エピローグ・・・『聖』_『北斗』_『?』・・・

『聖』本部。


「もおおおおおおおおおおおおお! 疲れたああああああぁぁああぁぁあああっ!」

 身長146センチという低身長の18歳女子、『聖』第四策動隊所属隊員のネメシアが食堂で突っ伏して大声を張り上げていた。

「ほら、お前の好きな焼き鳥盛り合わせ。今日のメニューにないのに特別に作ってくれたんだ。感謝しろよ」

 そこに同期であり同隊所属の真面目人であるシラーがネメシアの好きな焼き鳥の乗った皿を持ってくる。


 ちなみに食堂にいる周りの隊員はというと。

「ネメシア荒れてんなぁ」

「まあ確かにクロッカス隊長に化けるのは神経すり減るだろうけどね」

「ネメシアもああ見えて頭いいけどクロー隊長と比べたら……だもんな」

 苦笑いを浮かべていた。


「……いよいよ隊長が設立するみたいだな。情報仲介組織『月詠つくよみ』」

 シラーが焼き魚定食に箸を伸ばしながらそう切り出した。

「よくやるよねぇ。……速水愛衣。間近で見たけど、只者じゃない感じぷんぷん漂ってた。あんなのと腹芸とかうちはごめんだね」

 ネメシアは他人に化ける為に卓越した観察眼を養っているので、人を見る目は特に優れている。

 そのネメシアが速水愛衣を警戒している。

 わかっていたが、改めてシラーも気を引き締めた。

「今回の件でカキツバタは速水愛衣に完全に見破られたらしいからな。『北斗』は横暴な組織ではないが、何か仕掛けてくるとなると、厄介そうだな」

「そうなったらまたうち駆り出されるの? もう無いよね? さすがに無いよね?」


「それはどうかしらね」


 懇願するネメシアに、無慈悲な声が掛かる。

「ブローディア…」

 シラーが名を呼ぶ。

 そう、ネメシアの隣に腰掛けたのは総隊長・西園寺瑠璃と第二隊隊長・フリージアの娘であり隊長直属小隊所属のブローディアだ。

 首にタオルを掛け、あっさりしたショートヘアが少し濡れていることからトレーニングが終わってシャワーを浴びた後なのだろう。

「どうかしらってどういう意味さ!? 何か知ってるの!? ブロー!」

 ネメシアが不穏なことを言うブローディアを犬歯剥き出しで睨み付ける。

 すらっと身長の高いブローディアに146センチのネメシアが威嚇しても歳の離れた姉妹のいざこざにしか見えないが、シラーも含めてこの三人は同い年の同期である。

 ブローディアはネメシアの威嚇を受けても何事もないように白米を口に運びながら。

「何か知ってるわけじゃないけど、もしクローが速水愛衣と水面下で駆け引きするとしたら、あんた達二人は駆り出されるだろうって話。戦闘特化型の私と違って、サポート型の二人はクローの頭脳と相性が良いわけだし」

「サポート型なんて他にもいるじゃんかぁ…」

「それだけ二人が期待されてるってことじゃないの」

 実際、ブローディアの言う通りだ。

 ネメシアは「むぅぅぅぅ」と不貞腐れているが、第四隊の若手の中ではサポート型として随一とされる二人の司力フォースの完成度は皆が一目置いている。

「ブローディア、本当のことだがそう直球で言わないでくれ。ネメシアこいつがまた不機嫌になる」

「なんなのシラー! その言い草!」

 溜息混じりのシラーにネメシアが焼き鳥を噛みながら睨む。

 そんな視線をシラーは無視してブローディアに尋ねた。

「ところで、カキツバタがいつ頃まで潜入する予定なのかブローディアは知ってるのか? 正体がバレた隊員を表社会に置いておくのは危険だろう?」

「あーそれね。…ほら、今獅童学園って武者小路家や紅蓮奏華家、ついでに『北斗』がなんか絡んでるでしょ? そんな時に無理矢理帰還させたら多方面から付け込まれる隙にならないかって懸念してるみたい」

