第25話・・・湊と愛衣が_各々達_亜氣羽とババ様・・・

 亜氣羽、榎屡氣かるけ、雛菊達が転移して去り、湊は「ふぅ」と溜息を吐いた。


「終わったかいのう」


 榎屡氣が登場したことで再度張った結界法サークル・アーツ七重セブンホールドを解いたことを合図に、見張りをしていたスターチスが現れた。

 紫の仮面で表情は見えないが、労いの笑みを浮かべているだろう。

 スターチスが湊の周囲に未だ浮いている赤と緑の水晶の源貴片オリハルコン恐凶命晶ラスティ・ハーツ』を指差す。

「それが今回の戦利品か?」

「うん。その他にも幾つか『慟魔の大森林』の情報もね。…でもま、この辺は明日には報告書でまとめるからそっちで確認して。とりあえず現状の動向は?」

 湊はスイッチを切り替えて部下であるスターチスに現状報告を促す。

「『漣湊』に化けたネメシアが保護されたことで武者小路家と『北斗』による捜索は落ち着いておる。しかし『亜氣羽さんが何者かに襲われたかもしれない』という虚偽情報をクロッカスの指示通りネメシアが伝えたからまだ油断はできない。シラーも〝厄介な『』を持つ探知法サーチ・アーツのプロがいるから気を付けてほしい〟と言っておった。

 カキツバタは見張られてはいるが特にトラブルはない。ラベンダーが獅童学園内のネメシアの様子は把握しておるから、学園まで着けば入れ替わるのはもそれほど難しくはないと思われる」

「OK。愛衣が俺に違和感を持てば秒でバレるし、すぐ戻るとするか。…、お願いね」

 湊が自身の周りに浮く恐凶命晶ラスティ・ハーツを渡すように流し移し、スターチスが操作法オペレート・アーツで操作下に置く。

 スターチスが「確かに受け取った」と頷く。

「それと一応確認なんだけど……俺から洸血気オーブ・エナジーってもう感じないよね?」

 湊が舞うように手を広げ、確認を求めた。

 先刻湊から送られた信号で『修羅士ラクシャーサ』と成ってたことを知るスターチスが肯定する。

「ああ。微塵も探知できないから安心なさい。……お疲れ様。…それと、報告書は急がなくてよい。数日ぐらいゆっくり休んでくれ」

 スターチスの慰労に、湊がふっと笑った。


「これぐらい、なんてことないよ。俺とスーを地獄から救ってくれた『聖』の為と思えば、逆に元気が湧いてくるっ」



(………本当に、狂犬のようだったあの子が、逞しくなったわいのう…っ)

 

 スターチスの脳裏に、過去の情景が過った。


 それは、まだ湊が『聖』に来た頃のこと。


 額から二本の赤黒い角を生やし、〝敵意と殺意を振りまいていた頃の湊。


 スイートピーにしか笑みを向けなかった頃の、『聖』に馴染めていなかった湊。


 クレマチスとの喧嘩が絶えなかった頃の、情緒が安定していなかった湊。


 憎悪の行き場に困っていた頃の、湊。

 


 今回が『指定破狂区域ハザード・エリア』に関係する事案だったこともあり、スターチスは昔の湊の姿を思い浮かべ、常々感じているが改めて悲嘆に暮れていた湊の解放と成長を実感し、少し涙腺が緩みそうになった。



 

 ■ ■ ■




 激動の『宝争戦』から、一週間が経った。

 

