第7話 生徒会長

 声が通っているけど、嫌じゃない。聞いていてストレスのない綺麗な声。誰かと振り向くと、さっき壇上に立っていた生徒会長がそこにいた。白い肌に見通すような目と、人目を惹く雰囲気は印象に強く残っていた。この人を巻き込むような雰囲気が苦手で好きではなかったことを思い出した。

噂をすれば当事者が現れるなんてことは迷信のように思っていたが、江梨のこともあるって信じてしまいそうだった。

「噂をするなら真正面から言ってこいと言ったことがあったが、実際に言われると陰口の方がマシだったりするものなんだな」

「せ、生徒会長サン。ドーモです」

「君は確か、寒葉君の弟の。えーと、名前は・・・名前は・・・冬の彦星で、冬星くんだ!」

「先輩、惜しい、惜しいっす。冬彦っす!」

 馬鹿なやり取りを見ているだけでも、過去に来た意味があったかもしれない、現代では色んなものに終われ、夢でも追われる始末だ。こんな風にふざけたことを言い合える環境というのは素晴らしいものなのかもしれない。

「で、君は知らない顔だな。冬丸君の友達、かな」

「はい、冬将軍の友達の治人です。一応真面目な人間をしているつもりです。少なくとも、こいつよりは」

「治人君か、覚えたよ。冬に春か。面白い組み合わせだね。漢字も、季節なのかな」

「いえ、“治める“の方です」

「お前ら、ひどくね?俺の名前は・・・冬彦だって」

 ネタにされて笑われもしない冬彦を他所に、しばし雑談をしていた。と言っても、神前のことは、ある程度知っているため特別な雑談はしていなかった。クラスのことや、新学期で何をしたらいいのかなど、大学生が面接のときに行う逆質問のようにテンプレートだった。テンプレートで雑談していることをこの人はわかっている。そういう人だと。短い間でも一緒に過ごした人の事をそう理解していた。

 沈黙が目立つようになって、神前は真剣な顔をして本題に入った。雰囲気ががらりとかわる様は、RPGなどで魔王が第二形態を見せるときのようだと冬彦は思っていたとこの後チャットアプリで送られてきた。それでも、落としてみたいと、魔王の妃のような女性でもそれはそれでいいと。心の中で意気込んでいたのだった。

「君たち、生徒会を手伝ってみない?寒葉くんから聞いて知っていると思うけど、生徒会は前生徒会の後始末だけでなく、新入生のオリエンテーションまで担当することになっている。でも、その寒葉くんは熱で休み。寒葉くんにコンタクトを取れて、動ける人間を探しているところに丁度ってこと。どうかな」

「いや、もうしわけないですけ「やります。俺らのこと好きに使ってください」おい。かぶせるな」

「本当に?よかった~私もうれしいよ」

「待て待て、俺は」

言いかけて止まった。これはチャンスなのではないかと。過去に来た理由は青春をやり直すことだ。これはメモ帳にも書いていたことで俺自身否定する気はない。冬彦を見習い、下心で接点を手に入れるために手伝った方がいいのではないのか。もしかしたら、江梨は俺がいつまでたっても変わらないから家の前で怒っていたのだと思い、決断した。

「あーもう、やるよ」

 神前はにやりと笑い、下駄箱では話しにくいからと生徒会室まで俺ら二人を案内した。生徒会室は中でバタバタと音がしつつ、指示が飛び交い、パソコンのキーボードを叩く音が外にまで聞こえてくる気がするほど、忙しそうだった。ドラマでしか見たことないけど、編集社の締め切り前みたいな感じだろう。と思って早速さっきの決断を後悔した。

「書記!十月のデータどこ⁉」「ドキュメントの上から五つ目のフォルダー!会計!今年の予算表どこ⁉」「先輩の後ろの右の棚っす!誰ですか、このパソコンにゲーム入れた人‼スペック不足でまともに動かないんだから、入れないでほしいっす!」「誰だ!生徒会室でゲーミングキーボード使ってるのは⁉うるさいぞ」「す、すいませんっす」

 困惑する俺に、キーボードはどんなの使っているのか知りたくて興奮する冬彦を見世物のように笑った。

「とまあ、こんな感じで忙しいから、君たちには期待してるよ」

生徒会室で使っていない机に座らされ、仕事内容を伝えられた。俺の主な仕事は、各部活に新入生オリエンテーションの出し物を聞いて、三分の間に収めるように交渉しろというもので。話だけ聞けば簡単に感じるが、仲介というのはなかなか骨の折れるものだった。相手の情報を効率よく引き出し、まとめなければいけない。そのうえ、オリエンテーションは二日後で、部活は全一八種と平均的な数字。問題はそこではなく、俺一人でやることにある。冬彦は生徒会室の手伝いで、帰るまで生徒会室だった。

「新入生に任せる仕事ではないけど、これで私も少しは楽ができそうでな」

 そういう神前の口元がにやける。おそらく何か考えがあるのだろう。と裏を読むが、それがなんだと聞かれてもわからない止まりだった。それでもこの高校を良くするためというのは伝わっていた。

「各部活の活動場所はわかる?」

「大丈夫です、寒葉さんからの情報とシラバスである程度は把握してます」

「良い心がけだね、君に頼ってよかったと思うよ。でも、何か問題が発生したら私に連絡してね」

 そう言って、神前はスマホのチャットアプリのコードを手渡した。横で座っている冬彦の視線が何やら痛かった。だがこれは都合がいいと考えた。保険というだけでなく、連絡先を聞く手間が省けたのだと。

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