第25話 辺境領主は前途多難な話

 国家辺境の領土、要するに国家の最外端に位地する領土。

 辺境と軽く言ってしまえばそうだが、その存在は大雑把に分ければ二つある。


 一つは国境。国家の端に存在するということは隣国と繋がる位置に存在するということでもある。

 戦争中の国家と隣接するなら最前線であり、友好国と隣接するなら交易の要。

 どちらにしても、その存在は軽く扱われるべきではないことは当然のこと。

 ゆえにこの土地を統治する領主は「辺境伯」という通常の伯爵位より上位の権限を与えられ優秀な人材が任命される。

 もちろん、その領地は大いに栄えるものだ。


 そしてもう一つは大方のイメージする国家中央から離れたド田舎。

 地形などの問題から隣国との接点を持たず、中央から離れた位地関係ゆえに開発も遅れた土地。

 恐らく一般的な辺境という言葉からイメージされる都会の対極の土地。






 俺が与えられた領地「エンドヴィル」は後者だった。


 エンドヴィル、終わりの地を意味する領土。

 王都より遠く離れた北西に位置するこの土地は文字通り辺境。エルミリオ王国の最外端に位地する。

 しかし、西に向かえば海に囲まれ、北に向かえば険しい山岳地帯がそびえるこの土地に隣国との接点は存在しない。


 海との隣接は一見すると好立地に見えなくもない。だがそれは地図で世界を見た感想に過ぎないだろう。

 実際は切り立った崖に断絶された海はとても人間が恩恵を受け入れられる立地ではない。

 事実、王国の海洋資源は南に下った領地が巨大な漁港を開き一手に担っている。


 北の山岳地帯もそうだ。よく言えば天然の要害。他国の侵入を防ぐ壁として機能している。

 だが現実は人間の通過できるような地形ではなく、他国との交易を塞ぐ蓋となっているのが現状だ。

 もちろんそんな過酷な場所なので資源の採掘が行われたこともない。


 さらには北東に存在する大森林がこの土地の価値を決定的に下げてしまっている。

 エンドヴィル北東の大森林、通称「精霊の森」。

 この土地には多くの「亜人」が住んでいる。


 亜人、俺の知る存在で言えば獣人ビーステッドのユウだろう。

 獣人ビーステッドは獣の特徴を持ち、身体能力も野生動物のように高いとされる人種。

 他にも森人のエルフなどが有名なところで、こういった亜人の多くはこの精霊の森に集落を作って生活している。

 エルミリオ王国において亜人もきちんと人権を認めらた人間として扱われている。

 だが数が通常の人類より圧倒的に少ない。大半が森の集落に住み、そこから出てくることもない。

 王国は亜人のこの生活を尊重し、保護するために精霊の森の開発を固く禁じている。

 絶対不可侵の大森林、それゆえにエンドヴィルの地を他国から隔絶する壁の一つとなってしまった。



 かくして、この地。エンドヴィルは辺境にありながら陸の孤島となる。

 他国からは封鎖されたような立地、しかし王都からは遠くゆえに開発も遅れた地。

 文字通り辺境のド田舎。それが俺に与えられた領地だった。






***





「ここから実績を作れとか無理じゃないか?」



 頭、抱えずにはいられない。

 

 王都のドラゴン退治と、街道沿いの森の魔族退治。

 二つの功績を認められた俺は国による二つの報酬を与えられた。

 一つは王女アルーシャとの婚約。元々は森での戦いで想いを通じ合わせた俺たちにとってはそれは有難い報酬だった。

 元々、国王のワガママで第一王女であるアルーシャには婚約者がいなかったのだが、そこに俺が据えられる形になる。

 どうやら王女の婚約者問題は王宮でも頭を痛めていたらしく、意外にも多くの宮廷政治家たちが賛同したらしい。

 

