第6章【番外】スイートピーサイド編

第1話(1)・・・スイートピー_湊大好き_同期対決・・・

 漣湊さざなみ みなと。コードネームはクロッカス。

 それはスイートピーに取って〝全て〟と言える存在だ。

 血の繫がりはないが、地獄の淵で自分を育ててくれた、心で繋がった家族である。どれだけ嫌なことがあっても、湊の顔を思い出すだけでストレスが浄化されて幸せに包まれる。

 同じ組織の『聖』のみんなももちろん家族だが、湊に対する家族愛は別格だ。……それは湊も同じように思ってくれているはずだと信じている。


 ただ湊との家族関係について、スイートピーは少し後悔がある。

 それは湊を「お兄ちゃん」と呼んでいることだ。


 物心つくころには「お兄ちゃん」と呼んでいたし、他の子供が湊を「クローおにいちゃん」や「クローにい」と呼ぶ中で自分だけが頭に何もつけずに「お兄ちゃん」と呼べることに対しては特別感があってどうしても気分がよくなってしまうのだが、それだとスイートピーは〝妹〟のままになってしまう。

 小さい頃はそれで満足だったが、スイートピーももう11歳。

 自分の湊に対する感情が〝兄〟としての愛情ではないことにもう気付いている。

 早く湊の〝女〟になりたいと一丁前に考えるけど、湊はどんどん先に行ってしまう。


 だからスイートピーも全力全開で努力し、いつか守られる存在から隣に並んで戦う存在となれるように成長しなければならない。


 そして湊と対等な関係になれたその時には結婚して子供をたくさん産んで、幸せな家庭を築くのだ。


 

『聖』第四策動隊・仮隊員、コードネーム「スイートピー」。

 将来の夢は『クロッカスのお嫁さん』。


 恋と夢を追う11歳の少女の努力の一日が、今日も始まる。

 


 ■ ■ ■



フォーサー協会』のトップ12。

『陽天十二神座・第二席』独立策動部隊『聖』。


 他組織は何人なんぴとたりとも場所を知らない本部アジト。

 その修練場では、常に待機隊員達が自己研鑽に努めていた。

 スイートピーもまた、淡い桃色のポニーテールを踊るように揺らしながら修練に励んでいた。

「スー、次はどの部屋行こっか?」

「うーん…やっぱり『氷河ひょうが』じゃない? ローズ。まだ私達の年齢と体格だと寒さに弱いから!」

 聞かれたスイートピーがそう提案すると、相手の少女は「そうだね!」と頷いた。

『聖』第一策動隊・仮隊員、コードネーム「ローズ」。

 総隊長であり母である西園寺瑠璃と同じ青みがかかった黒髪ツインテールがくるっと元気に跳ね上げている少女だ。

 ちなみに父親は『聖』第二策動隊隊長のフリージアである。

「とりあえず十分休憩~」ローズが伸びをしながら言う。「三時間も『鈍重どんじゅう』の部屋で駆け回るのはやっぱ疲れる~!」

「ん~!」スイートピーもつられて腕を伸ばす。「ね~」

 そして適当に返事をしながら、スイートピーはポケットから携帯を取り出して画面を確認する。

 ローズはそんなスイートピーの動作を見て、質問をした。

「どう? 愛しのお兄ちゃんから返信は来てた?」

 するとスイートピーは白い頬をぷくっと膨らませた。

「来てない…。今は獅童学園ではお昼休みのはずなのに……来てない……」

 ローズがそんなスイートピーの膨らんだ頬を人差し指で突く。

「そんな顔しないのっ。クローさんだって一応潜入任務中なんだから」

「でもお兄ちゃんがいつも付けてるヘッドホンに特定の振動を与えれば簡単に返信できるんだよ?」

「…でもほら、クローさんの近くには同じ『超過演算デモンズ・サイト』を持つ速水愛衣っていう『北斗』の女がいるんでしょ? 彼女の前では少しでも不審な動きはできないんじゃない?」