「…なるほどな。このタイミングで『聖』の関与を確定させるのは少々面倒ということか」

 シラーが納得すると、ブローディアの隣で焼き鳥に噛みついているネメシアが「でもさー」と声を上げた。

「それだけが理由じゃないでしょ、絶対。そもそもカキツが消えたところで、どの組織のスパイなのか決定しているわけでもないしさ。……またクローとかがなんか企んでるんじゃないの?」

 そのネメシアの意見を受けて、シラーの目が鋭く細められた。

「…確かに、ネメシアの言う通りだな。カキツバタにもまだ役割はあると隊長が判断したんだとすると……最も大きな理由は『北斗』か?」

 ネメシアの目聡さと、シラーの思考力が光った。

「……相変わらずあんた達二人は頭良いわね」

 ブローディアが改めて頭の回転だけは二人には敵わないなと痛感する。

「なんだ。ブローディアは他にも何か知ってるのか?」

 シラーが聞くが、ブローディアは首を横に振った。

「知らないわよ。ただ私もお母さんからさらっと聞いただけだから、今話したこと以外にも狙いはあるんだろうなとは思っただけ。………シラー、貴方の読みでは『北斗』が関係するの?」

「一番が『北斗』、次点が『紅蓮奏華家』だな。……『聖』だと疑われている状態でその二組織からなんらかの接触があるかもしれない。……言い方は悪いが、要するに『餌』だな。おそらく隊長としては『紅蓮奏華家』からアクションを起こしてほしいだろうが……『北斗』が、というより速水愛衣が読め無さ過ぎて俺にはその先はわからない」

 シラーとブローディアが話していると、ネメシアが頭を抱えた。

「え、待ってよ。なんか本当にまた呼ばれそうじゃん。………ああぁ、なんか動悸が激しく…」

 胸をぎゅっと掴むネメシアに、シラーが落ち着いた口調で。

「落ち着け。隊長としても『超過演算デモンズ・サイト』と『天超直感ディバイン・センス』相手にお前の変身を主軸とした策を企てることは避けるだろう。そもそも今回は亜氣羽というイレギュラーの所為で隊長の予想が外れてやむを得ずお前の変身を使ったわけだしな」

「だったらいいけどさぁ………」

 ネメシアが渋々な表情を浮かべる。


 そんな同期二人を眺めながら、ブローディアは思った。


(……私は直属小隊所属だけど、それは〝武力〟って意味。〝知力〟って意味じゃもうあなた達二人がクローの直属小隊みたいなものなんだから、頼んだわよ?)




 ■ ■ ■




 秘匿強行探偵事務所『北斗』。

 第四事務所の副室長、静粛で厳粛な性格の老婆・柏木霧葉かしわぎ きりはは目頭を押さえて「はぁああぁぁぁあぁぁ」と深々と溜息を吐いていた。

 そんな柏木の目の前で、頬をぽりぽり掻きながら所員である上山琴代が若干顔を引き攣らせている。

「……速水室長は本当に突拍子もないことを考えますね。漣湊と『月詠』という新組織を設立したかと思えば、まさかこのような作戦を立案してくるとは…」

 ちなみに室内にいる上山以外の所員も手元のタブレットで資料を確認して事情は知っており、ほぼ呆れ顔を浮かべている。

「あの子なりに『北斗』のことを考えてくれているのはわかるんだけどね。………『は同意しかねるねぇ……」

 悩む柏木に、上山が聞いた。

「総室長はなんと?」

「愛衣の判断を推すが、最終的な判断は私に任せると」

「……速水室長に甘い総室長といえ、今回の策には異を唱えると思いましたが、現場指揮に一任しましたか。……柏木副室長は〝喧嘩〟と表現しましたが、どちらかと言えば〝利用〟という表現の方が合っていると思います。……いずれにしても禍根を残すかもしれないのに…」

