第3幕

翌朝、学校がない。

 何もすることがない。

 なので、仕方なく老人のもとへ。彼はいつも同じところにいる。僕の通学路のそばの公園である。早歩きで向かった。別にいなくても良い。残念とは思わない。これは強迫観念なので。

 

 老人は子供とともにいた。

 僕はまず「子供」といることに驚き、「子供」に対しても驚いた。

 れい、という名前だった、気がする。なぜ、れいが老人とともにいるのかわからない。


  

  風が止まる。


 

 僕は自分と彼らとの間に大きすぎる程の温度差を感じた。そして自我と自我の外側の世界、もしくは、「自我という精神」と「自分の体をも含む物質全般」がふわりと分裂する感覚に陥った。


 なぜ、彼が。


 永遠に続くと思われたその感覚は老人の言葉によって打ち消された。

 

 「君、元気かい」


 体に重力が戻った。

 しかし口が乾燥してうまく発音できない。

 

 老人はすこし笑うようにいった。

 

 「今、体に重力が戻った、みたいな顔じゃないか」

 「彼とどういう関係で」


 老人は驚いているようだ。それはそうだ。僕は今まで先生の話をただ聞くだけで一言も発言してこなかったのだ。そしてこの発言が初めてという訳である。

 

 老人はしばらく固まった。 そして

 「私の孫だよ」

 と簡潔に答えた。

 

 そしてれいを見た。


 れいはこちらをずっと見つめている。

 目は大きく開いていた。

 そこには明らかに恐怖があった。


 「二人はどうやら知り合いのようで」


 老人は急に笑顔になってそう言った。

 

 気を利かせたのか。


 痛みを感じる。

 なぜだろう。

 痛みを感じた。

 

 痛い。痛い。

 逃げなくてはならない。

 苦い。

 熱い。

 怖い。

 

 僕は離れた。走った。逃げた。彼らの声は聞こえないし聞きたくもない。耳をふさいだまま僕は駆ける。駆けて、駆けた結果たどり着いたのは家、ではなく川辺である。僕の理性は崩壊している。そんな状態で閉塞的な家にいた場合、爆発してしまうに違いない。僕の心の中は焦燥と劣等感で満ち満ちていた。早くしなければ老人は消えてしまう。嫌だな。ああ、嫌だ。もしそうなったら安心が消える。僕の、僕の地位が消える。れいに負けてしまうのだ。下になってしまう。嫌だ。なぜ、れい、お前が勝つのだ。服従しろ。歯向かうな。許さない。やめて。近づかないで。来ないで。来るな。壊すな。僕の世界に入るな。入らないで。お願いだから。もうやめて。もうやめてください。消えてください。お願いします。


 マテ。なぜ僕がお願いしているのだ。なぜ僕の方が服従しているのだ。

 自嘲した。

 言いなりになってはならない。

 殺してやる。

 そうだ。

 れい、お前を殺すのだ。

 これが正しいのだ。

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