「でもお兄ちゃんがいるC組は次の時間、実技演習だから男子更衣室で着替えている時に返信できるはずなんだよ?」

「………で、でもほら、紅井勇士っていう『天超直感ディバイン・センス』を持つ紅蓮奏華の人間もいるんでしょ?」

「……む~、一理ある…」

 変に拗れ始めたスイートピーがローズの必死の説明でなんとか納得してくれた。

 ローズがホッと安堵する。

「もう…」

 スイートピーが溜息を吐く。

「なんなの! 紅蓮奏華の血縁って!『天超直感ディバイン・センス』って! 私とお兄ちゃんの邪魔をしないでよ!」

「……スー、あの…私も紅蓮奏華の血縁なんだけど……?」

 ローズが当たり前の事実を伝えると、スイートピーは両手をローズの頬に伸ばし、ぎゅっとつねった。

いふぁッ!」

「そうだ~~~! ここにも紅蓮奏華がいたんだ~~~~! 根絶やしにてやる~~~~!」

「待っふぇ! 待っふぇ!」

 などと少女二人が和気藹々とふざけていると、そこに第三者の声が割って入った。


「随分と楽しそうだな! お前ら!」


 声変わりの前兆を感じる少年の声だ。

 スイートピーとローズがきょろっとその声の方へ顔を向ける。

 そこには二人の11歳前後の少年が立っていた。


 一人は短髪の髪を逆立ちさせた、己の熱量や活気を体現したかのような髪型の少年だ。自信に満ち溢れた目付きと、同年代の中でも圧倒的な筋肉質の体が自慢とばかりに両袖を捲し上げている。

 身の丈以上で、横にも太い大刀を片手で軽々持って肩に乗せている。剛毅な少年だ。


 もう一人は剛毅な少年の斜め後ろに立つ、戦闘用のゴーグルを掛けた少年だ。熱気溢れる剛毅な少年とは対照的に静かな出で立ちで物事を俯瞰で見るタイプだと伝わってくる。


 当然二人共『聖』の隊員だ

 前者が『聖』第二策動隊所属・仮隊員、コードネーム「ガザニア」。

 後者が『聖』第五策動隊所属・仮隊員、コードネーム「クレソン」。

 スイートピーとローズと同い年の同期である。

 ちなみに大声を上げたのはガザニアだ。


「「…………」」

 ガザニアの大声に反応して顔を向けたスイートピーとローズは、

「「………(ぷいっ)」」

 と無視して「そろそろ『氷河』の部屋行こうか、スー」「そうだね」と何事も無かったかのように離れていく。

「待てやぁあああああああああああ!!」

 その行く手を阻むようにガザニアが回り込んだ。

「あ、いたんだ。ガザニア」

「元気してた?」

 スイートピーとローズのあからさまな挑発にガザニアが額に青筋を浮かべてピクピクと痙攣させている。

 するとガザニアと一緒にいたクレソンが。

「落ち着けー、ガザー。その二人がお前を人間扱いしてないのなんていつものことじゃないか。いい加減慣れろー」

「うるせー! クレン! お前も一言多いんだよ!」

 ガザニアはクレソンに怒鳴って、少女二人…というよりスイートピーに視線を向けた。

 そして大刀の切っ先をスイートピーに向ける。

「スイートピー! 俺と勝負しろ! 今度こそ俺が勝つ!」

「はぁ……ガザニアも懲りないね…」

 スイートピーが深々と溜息を吐く。

「最後に勝負したのが二週間前だよね」ローズが言う。「その時からちゃんと成長したの?」

「当然! なんの進歩も無しに俺が勝負を仕掛けたことがあったかよ!」

 ガザニアが言うとスイートピーとローズが「「んー…」」と少し考え込む仕草を見せる。

(そうなのよねぇ)

 ローズが悩まし気に考える。

(ガザニアって馬鹿で大雑把だけどしっかり努力家だから、何の成果も無しにスーの前に現れたりしないのよね)