 ……その背景にアルーシャの侍女の存在が見え隠れするのは俺の気のせいと思いたい。


 そしてもう一つの報酬が領地エンドヴィル。

 功績を認められたとは言え、王女と婚約するなら王位継承権を得るということになる。

 だが俺は政治に関しては実績がない。実際に素人だ。

 前世の記憶には王になった経験もあるが政治は嫁に任せていた記憶しかない。最低だ。

 なので、こうして領地を与えられ、経験を積むことになったわけだが……



『三年だ。三年でワシが認める結果を出せないなら婚約の話はなかったことにしてもらう!』



 最後まで婚約に反対した国王の最後の抵抗がこれだった。

 婚約に賛同した宮廷政治家たちも、流石に領地経営で実績を出せない人物に王位継承権は与えられないと納得せざるを得ず。

 結果としてこの条件は承認されることになる。



「……に、しても。この立地で三年は無理がある……」



 そうじゃなくても開拓とは時間をかけて行うべき事業だ。

 それをたった三年……それも反対派筆頭である国王が納得する成果を出さなければならない。



「無理、むりむり!」


「あら、そうでもありませんよ?」



 領主として与えられた、開拓地にしては立派な館。

 その執務室のデスクで頭を抱える俺に、ソファでお茶を飲んでいたアルーシャ……俺の婚約者が声をかける。


 結局、アルーシャは王の反対を押し切って俺の補佐としてエンドヴィルまで付いて来ることになった。

 王としては有能な政務補佐をつけるのだから王女が行く必要はないとゴネたのだが、婚約者問題を重く見た王宮の一同に押し切られたようだ。

 やはりここでも侍女の暗躍が裏であった気がするのだが、俺の関知するところではない。



「何か考えが?」


「確かにエンドヴィルは辺境にありながら隣国との折衝はなく、海も使いものになりません。ですが土地そのものは肥沃でまだまだ開発の余地はあります。それに開拓移民も順調に集まっていますから悲観することはありませんよ。皆とても士気が高いですし」


「そっかあ……そこはありがたい話だなあ……」



 確かに、エンドヴィルから外に出ようとすれば各種天然の要害フルコースが歓迎してくれる過酷な土地だ。

 だが実は土地そのものは非常に豊かだ。大森林が近いこともあって緑が豊富。

 風景は非常に良いと言えるし、案外スローライフをするなら丁度いい土地かもしれない。

 実はこの屋敷も元は貴族が観光用の別荘として立てたものを流用したとか。見るものがなさすぎて誰も使わなくなったが。


 そしてこの土地に赴任する前に俺は王都で開拓を手伝ってくれる移民を募った。

 元々この地の開拓そのものは以前から準備されており、既に開拓民が細々と土地の開拓を始めていた。

 だが、アルーシャと相談して、それでは金も人数も全く足りないと結論を出し、移民を募り、貴族や商人に融資を募り準備を進めた。

 この辺の準備も概ねアルーシャの侍女が請け負ってくれたのでとても助かった。特に予算は三倍に増えた。何をした。


 移民についての詳細は後に回すが、お陰で元々予定されていたより開発のペースは早いようだ。



「それに、この土地はまだまだ未開発。何が発掘されるかわかりません。まずはこの土地と向き合いましょう」


「なるほどなあ。確かにそうだ」



 現状では肥沃な土地を活かして畑を作ったりして自給自足を目指していく段階だが。まだ手を付けてるのはそれだけだ。

 王都での謁見と婚約から三か月。諸々の準備を済ませてエンドヴィルに赴任してまだ一か月。

 手を付けていないことがあまりにも多すぎる。

 諦めるのはやることをやり切ってからでいいだろう。



「焦ることはないか……ゆっくり……はできないけど、できることを一つ一つやっていこう」


「そうですとも。安心なさい。貴方の婚約者は有能ですよ。アイーダも、それに協力してくれる移民たちもいます」



 その通りだ。アルーシャの補佐のお陰で領主の執務は滞りなくこなせているし、万能侍従のアイーダはなんでもできる。

 それに移民を募集した時に集まってくれた開拓者の皆。

 一人で魔族やドラゴンと戦った時とは違う。俺には仲間がいるのだ。

 もう俺一人が頑張ればいいというのは終わり。

 ここからは俺は皆の力を借りる番だ。



「ああ、頼むよアルーシャ。一緒に頑張ろう」


「ええ。貴方の伴侶として。そして頑張ってくださいね。ロイス伯爵?」



 自然と唇を重ねる二人。

 傍らに大事な人がいるなら、俺は勇者になって領主にだってなって見せると誓った。

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