第12話 らしからぬ?大胆な行動

 全ての部活を回ったスケジュールをまとめるべく、一度生徒会室に戻った。生徒会室には神前を除いた全員が作業していた。空いているパソコンを借りて、メモから表計算ソフトを用いて可視化していった。なんだかんだ、こういう作業は嫌いではなく、聞いて回るよりも気が楽であり、思ったより早く終わった。終わっても、生徒会室の空気は変わらず、時々怒号のような言葉が行き交うが、しばらくすると静まりかえっていた。

なんとなく帰る気がせず、冬彦に仕事を分けてもらい作業をした。作業内容は、地域に向けた高校のPRのチラシだった。冬彦が用意していた文章をそのまま打ち込むだけで、文言を考えることはなかったが、伊藤先生の言っていたことを思い出していた。こんなこと生徒会がやることではないだろう。そう思わずにはいられなかった。

結局校門を出たのは昨日と同じ一九時前。一度教室に書類を入れたクリアファイルを取りに戻ったため、生徒会の人と冬彦とは先に分かれていた。

下駄箱にから外に出たとき、後ろから声をかけられた。

「治人君、ちょっといいかな」

 神前だった。外用の靴を履かず、下駄箱で呼んでいた。呼ばれた下駄箱まで戻ると、神前に手を引っ張られ体制を崩して倒れた所を神前にのしかかられていた。

「え?うわぁ‼」

「捕まえた。なんて少し刺激が強いかな」

 神前は誘うようにわざと腰を動かして、おちょくってくる。俺の大事なところが刺激されて、反応しそうになるのを全力で我慢し、退くように懇願した。

「せ、先輩、離れてください、お願いですからー!神前さんの事だから、なにか頼みたいことでもあるんでしょう⁉できる範囲でやりますから、その動きを今すぐやめて、退いてください‼」

「やっぱり鋭い。と言うより、慣れてる?まだ出会って二日目よ?私の事をよくわかってるね」

 神前の熱が名残惜しいと感じるのと同時に、別の焦りが生まれていた。もしこここで、神前にうっかり、未来から来ました。ここは俺の過去を再現した世界なんですと、この世界の住人に言ってしまったらどうなるのだろうかと。同じようなことを前も考えてロクなことにならないと結論付けていたため、疑問を頭の片隅にしまい込んだ。

「まぁ、いいわ。で、こんなおいしい思いをしたんだから、もちろん嫌って言わせないつもりだけど。ちょっと生徒会室までいい?」

 神前が頼みたかった仕事というのは、明日の新入生オリエンテーションのプログラム作成だった。

「初めからそう言ってくれればいいのに」

「でも少しは癒されたんじゃない?私なりの労いだったんだけど」

「普通にセクハラですよ」

「嫌だった?」

「・・・」

「あーよかったんだ~こういうのは耐性無いんだね」

小悪魔のような笑顔には返答せず脳内保存をして、当日のスケジュールをまとめていく。神前は俺の仕事を見ているだけでなく何かの書類を作っているようだった。数秒の沈黙の後、何か話さないと強迫観念に駆られ今日職員室で見かけたことを聞いた。だが、「ああそれね、なんでもないよ」と、なんでもないと隠すような返答で、話してくれそうになかった。

 再び沈黙が訪れる。作業しながらということもあり、話題が見つからずに作業は半分終わってしまった。一度手を止め天井を見上げた。新しい校舎でもないけど、さほど汚れていないのに、伊藤先生から聞いた話を聞いて一度清掃されたのかもしれないと思って、再びノートパソコンのキーボードに手を掛けた時だった。

「君にならいいかな。生徒会でありながら生徒会じゃない中途半端な立ち位置の、治人君になら」

「え?・・・まぁ、中途半端なのは認めますけど」

「私と同じだから」

 開けていた窓の隙間から強めの風が二人の間を通った。そんなことどうでもよくなるほど、神前の言葉が気になってしまっていた。

「どういうことですか?」

「何から話そうかな」

 神前はエンターキーを押し、手を止めて、俺を見た。下駄箱のこともあり、直視できない俺を神前はシグマのような何もかも諦めた顔をして、先ほどの俺のように天井を見上げたまま語り始めた。