 なんだかんだ言いつつもガザニアのことをローズもスイートピーも認めているのだ。

「はいはい、わかったって」

 スイートピーが桃色のポニーテールを振るように大げさに肩を竦める。

「私が勝ったら売店のカリカリポテト奢りなさいよ」

「おうよ! 俺が勝ったらクローさんと手合わせさせてもらうぞ!」

「お兄ちゃんなら時間がある時にちゃんと相手してくれるって言ってるのに…」

「俺もいつも言ってるだろ! スイートピーに勝ってからじゃないと意味がないって!」

「わかってるって」

「今なら第五修練室が空いてるからそこでやるぞ!」



 ■ ■ ■



 対人用の修練室でスイートピーとガザニアが向かい合う。

 既にカウントダウンが始まっており、室内上空にホログラムで映し出された数字は残り30秒を切っている。

 カウントは一分から始まり、緊張感を高まったこの一分以内にどれだけ戦局や策略を巡らすことができるかが鍵となる。


「うおおおおおぉぉぉぉぉおお! 行くぞおおおおおぉぉぉおおぉお!」

 今にも斬りかかりそうな雄叫びで、ガザニアが大刀を構える。

 大刀、より詳細な名称は『斬馬刀』だ。

 中国で用いられていた長柄武器であり、馬を斬ることを目的とされて作られたものだ。破壊力は刃物の中でもトップクラス。

 しかしその威力に応じて重量も増すのが特徴で、例えフォーサーと言えど軽々しく扱えるものではない。

 それをガザニアはサイズを調整しているとはいえ、常日頃から片手で軽々しく肩に乗せているその腕力は同年代の中では随一だ。

「また〝強化〟の腕を上げたみたいね。ガザニア」

「当然! お前に負けるわけにいかないからな! スイートピー! ほら! 早くお前も構えろよ!」

「何度も言わせないで」

 スイートピーが直立不動の姿勢から、ゆっくりと両手に持つを構えた。

 持ち手の部分から二又に分かれて尖った先端が真っすぐ伸びた武器……兄である漣湊クロッカスと同じ武器、二本の音叉おんさだ。

 湊と同じ構えのスイートピーが不敵に笑む。

「ギリギリまで構えず、相手に一切の情報を与えない。それがお兄ちゃんの教えなのよ!」

 そのコンマ数秒後、試合開始のブザーが鳴った。

 

 ※ ※ ※


「行くぜ!『岩の壁ロック・ウォール』!」

 ガザニアが勇ましい声と共に防御技を繰り出した。

 土属性の汎用防御技、『土の壁アース・ウォール』の上級版、『岩の壁ロック・ウォール』。

 ジェネリックが強化系土属性であるガザニア渾身の壁である。

 そして更に。

感活法シャープ・アーツサウンドッ!!)

 エナジーを一部の感覚器官に集中する強化系特有法技スキルだ。

 ガザニアは聴覚を強化して全神経を集中させた。

(右か!? 左か!? スイートピーは初手から音も無く縦横無尽のあらゆる角度から先制攻撃してくる! この先制攻撃で後々の戦闘まで引くダメージを毎回与えられる! だからこうして敢えて壁で視界を遮って、左右どちらかに選択を絞ったんだ! ここで先手を取る!)

 右か、左か。

 研ぎ澄まされた聴覚が、無音の暗殺者であるスイートピーの動きを………捉えた。

「そうだよな!」

 逸早くスイートピーの動きを掴んだガザニアが斬馬刀を振り上げる。

「こういう時にお前はから来るよな!」

 そう。

 スイートピーは岩の壁の右でも左でもなく、上から来たのだ。

 音も無く壁を上り、頭上の死角からガザニアへと一直線に向かって来ている。

 本来であればガザニアは死角から頭部に大ダメージを受けてその後の戦闘でも思考力や判断力に障害をきたしたまま戦うことになっただろう。

(よしよしいいぞ俺! この調子なら今度こそスイートピーに勝てる!)

 ガザニアの心は昂っていた。

(俺の目標は尊敬するフリージア隊長ぐらい強くなって、いつかは第二策動隊の隊長になること! そのフリージア隊長とクロッカス隊長はかつて激戦を繰り広げ、歴代最年少で隊長に就任したクロッカス隊長はフリージア隊長を始め全隊長格から一目置かれているって聞いて俺は決めたんだ! まずクロッカス隊長の愛弟子とも言えるスイートピーを倒す! そしてフリージア隊長のライバルであるクロッカス隊長から一本取れるぐらい強くなって、胸を張ってフリージア隊長の直属小隊に志願するんだって! クロッカス隊長から一本取れるなんて途方もない目標だって俺にもわかるけど……スイートピーより強くなることは、今の俺でも決して不可能じゃない!)