 柏木が肩を落とす。

「………全く、人を振り回すところは姉譲りだねぇ…」

 姉、という単語に上山がスッと目を細め、とある女性の顔を思い出した。

 ほんの一瞬感傷に浸ってから、上山は思考を切り替える。

「それで、どうされますか。………と聞くのは野暮ですかね」

「そうだね」

 柏木が諦めの表情で頷く。

「私達は何度も愛衣の頭脳に助けられ、『陽天十二神座』の座席を獲得したと言っても過言ではない。今更愛衣を疑うようなことはしないよ」



「仕事ですか………? そろそろの出番だったりしますか………?」



 そこへ第三者の声が入る。

播磨はりまさん……突然人の後ろに立たないで下さいって何度も言ってるでしょう…」

 上山が溜息混じりに、後ろに立っていた人物に忠言する。

 後ろには平均的な上山の身長を軽く越える長身の女性がいた。

 

 播磨柚榮はりま ゆえい

 歳は30前後。

 身長190センチ以上の猫背の女性だ。

 事務所の雰囲気にまるで合わない御伽話の魔女のようなフード付きローブを羽織っており、その目深に被ったフードからだらっと腰まで黒いロングヘアを垂らしている。

 正に魔女だったり、怪談に出てくる尺八様のような雰囲気を漂わせている。

 

 がさごそ、と播磨のローブが蠢いている。ローブ内に〝何か〟がいるが、『北斗』の面々は何がいるか知っているのでわざわざ何も言わない。


「すみません…」

 女性にしては低い声で播磨が言う。

「ただ今回私出番がなかったので……次はあるのか気になって……」

 少し自信なさげな播磨に、上山が溜息を吐きながら。

「今回の亜氣羽なる少女に関しては〝一応監視を付ける〟というのが目的で深く介入するつもりは元々ありませんでした。それなのにを使うはずがありません。貴女達の司力フォースはそう簡単には見せられませんから。

 ………ですが、次回、この速水室長が立案した作戦では貴女の力は必須です。……しっかり働いてもらいますよ」

「もちろんです…」

 こくっと、播磨が頷く。

「……速水室長には大変お世話になりました…。なんでも、やりますよ」

 静かに、少しの狂気を孕んだ播磨の声に、上山は臆せず。

「なんでも、というような表現は控えるよう言いましたよね。貴女の速水室長への忠誠は認めますが、そこに自己犠牲の精神があっては駄目です」

「……わかってます…。速水室長にも…柏木副室長にも……谷戸巻やどまき総室長にも言われましたから……。わかってます……」

 わかってる、と言いながらも納得している様子はない。

 頭ではわかっていても心はそうはいかないということか。


 播磨柚榮はそれ以上何も言わず、踵を返して自分の席に戻って行った。


 猫背でのっそり歩く姿はゾンビのように見えるが、彼女の事情を知っている『北斗』の所員達には未だ拭えぬ孤独の色を感じ取った。




 ■ ■ ■




 生い茂る自然の中に建つ屋敷。

 その屋根の上に、その少年はいた。


 背丈は高校生くらいだが、骨格は逞しく、大人にも負けない筋力が見て取れる。

 屋根の上に片膝を立てて座り、木々を揺らす風に当たりながら涼んでいた。


いかり、こんなところにいるとまた研究員達に怒られるぞ」

 そんな少年に、別の同い年くらいの少年が後ろから話掛けた。


 碇、とよばれた少年が「へっ」と堂々とした表情で笑った。


「ほっとけ、鉤人かぎと。俺はだぜ? これぐらいの我儘通るって」


 鉤人、と呼ばれた眼鏡を掛けた真面目なようで冷たい印象の少年が「あっそ」と淡泊に返した。


「相変わらずの自信だな。………そう言えば知ってるか? 表社会に身を置いてる。最近調子悪いみたいだぞ」


「あははははっ! そりゃそうだ! …………所詮あいつも欠陥品。少しは才能に恵まれてるから自分が強いって勘違いしてたが、ようやく身の程を弁えたらしいな」

 

 碇はけらけらと爆笑しながら、空を仰いだ。




「久しぶりに会いたいな~。………正義感だけはいっちょ前な勇士くんっ」



 碇の手元に置かれた二本の刀の鞘がキラッと光った。

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