「あのね、私。親をあんまり覚えてないの。治人君みたいに兄妹もいないみたいだから、お義父に・・・親戚に引き取られてね。だから同じ中途半端みたいなもの」

「調べたんですか?特に気にしてないですけど、一応誰から聞いたんですか?」

「知りたくて知ったわけじゃないけど、生徒会に入ってもらうにもこうやって、夜の初め頃まで作業してもらうことになったら、親御さんの了承を得る必要があるじゃない?それで、伊藤先生に話したら、治人君の身の上話を少しされて、本人の了承が得られれば良いって話をされたのよ。君はその前に了承してくれていたから助かったけど」

 言いたいこともあるが、飲み込んで、話を続けた。前回のやり返しだろうか・・・今度またいじろう。

「でも、職員室で教頭と」

「やっぱり、見てたんだ。教頭と話したのは、伊藤先生の後よ。今後の生徒会についてさんざん話し合った。意地でも生徒会に教師を配置しないつもりでね。伊藤先生はそれでも、担当してくれそうだったけど」

 俺の中で伊藤先生の株が右肩上がりだ。

記憶の中の伊藤先生は責任感と歳が近いことにより、生徒の視点も持ち合わせていたが、自分から何か生徒の手伝いをする人ではなかった。それでも俺の中では話しやすい先生ではあった。

「でも教頭の考えてることも少しわかります」

「もしかして聞いた?」と返す神前に頷いて返した。「それなら話は早い」と続けた。

「私も教頭の懸念もわかるわ、同じような事件を起こされては今度こそ首が飛ぶでしょうし。でも生徒だけでやるには負担が多すぎるのも事実だから、先生方のローテーションとか打開策を持ち掛けているんだけどね。首を縦に振らないのよ」

続けて「保身に走った人を説得するのは骨が折れるわ」と弱音を吐く姿が俺にとっては意外で目を丸くした。“現代“でもこんなに話せる人のイメージはなかったからだ。昨日の帰り道といい、短時間でここまでイメージが変わると、これまで神前を見る目はただの嫌悪感だったのだと知った。

「きっと他の生徒会の面々からすれば、さぼっているように見えるんだろうな」

 本当に優しい人は誤解されてしまう。この人は頼んでも断らない、嫌がらないと。でもそんな人こそ、一番嫌がっているのだと。今回の話に当てはめると、偉い人に直談判しに行くという誰もが嫌がる仕事をしている神前が一番嫌がっている。なら、なぜ神前を含む優しい人が仕事を引き受けるのか。もちろん、その場の雰囲気と言うものあるだろう。だが一番は誰かの為になるなら、という考えを持っているからだ。自分を納得させる理由でも、その仕事をやりたい、やりたくないという個人の損得感情ではないというのは大きな差である。 

そして、こうして誰かの為に自己犠牲する人は大抵の場合、報われず、誰からも理解されず孤独なことを身をもって知っていた。だから、慰めることをせず、ただ相槌を打ったり、首をゆっくり縦に振っていた。目の前の事実を受け止めた。

「そうですね、さぼっているように見えると思いますよ」

「意外だな、慰められると思ってた」

「してほしかったですか?」

「いや、そんなつもりはなかったよ。ただ話したくなっただけ。強がりでもなんでもない」

「でも、先輩が、神前さんが話してくれたおかげでここに一人、先輩の事を放っておけない人間が増えました。話すことって重要ですよ」

「ああ、そうだな」

「さ、終わらせますよ。あと半分なんですから」

 二人はキーボードに再度手を掛け、指先を動かした。

神前は初めての気持ちを抱きながら、指を踊るように働かせた。

変な気遣いをしてしまったのでは?と心配しながら、時々バックスペースを押しながらキーボードを叩いた。

終わったのは二十時程で、先に神前の方が早く終わったが、俺の仕事終わるまで隣の席に座って待ってくれていた。結果として、タイピングミスが増えたのは言うまでもない。

「先に帰ってもよかったんですよ。先輩の方がお疲れでしょう」

「私は君をこんな時間にまで居させた張本人だ。治人君が先に帰るとかならわかるけどね」

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