「はぁ~、ずっとベッドの上だったからめっちゃ体なまってる感じする。絶対安静にしても一週間は長過ぎだよな」

「まあ、ただの怪我ならともかく『洸血気オーブ・エナジー』に侵されてないか色々検査する必要があったからね。仕方ないよ」

 湊と愛衣は獅童学園近隣の街を歩いていた。

「猪本先生から聞いたんだけど、結局亜氣羽さんの足取りは掴めなかったみたいだね」

「ええ。湊が言うように〝亜氣羽さんが誰かに襲われてるならまだ近くにいるかもしれない〟って武者小路家が結構必死に探したみたいなんだけどね」

「亜氣羽さんは協調系じゃないから転移法ワープ・アーツも使えないし、発見できる可能性もあると思ったんだけど、さすがに厳しかったか」

「もしかしたら亜氣羽さん、どこかの組織に捕まっちゃったかもしれないね」

「もしそうだとしたら、愛衣はどの組織捕まったと思う?」

「んー、紅蓮奏華家とか?」

 愛衣の面白い角度の返答に湊が「へー」と声を上げる。

「なんで? 裏組織とかじゃなく?」

「だってあのタイミングで出し抜くってことは、亜氣羽さんや私達の状況、『宝争戦』のこととかも把握してたってことでしょ? だったら裏組織よりあの場の関係者……例えば紅井くんの紅蓮奏華家のフォーサーがこっそり見張ってて、割り込む隙を窺ってたって思う方が自然じゃない?」

「なるほど~。確かに」

 湊は感心しながら。

(それっぽいこと言ってるけど、カキツバタ見張られてたわけだし、『聖』が関与してるって確信してるんだろうなぁ)

 愛衣の腹の内を探って戦々恐々としていた。

「あ、着いたわね」

 そうこうしている内に、とあるカフェに辿り着いた。



 カフェに入店し、「二名様ですか?」と訊ねる店員に「あ、待ち合わせしてるんで」と告げて湊と愛衣は屋内に入って行く。

 そして目的の人物達を発見した。

 湊が人当りの良い笑顔を浮かべて。

「お待たせして申し訳ありません」

 湊と愛衣が軽く会釈をする。

 その相手は……綺羅星桜きらぼし さくら乙吹礼香おとぶき れいか

 亜氣羽と源貴片オリハルコンを巡り、『宝争戦』で拳を交えた『鍾玉』の二人だ。

「待ってないわ。それよりも湊くん、貴方体調は大丈夫なの?」

「問題ないです。そもそも怪我というより検査が入院していたようなものなので」

 湊が大げさなものではないことを告げながら、愛衣と共に着席する。

 そして湊と愛衣が近くの店員に注文をすると、乙吹が口を開いた。

「早速ですが、本題に入らせてもらってもいいでしょうか?」

 真剣な瞳が湊と愛衣を捉える。

 湊と愛衣は姿勢を正し、「「はい」」と同時に答えた。

「事前に速水愛衣さんから軽く聞かせて頂いた内容……は、本気なのですか?」

 湊がもう一度「はい」と答えて、続けて述べた。




「俺と愛衣は、。つきましては、『鍾玉』の三人を、スカウトさせて頂きたいと考えています」




「「……ッ」」

 綺羅星と乙吹の表情が強張る。

 内容は通してあったが、それでも驚きを隠せないようだ。

 

 新正規組織設立。

 一定の条件を満たせば『フォーサー』協会に登録することで誰でも組織を立ち上げることはできる。

 それ故に、会社でいうところの零細企業のような貧乏所帯組織が『フォーサー協会』には数多存在する。

 綺羅星達『鍾玉』も、そのような底辺組織と混同されないように、大きな成果を上げてから『フォーサー協会』に組織登録をするつもりだったのだ。


 綺羅星がゴクリと喉を鳴らす。

(学生の身で組織設立なんて浅知恵で無謀。本来なら歯牙にもかけないところだけど……この二人が、半端な未来図で言ってるとは思えないッ)


「……では詳しく、お話を聞かせてもらおうかしら?」


 綺羅星が見定めの視線を送ると、湊と愛衣は肝の据わった笑みで「「はい。よろしくお願いします」」と口を揃えて答えた。


 綺羅星は感じていた。

 ここが一つの分岐点だと。

 現状維持を選ぶか、若き才を信じて舵を任せるか。


 ……慎重に選択しなければならない。



「それでは説明させて頂きます」


「俺達が考える情報仲介組織『月詠つくよみ』について」


 愛衣と湊の瞳が、さとく輝いた。

 


