第39話 天才の過去

 初めて物創りをした。簡単なプログラム。勉強すれば誰でも作れるおみくじのプログラムをSNSに投稿したのだ。教科書を見ないで作ったものだから承認欲求を満たしたかったのだろう。

初めは幼い好奇心からくる興味本位だった。でも、やっているうちにどんどん夢は膨らんでいった。やってみたら何かが変わるかもしれないって。本気で考えたこともあった。

でも、変わったのは気持ちだけ。何もかもが変えられる、世界から絶賛される時の人には遠かった。何億光年離れているのだろうと素で考えたこともあった。

 それが小学五年の頃。その半年後、初めてパソコンに触れた。インターネットに触れた。この世界は情報で一杯なのだと、少し触るだけでどこまでも広がっていく宇宙なのだと。そう考えたことを今でも覚えている。

そこから私は病的なまでにのめりこんでいた。周りが指をさして笑おうと、ちゃんと食べてるの?と心配してものめりこんだ。この世界の歯車の一つになれるのなら明日野たれ死ぬことも構わなかった。世界が滅んでも興味もない、もともと服にすら興味がなさ過ぎてよくあいつに怒られた。

あの日。初めて人を拒絶した。人の優しさを踏みにじった。初めは快感だった。一心不乱に積み上げてきたものをぶち壊した。VRの世界に憧れがあったわけじゃないけど、ゲームとかの魔王ってこんな気持ちなんだなと思った。

でも、次の日には酷く後悔した。当たり前だった。一日に二人も私の傍から離れてしまったんだ。だから私はネットの世界に逃げてきた。

あの日、初めて遠くの人と話した。知らない人と話した。いろんなことを知った。無法地帯ともいえるこの世界でも礼儀はあるのだと。この画面の向こうには同じ人がいて、いろんな人がいるのだと。

私は、中学を休みがちになった。理由は行く意味を見出せなかったからだ。周りからは当然反感を買ったし、父親には殴られた。それでも、私はこんな狭い世界よりも、どこまでも広がる宇宙の方がよかった。

当然、嫌な人もいた。こんな引数の使われない幼稚なコードは遊びだと。初めて創ったものを馬鹿にされたときは心底腹がたった。そいつの家を突き止めて、警察でも送り込んでやろうかと考えたこともあった。嫌な人もいれば、良い人もいた。無線マウスでも投げそうなほど怒る私を慰めた人がいた。始めて数週間でできたなら大したものだと。むしろ始めてから数週間で複雑なものを作り上げる奴はいないと。その人は現役のエンジニアだった。

私はそのエンジニアからいろんなことを教えてもらった。基本的なプログラム言語の種類とその用途から、こんがらがるポインターやクラスのことまで。いろんなことを聞いて私はあることを思い始めた。ゲームが作りたいと。そのことをエンジニアに言うと彼は、浮かない言葉ばかり並べていた。

ある日彼は聞いてもいないのに、自分の過去を話し始めた。

「僕はゲーム業界に入りたかったんだ。でも、技術も頭もなかったから無理だった。少しは勉強していたけど、Webは作れてもデザインはからっきし。何をやっても誰かの劣化だったよ。それなのに、努力した。デザインを勉強した。ちょっとやそっと勉強したところで唯一を作り出すような業界に入れるわけ、ないのにね」

 そんなことない。と書こうとして止めた。ネットの世界は無限に広がるポテンシャルはあるが、その大半はコピペされたような類似情報ばかりだということを知っていたからだ。初めて作ったおみくじもそうだ。教科書を見ないで作っても、結局誰かに似てしまう。どんだけ、苦労して作ったものでも誰かに似てしまうほど、ネットの世界には情報が溢れていた。

 だからだろうか。自分と言う存在を残そうと考えた。誰もできないことをやり遂げて、世界の歴史に自分の名を刻み込んでやりたいと。せめてこれくらいしないと、あの二人の償いにはならないと。

「ごめんね、辛気臭い話して。やる削いじゃったかな」

「そんなことないです。いつも為になることしか言ってませんから。今回も、勉強になりました。先生、そこで相談なのですが・・・」

 先生にとある話を持ち掛けた。それは、当時世間をにぎわせていたVRの事だった。私が興味を持たない訳がない分野だ。最新技術に触れられる、オタクならばこれほどワクワクすることはない。でも。

「悪いね、僕ができるのはここまでだよ。これ以上はわからない」

 この会話以降先生とやり取りすることはなかった。数日後、なんとなく開いたSNSのニュース欄に、男性が孤独死したというありふれた出来事に何にも思わないほど私はふてされていた。

「ここからどうすればいいんだろ。基礎は教えてもらっても、どうしろって」

 プログラミングは基礎がほぼ全てであり、アイデアを元に基礎から様々なシステムを作る。つまり、どれだけ教科書通りに勉強しようが、アイデアがなければ何もわできない、何も始まらない。

 そこで私は先生が否定していたゲームを思い出した。初めて作るゲームは難航した。何度もエラー警告を見ては作り直してのトライアンドエラーを繰り返した。数か月使ってできたゲームはただの、ノベルゲーム。クリックすれば文章が表示されるだけの、ゲームと呼ぶにはあまりに簡単すぎた。それでも完成したことは私の自信になった。

なのに気晴らしに書店に行くともっと凝ったゲームの参考書を見つけ肩を落とすのだ。

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