第14話 大会の雲行きが怪しくなる話

「余はレド・ノビリス・アレス・レギナ――――赤き真竜レドの姫であるぞ!」



 勘違いであってほしかった。

 赤き真竜、それはイニテウム遺跡で俺が倒したネームドモンスター。

 伝承種レジェンドにして固有種ユニーク

 打倒の功績は新人冒険者だった俺を世界有数の称号である虹等級冒険者に押し上げた。


 ドラゴン、即ち最強。


 数々の伝承において英雄によって倒される役どころであるためにドラゴンは噛ませ犬のような風潮もあるが、とんでもない。

 最強にして最恐、だからこそそれを倒す存在を英雄というのだ。



「冗談だろ?………俺が倒したドラゴンは巨大だったぞ。どう見ても君は人間じゃないか」


「戯けたことを抜かすな。竜が魔法を使えぬとでも思ったか?」



 変身魔法か……人間でも使い手は多くないがドラゴンにとっては簡単なものなのだろうか。

 その姿はどう見ても美しい人間の女性だ。



「ふふん、余の美しさ見惚れたか?無理もないな。余はもっとも美しく気高い赤き竜レド、その王族にして姫」



 まるで演劇のようにもったいをつけ、見得を切りながら人々へ自分を誇示するようにポーズを取る。



「即ち真紅の至宝!レド・ノビリス・アレス・レギナである!」



 名前が……長い。

 なぜ人々は名前を長く付けたがるのか。どうやらドラゴンも同じようで、なんとも絶妙に覚えがたい長さだ。



「ええと………ええい、長いレナでいいな!」


「なんと!?余の名を勝手に略すか!?――――もしや、これがアダナとういやつか!?そうなのか!?」


「え、いや……長いから……」


「そんな!いくら余と貴様の仲ででもそれは尚早というものではないか?しかしまあ貴様がそれを望むなら余も覚悟を決めてだな……よかろう!貴様はレナと呼ぶことを許す!」



 どうことなのだろうか。とりあえず怒ってないようなので以降はレナと呼ぶ。

 しかし、まさかレナが女性で、しかもこれほど美しいとは思わなかった。

 俺の知る赤い竜はいかにもな形のドラゴンだった。



「ふむ?余の外見が気になるか?安心せい、変化の術を用いはしたが容姿に一切の偽装はない。これは正真正銘、余の魂を投影し肉体を人に変換したものよ」


「いや、別に心配してるわけじゃないよ。まさか俺が倒したドラゴンがこんな美人とは思わなかっただけで」



 お世辞ではなくこれは事実だ。

 ルビーのような真紅の瞳、燃える炎のような髪は光を反射しながらキラキラと艶やかにポニーテールとなって背中に流れる。

 瞳と髪に合わせたドレスは、いわゆる地球で言うチャイナドレスというやつだ。

 肩を出したノースリーブにロングスカートから太腿を露出させるスリット。

 赤一色のその容姿は活動的にも、高貴にも見える美しさを併せ持っている。


「ほう、流石は一度は余を倒した英雄。いかにも余こそ真紅の至宝、もっとも美しき赤竜よ」



 もしかして……最初は復讐にきたのかと思ったが、レナの言動に怒りや憎悪を感じない。

 まるで俺に構ってもらいたがっている子供のようにすら見える。実際、見た目の年齢を考えれば十代の少女に見えなくない。

 あの外見が魂を投影した人間としての姿ということは、それは事実なのだろう。

 人間からしたら長寿の存在でもドラゴンとしては若いのだ。


 もし、俺に敵意があるわけではなく、純粋な子供だというなら、もしかしたら戦わずに済むかもしれない。



「というわけだ!さあ、英雄よ!殺し合おうぞ!勝者があの古代遺物を手に入れ、そして敗者の肉を喰らうのだ!」


「やーーーーーっぱ無理かチクショウ!」



 敵意も憎悪もないが、それはそれとして・・・・・・・・殺し合いはするつもりだ。

 むしろそれを楽しみにしている節がある。

