第5話 ダイブ

「あー、おいしかった~。ビビンバなんて久しぶりに食べたよ」

「ああ、あそこのビビンバは昔からあるからな。このショッピングモールが改装される前からあったから少なくとも二十年は続いているな」

「凄い!少なくとも私より四つも年上なんだね!」

「もしかしたら俺よりも年上かもな、っと、お、お客さんかな」

ショッピングモールを出て、住んでいるアパートの階段を登りながら楽しく会話していると、フードコートでこっちを見ていた、新型デバイスをかけた女性が家の前に立っていた。

どこかへ帰りたい衝動を抑えつつ、話しかけた。

「あの、なにか。ご、ごようですか?」

「見つけたと思ったら、もう帰ってるとか信じられない」

 悪態をつきながら、新型デバイスを取った女性には覚えがあった。中学時代に同じ部活で問題を起こすことが多かった、トラブルメーカーの双子の“片割”だと。

 フードコートで見かけたときには羽織っていなかった白衣を着ていた。全体的にやや小柄で、細い手足を隠すような長い髪は太もも辺りまで伸びていた。先ほどの金髪の女性とは正反対の印象を受けていた。

俺は恐る恐る口を開いて目の前の女性の苗字を呼んだ。

「まさか、江梨・・・?」

「そうよ、よくわかったわね。そこは褒めてあげる。でも、お昼食べたらすぐ帰るとか他にやることないの?忙しくないのに直帰とかニートなの?」

「ち、違う。働いてる。今日はたまたま妹と出かけてただけで」

 江梨は渋い顔をした。

「あー。そういうことね。これは重症ね。で、シグマへの返事はどうするの?」

「へ?なんでそのこと」

「私、シグマと一緒に研究してたから。迎えに来たのよ。で、どうするの?」

 シグマからの話は一旦時間をもらい今日、返事することになっていたのだが、まさか江梨が迎えに来るとは知らされていなかった。本当こういうところは言葉足らずだ。

「俺は・・・」

 純玲を見て、断ろうとしたとき。江梨は急にキレて、子供を叱るように言った。

「そんなに妹が大事か!どんな妹か知らないけどね、妹だって人間なんだから自分一人で帰れるでしょ!」

 怒り込めた声だった。記憶の中の江梨は大きな声を出すようなヤツじゃなかったと、記憶していたので以外だった。もしかしたら、何か怒らせるようなことをしたのかもしれない。

ここはおとなしくしたがった方がいいと経験と本能が訴えている。

「わかった、わかったから行くよ。江梨頼む。・・・純玲、鍵持ってるよね。先に帰ってて。大丈夫すぐ戻るから」

「う、うん。行ってらっしゃい。お兄ちゃん」

 手短に純玲に別れを告げて、江梨にの背中を追った。

 江梨の車での移動中、社内の空気が悪くなっていた。江梨は目的地に着くまで特に会話もなかったが、江梨の独り言が何度か車内で響いていたことも原因だ。江梨はどうやら運転すると性格が荒くなる人間のようだった。

「どけや、こっちは急いでんだ」「行くのか行かないのかはっきりしろ」「はよいけ、行け、行けって」特に最後のは何度も聞いた。

アトリエに車が止まった。外壁に植物が元気に絡みついた廃墟。俺が車から降りても右往左往していると江梨が車から降りた。

「さっさと、中に入る」

「はい」

 言われたことは素直に実行する。言われるがまま中に入る。そうしないと後ろから蹴られそうな雰囲気だ。

内装は外と変わらない程荒れ果てていた。あちこちにブルーシートがかけられ、アトリエというより完全に廃墟。江梨は慣れた手つきで、奥の部屋に向かい、敷かれていたブルーシートをはぎ取った。ブルーシートの下には階段が隠されていた。推理物の小説やベタな展開で、実際に目の当たりにすると好奇心よりも不安になるものだった。