 ■ ■ ■



 獅童学園の屋上。

 そこでは二人の男女生徒が言葉を交わしていた。

「……そろそろ愛衣達が『鍾玉』の方と話してる頃かな。青狩くんはどう思う? 仲間になってくれると思う?」

「どうだろうな。……湊達が口八丁で丸め込むなら確実にいけるだろうけど、今回は誠実に交渉するだろうから、『鍾玉』の人達の好み次第。俺にはわっかんね」

 淡里深恋と青狩総駕。

 この二人もまた、湊と愛衣に勧誘され、既に仲間に加わっている。

「そう言えば聞いてなかったが、淡里、お前はどうして湊達の組織に入ることにしたんだ?」

 総駕がふと気になっていた疑問を投げる。

「……大した理由じゃない…って言ったら失礼だけど、以前試験で愛衣とペアを組んで、世の中物理的な強さだけでは意味がないって知ってね。……私が生涯会得できない力を持つ愛衣と漣くんの傍にいることで、私自身ももっと違う成長ができるかなって」

 言いながら、深恋は考えていた。

(………そういうていだけど、するすると言葉が出て来たなぁ。……多分『聖』や『憐山』と関わらない一般生徒だったら、これが素直な私の本心だったんだろうね…)

 そんな自己分析をしながら、深恋はそんな感情をおくびも出さず、総駕に聞き返した。

「青狩くんも、私と同じような理由じゃない?」

「………まあな」

 総駕は深くは語らず、短くそう答えた。

 深恋には湊のような表情を読む洞察力はないが、なんとなく今の総駕からは恥じらいを感じた。

 かつては尖っていた総駕をほだした湊に対し、敬いや憧れなどを感じたのか。

 深恋は無粋な詮索をしようとは思わない。ただ、少し微笑ましかった。

「よし! これから頑張るぞ!」

 総駕が気持ちを切り替えるように声を張る。

「なんせ『御十家』が『終色』絡みで大変なことになってるみてえだからな! 気張っていかないと!」

 そう。

 既に総駕と深恋は武者小路家、紅蓮奏華家が裏組織の『終色』と近々やいばを交えると伝えられている(深恋は元々知っていたが)。

「……ええ。私達にできる全力を尽くしましょう」


 

 ■ ■ ■




 獅童学園の一角にある林の奥。


「……勇士、こんなところで何してるの?」


 切り株に座り、肩を落として沈鬱な雰囲気を漂わせている勇士の背中に風宮瑠花が声を掛けた。

 風属性の琉花は探知に優れいてる。

 見つけ出すことは容易だ。

「………悪い。一人にしてくれ」

 勇士は振り向きもせず、素っ気ない言葉で返す。

「……ここ一週間ずっとこの調子じゃない。授業中も上の空。放課後はこんなところ黄昏て……。………『宝争戦』で綺羅星桜に負けたことなら、愛衣も謝ってたじゃないの!『聖』の可能性がある蔵坂先生の傍に置くようなことをしたのは間違いだったって!」

「………っ」

 琉花は励ましたつもりかもしれないが、それは勇士の心を抉る言葉だった。

 ……好きな子の期待に、応えられなかったのだから。

「だから勇士…」



「いいから一人にしろって!!」



「ッ!」

 琉花は全身をビクつかせ、これ以上は勇士を刺激させないように大人しくその場を去っていった。


 ………一人になった勇士が、ははっと笑った。


「………………俺、最低だな……」



 ■ ■ ■ 




『慟魔の大森林』の深奥に建つ館『翠晶館すいしょうかん』。

 その一室で、ババ様こと榎屡氣かるけと、亜氣羽が向かい合って座っていた。


 亜氣羽は膝の上に拳を置き、肩で呼吸をしながら震えている。

 叱られる心構えのある亜氣羽に榎屡氣が優しく告げた。

「落ち着きなさい、亜氣羽。……無断で出て行った時はワシも怒っていたが………ワシにも反省すべき点があったと今は自覚している」

「……え?」

 てっきり怒鳴られると思っていた亜氣羽が目を丸くした。

 榎屡氣は申し訳なさそうに皺だらけの顔の眉を顰めた。

「幼少の頃から辛い訓練を強要し、外の世界への憧れが強いお主の気持ちを知っていながら、にべもなくこの館に閉じ込めていた。……今思えば、雛菊が外へ行く時に同行させておけばここまで感情を抑圧させることもなかったかもしれないのに。………本当に、申し訳なかった」