 やはりドラゴンの価値観は難しいようだ。



「さあ、それでは………ゆくぞっ!」



 ゴウッ



 疾風が走る。またしても俺の動体視力では捉えられない速度で疾走、いや前方へと飛翔した。

 相変わらず殺気丸出しかつ直線的な一撃は、かろうじて俺の生存本能を最大限に活性化させる。

 今度は正面から襲い来る、恐らくアリスのそれより遥かに恐ろしい必殺の蹴りが飛ぶ。

 さっきは全力で回避に尽くしたが、今度は恐怖を抑えて最小限の回避を試みる。



「”聖剣流”―――――っ!」



 二回戦でギデに使った技をもう一度試す。

 相手の勢いを利用して頭から投げ落とし、気絶させる。

 むしろ常人なら死んでもおかしくないし、今の俺のステータスならゾンビやスケルトンでも頭を砕ける力はある。


 問題は今の相手は二回戦のギデとは比べ物にならない強敵ということだ。

 音を置き去りにする疾走は、ただ走るだけで衝撃波を生み出す。

 その衝撃に耐えながらギリギリまでレナの貫手を見切る。

 見切りとは言うが、動体視力では追いつけないのだから、やるべきことは運と勘に任せる。



 かくして、その賭けは――――――



 ガシィッ



 成功した。

 

 レナの貫手は俺の脇腹を掠め、衝撃波だけで体が血を吹き出す。

 だが、その貫手を瞬時に掴みとり、ドラゴンの腕力で解かれる前に体勢を崩して、投げ飛ばす!



「くらええええええええええええっ!!!」



 ドォンッ!



 一切の手加減なく、する余裕があるはずもなく。

 全身全霊の勢いで頭から地面に叩きつける。


 恐らく、ドラゴンである彼女に武の技術はなく、俺を遥かに上回るステータス暴れるだけで最強たる存在であるゆえに、人型になったことで受ける”技”への耐性がない。

 僅かな接触で体勢を、重心を崩し、相手を投げる。巨竜であったら絶対に経験することない状況だ。

 かくして、レナはシュールにも頭から地面に突き刺さることとなる。



「やったかっ!?」



 頭が砕けてないのは確信を持てる。死んでもいないだろう。

 だが、気絶さえしてくれればそれでいい。それだけで……



 ボコンッ



 レナが、地面に刺さった頭を、引き抜いた。



「マジかよ……」


「心外であるな。竜の頭が大地に硬さで負けると?」


「いやまあ、それはそうなんだけど……」



 この程度で人化したとは言え、ドラゴンの頭を砕けるとは思っていない。

 だが人の形状をしてるなら脳震盪くらいは期待してもいいじゃないか!

 などと思っていたが、さすがにそんなに甘い話はないようだ。



「ふむ、しかしどうした?余を倒した貴様はこの程度ではなかったはず。もっと強かったぞ?」


「こっちにも事情があるんだよ……!」



 あいつと戦った時は、文字通り《スキル》に覚醒し、無我夢中で力を振るった時だ。

 だが今はその力が実質的な封印状態だ。一緒にされてはかなわない。

 そもそも武器が無いのだから、技量があっても太刀打ちできるか……



「そうか……それは残念だ。余は本気の貴様と戦いたいぞ?」


「この大会のルールじゃ無理なんだよ……」


「ふむ、ならば大会じゃなければいいのか?」


「それはそうだけど……」


「ならばこうしよう!」



 バサァッ



 風が舞った。

 一瞬、視界が奪われるが、次の瞬間には開いた目にとんでもないものが映る。



 人の形をした竜が、翼を広げた。


 頭部には竜角を生やし、開いた手の指には鋭い爪が伸びる。


 獰猛に開かれた口角からは牙が覗き。



「ここの人間を皆殺しにすれば本気を出せるか?」




 客席から、悲鳴が上がった気がした。

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