゆるやかに曲がる歩道を歩いた。
右手側は真っ暗で見えなかった。川か、公園か…。私はとくに目も凝らさず、前を見て歩く。
途中、誰ともすれ違わないまま大きな交差点が見えてきた。
「あれ左に行ってみる?」
「たぶんそれで合ってると思う」
隣の友人とそう話していたとき、交差点の方からゆっくり歩いてくる人物が見えた。
突然、鳥肌が立った。
見てはいけないと思いつつ、目は言うことを聞かなかった。
自分でも何が怖いのかわからないが、向こうからくる人物が怖くて仕方ない。
通り魔のようなものへの恐怖だろうか?
それなら大丈夫、女子とはいえ4人もいる。向こうは1人。
全員無言だ。
街灯は点々としていて、私は自分の右側だってよく見えないと思っていた。
しかし向こうからくる人物は…その男の人ははっきりと見えた。
黒い軍服だ。
帽子を目深にかぶっている。顔は見えない。
右側に、長いものを抱えている。
私は直感的に刀か長い銃だと思った。
そして男性の右手は、通常よりも短かった。
先は包帯でぐるぐる巻き、そこには真っ黒な血が滲んでいる。
私は恐怖で目の前がチカチカして、何も言えないまま通り過ぎた。
男性は私のすぐ右側を、近い距離で通っていったので右腕に鳥肌が広がった。
男性とすれ違うと、私と隣の友人は点滅する信号を走って渡った。
「どうしよ、やばいの見た…やばいの…」
息を切らしてそう言うと、隣を歩いていた友人は蹲って泣いていた。
さっきまで文句ばかりだった友人も、今や泣く背中をさすっている。
「大丈夫…?やばい、過呼吸かな…ごめん、見えなかったんだけど、なんかやばかったよね」
見えなかった?
私は慌てて向かいの、さっきまで歩いていた歩道を見た。
男性の姿は見えない。さっきまでははっきり見えていたはずなのに。
もう1人の友人は、少し離れたところで立ち尽くしていた。
「…あの、みんなさっきから何の話してるの?」
あの日出会って忘れられない 朝 @morning51
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