「偽装とはいえ、埃っぽいから掃除したいわね。ほら、行くわよ」

「・・・」

 間接照明が作り出す、淡い光に導かれ向かったのは無数のコンピュータが動作音を鳴り響かせている。暗いサーバー室。江梨はその先の部屋に連れて行かれた。コンクリートで囲まれた空間に、換気扇からパイプが伸ばされ、必要最低限の間接照明だけの、男なら一度は憧れる秘密基地のような部屋だった。中央には人が横たわって使われるような二つの機械が鎮座していた。VRの最先端、フルダイブ技術だろう。ゴーグルをつけるVRではなく、感覚を遮断してゲームの世界に入り込む。FDVR機器、“ミノネクト”。デバイスと言うには少々というか、かなり大きすぎるが、この時代においてフルダイブの技術は完成している。小型化はここからという時代というのを、どこかのネットニュースで見かけていた。

「ミノネクトって本当にあったのか。ネットの中のフィクションや噂だと思ってた」

「そうだよ、その雑誌をよ~く見た?シグマって書いてあったでしょ?ははっ」

 背後からシグマの声がした。相変わらず何もかもを諦めた顔で、笑っているようには見えないのに、声だけで笑っていた。前回と比べ区長や態度が違うのはシグマらしい。

「それで、ミノネクトを使って青春をやり直せと?どうやって?」

「そうだね、とりあえず中学の頃のブレザーの内ポケットに入ってたメモ帳の目標でもやってみれば?」

「な⁉」

 胸ポケットがあった位置に手を持って行く。

中学の頃、何かと使えると思って胸ポケットにメモ帳を入れていた。そのメモ帳にはシグマの言っていたように目標が書かれていた。

「そんなこと書いてたんだ、あのメモ帳」

「違う俺はただ、目標を忘れないようにって・・・」

「まぁいいか。そのメモ帳も再現しとくから参考程度に恋愛でもすればいいと思うよ」

 シグマの言葉に江梨が驚き、そのまま俺を凝視した。

「まぁ親友の私も行くから大丈夫。そもそも青春もあやふやだし、過去に戻ってから楽しむ目標を決めてもいいんじゃない?」

「シグマは、少し優しすぎませんか?」

「ここでストレスを与えて影響出てもマイナスに転ぶだけだから」

 不服そうに部屋の隅を見る江梨はミノネクトに話題を移した。

「危険性からこの国だと認可されてないもの、無理もないわね。さ、荷物をそこの台に乗せて仰向けで横たわって。シグマも」

言われた通りに横たわる。直後、下半身の方から蓋が伸びて封がされる。傍から見れば酸素カプセルに入っているように見えるだろうか、それとも、宇宙人の作ったオーバーテクノロジーのタイムカプセルに入っているように見えるのか。なんて、くだらないことでも考えていないと不安で心がどうにかなってしまいそうだった。

「純玲大丈夫かな。それにしてもVRか・・・でも、どんなに綺麗なグラフィックだろうと、どんなに現実に酷似していようと、偽物だな」

 ここにいる二人を敵に回すような発言をしても特に反応はない。防音らしい。カプセルの蓋はモニターはこっちからだけでなく、江梨の方からも見えているようで江梨は、モニターに映し出されていた数値を読み取ってむすっとして、何か小言を言った。

「な・・で・・やつ・・・で」

 横を見るとシグマもこちらを見ていた。声は届かないからか、口パクで喋っていた。

「た・の・し・ん・で」

 何か言わないといけない気がしたが、口が動かず瞼が勝手に閉じた。


海馬を検索中・・・接続完了

記憶領域に複製中・・・・・・

生体情報を読み込み中・・・・・・

深刻なエラーが248個見つかりました。修復中・・・

248のうち、51個のエラーを修復できませんでした。

>Wcord.cordx.

If(Error count <=51){

Error count = 0;

・・・・・;

・・・・;

・・・;

・・;

・;

}

『こちらで足りないところを補います。また、被検体に都合の良いように物事を回します。整合性はそちらに任せます。』

>了解しました。御武運を、マスター。

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