 榎屡氣が、頭を下げる。

「謝らないで! ババ様!」

 ガタッと亜氣羽が立ちあがった。

「謝らなきゃいけないのはボクだよ! ………ボク…なんにもわかってなかった…。ババ様達はボクを大切にしてくれてたのに……。………そ、そりゃちょっと過保護かなって思わなくもないけど………ボクみたいな我儘で他人の気持ちを考えられない奴を外の世界に出すわけにはいかないって思ってたんだよね…? …………ごめんなさい! 勝手なことして本当にごめんさない!」

 亜氣羽が深く頭を上げて謝る。

 その瞳からは涙が滲み出ていた。

 

 そんな亜氣羽に、榎屡氣が告げた。


「亜氣羽。お主が望むなら、あの漣湊という少年にお前を引き取ってもらっていいと思っておる」


「ッッ!?」

 突然の榎屡氣の提案に、声にならない声を上げて亜氣羽が驚く。

「……あの少年は信頼できる。そして頭も回る。……亜氣羽の望みを可能な限り叶えた形で外の世界に迎え入れることもあの少年ならできるだろう。亜氣羽も、今回のことを反省しているようだが、この『翠晶館』での暮らしが嫌ではなくなったわけじゃないだろう? ………稟南にお願いしてワシ等に関する記憶に少しだけもやをかけることは許してほしいが、お主が望むならすぐにでも漣湊に連絡を取ろう」

 榎屡氣の言葉一つ一つから亜氣羽のことを想う気持ちが伝わってくる。

 湊には金輪際会わないと告げていたのに、亜氣羽の為ならそれも捻じ曲げるということか。

 本気なのだと亜氣羽は悟った。

「どうする? 亜氣羽。迷うならいくらでも悩んでくれて   」


「もう答えは出てるよ。………NOノー。ボクは出ていかないから!」


「……ッ」

 今度は榎屡氣が驚かされた。

 どんな答えにしても、悩むと思っていたからだ。

「………確かに、ボクはこの『翠晶館』での生活は……今も微妙。嫌な時もある」

「だったらどうして…」

 尚のこと何故だと目をぱちくりさせる榎屡氣に、亜氣羽が笑顔で告げた。


「それでも、ボクはババ様達が好きだから! ババ様やひな姉やりん姉だ大好きだから! ………家族と、離れたくない! ………だから、そんな悲しいこと言わないでよ…」


 また瞳を潤ませながら切実な表情で言う亜氣羽に、榎屡氣も少したじろいでいる。

 まだ十代半ばの少女が家族から絶縁の選択肢を与えられたら、悲しくもなる。

 榎屡氣は言葉を選び間違えたことに気付き、「ご、ごめんよ。本当にごめんよっ!」と謝った。


「あ、でもいつかは自立するからね!」


 亜氣羽が目尻を手の甲で拭いながらキッと強い視線をぶつける。

「じ、自立…?」

 反芻する榎屡氣に、亜氣羽が「うん!」と頷いた。


「いつか生活能力とかそういうのを身に着けて、外の世界で一人暮らしする! そして時々携帯とかでババ様やひな姉と連絡を取り合う! そしてそして夏休みとかに実家のこの『翠晶館』に帰省する! ………そんな日々を送る女学生に、ボクはなりたいんだ!」


「………ここ、電波通らないんだが…」


「だったら手紙でやり取りする! どうせひな姉はちょくちょく外の世界行くんでしょ!」


「………一人暮らしで部屋を借りるとなると、戸籍とかも必要なんだがね?」


「そ、それは……っ」

 視線を右往左往させ、あっさり論破されてしまう亜氣羽だが、「とにかく!」と声を荒げる。

「ボクはいつか自立する! ババ様達との記憶もそのまま! ………ボクがもっと成長したら何か良い方法を見付けるから! わかった!?」


 亜氣羽の強い思いを目の当たりにして、榎屡氣は心の中でとほほと溜息を吐いた。

(……なんだい。結局我儘だが……今までと違ってしっかり成長へと繋げられる我儘とは……これはこれで面倒だねぇ。……本当はもっと忠告すべきこともあるんだが………今はこの子の好きにさせようかね。ふふっ)

 

「それじゃあ、座学の内容を厚くした方がいいかね?」


「うんっ!」


 

 …………こうして亜氣羽は成長への階段に足を掛けた。

 

 その少女の脳裏には、一人の少年の顔が浮かんでいる。




(…………ミナトくん。………もしまた会えたら………      )

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