 ガザニアが己の信念を斬馬刀に込めて、真上から向かってくるスイートピーに渾身の一撃を叩き込むべく振り上げる。


「50点ってところかな?」


「ッ!?」

 だが、斬馬刀は空を切った。

 正確には斬ったはずのスイートピーの姿がぼやけて消えたのだ。

「『陽炎空ミラージュ』か!?」

 空気の密度を操作することで幻影を造り出す火・風属性の技だ。

(本物のスイートピーは…!?)

「下だよっ」

 ガザニアの心の声にスイートピーが答えた。

 しかし下に視線を送る隙もなくガザニアの脚に激痛が走った。

「ぐぁッ!」

 ガザニアには見えていなかったが、スイートピーは『陽炎空ミラージュ』で虚像を作ると同時に現実の自分を隠し、虚像を上から、現実の自分はガザニアが斬馬刀を持つ右手側から回り込んでいた。右側は大きな斬馬刀によって死角が多くなっているので、容易く下へと潜り込めたのだ。

 そして音叉を振るってガザニアの右膝を強打したのである。

「くそッ!」

 しかしガザニアは立ち止まる方が危険だと判断し、激痛を堪えて加速法アクセル・アーツでその場から距離を取る。同時に土煙を発生させることでスイートピーにスイートピーの追撃を防ぐことは忘れない。

 スイートピーが土煙を風で払うと、約十メートルの距離までガザニアは移動していた。

「ガザニア」スイートピーが晴れやかな笑みを浮かべる。「確かに今の岩の壁ロック・ウォールを使った作戦はよくできてたけど……あんた向きじゃないよ」

「……どういうことだ…!?」

「ガザニア、あんたの持ち味って何? その巨大な斬馬刀を振り回す同世代の中でもずば抜けた腕力と脚力でしょ? 今私が強打した直後でも斬馬刀を持ってそれほどのスピードを出せる丈夫な脚を戦闘開始直後に棒立ちさせるなんてもったいないと思わない?」

「……っ」

 ガザニアは何も言い返せなかった。その通りだからだ。

「それと、岩の壁ロック・ウォールで視界を防いで心理戦に持ち込むのもよくできてるって言ったけど……今回に限っては大悪手おおあくしゅだよ」

「なに!?」

 ガザニアは眉間に皺を寄せたが、不適で自信に溢れたスイートピーと目が合い、委縮した。

「私を誰だと思ってるの? あの心理戦・頭脳戦の大天才であるクロッカスおにいちゃんの妹であり一番弟子であり未来のお嫁さんなんだよ? ………その私の領域に踏み込んでくるなんて、自殺行為だと思わない?」

 嘘偽りなく堂々と言い放つスイートピーは、気丈で、気高く、美しいオーラを溢れさせていた。とても11歳の子供とは思えない洗練された重みを感じる。

「………ああ、返す言葉もないな」

 スイートピーのオーラに圧倒されたガザニアが、斬馬刀を構え直す。

「お嫁さんって部分は気になるが、確かにその通りだ。せっかく思い付いた策だったから使ってみたが、次からは時と相手を選ぶぜ。………だから!」

 ガザニアの纏うエナジー量が跳ね上がった。

「ここからは取って置きの本気だッ! 今みたいなチャチな技じゃない! 俺の新しいニュー司力フォースを見せてやるぜ!」

 直後、ガザニアのエナジーが土に変化し、斬馬刀の巨大な刃を包んだ。

 一回り大きくなったが刃物ではなく鈍器のような形状となり、これで変化は終了かと思った瞬間……ぐつぐつと、まるで茹でられるように刃を包む土が音を鳴らし始めたのだ。

「オラアアアアァァァァァアァァアアアアアアッ!」

 ガザニアが叫んだ直後、ぐつぐつと茹でられた土が限界を超え、色が変化し、姿を現した。

「ふーん」

 額の汗を感じながら、スイートピーはを見て薄っすら笑みを浮かべた。

、それが貴方の新しい司力フォースってこと? ……やるじゃん!」


 

                        第1話(2)へ続く。

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