88話 守る力


(アメリside)


 目の前に死の刃が降り注ぐ。時間の流れがゆっくりとなった感覚の中で自分は死ぬんだと他人事のように考えていた。


(死ぬの? 何も出来ないまま……)


 そう思った瞬間、視界が影で覆われる。気付けば砂壁が視界全てを覆うほどの規模で展開されて降り注いだ刃が止められていた。


「……お前の刃はもう見切った」


 砂壁が崩れて刃と共に落ちる。砂山に落ちた刃は傷が広がっても更に埋もれていった。


「確かに刃が触れたものは全て斬り裂くようだが……こうして砂で刃の部分以外を押さえてしまえば止められる」


 ラクルはそう言ってドウゲンへと一歩ずつ進む。その背は常に私に向いていていつでも守れる様にしているのが分かった。


「凄い……」


 目の前で起きている守護を体現したかの如き戦い方に眼を奪われる。あらゆるものを見通すかのように防ぐ姿が憧れた父様と重なる。


 その時、父様に言われた事を思い出した。






―――――


“アメリ、刀の重さは命の重さだ”


“命の重さ?”


 まだ幼い私が初めて刀を持たせてもらった時に父様は教えてくれた。


“刀は命を奪うのに適した形と重さを持っている。命を奪う力を最も発揮しやすい形と重さをな”


 手にした刀に視線を落とす。父様の言葉で重さがより増したように思えた。


“だからこそ刀をみだりに振りかざしてはいけない。刀を振るうべきものを見渡し、見定め、見切る……そうする事で自分の命が守られ、守った命が別の命を守る力になる”


 父様はそう言うと優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。


“飛燕に込められた想い……アメリにもいつか分かる時が来る。奪う力を守る力に変える事が、きっと……”






―――――


「奪う力を、守る力に……」


 どうして忘れていたのだろう。父様は刀を持たせてくれたあの時から私に飛燕を教えてくれていたのに。


 渡された刀を握る。顔を上げて目の前の光景を見渡す。ラクルとドウゲンが再び互いの刃を交差させていた。


 右腕の屍骨喰が蠢いて鉤爪のような形になる。斬馬刀に絡みつくように交差させて押さえるとドウゲンは嗤った。


「ただばら蒔いてた訳じゃねえんだよ! “喰刃群乱しょくじんぐんらん”!」


 周囲に散らばっていた射出された刃が一斉に吸い寄せられるようにドウゲンの元へと飛ぶ。矢の雨のように飛ぶ刃はラクルの背中に迫っており、砂壁を展開しても圧倒的な数で穿たれるだろうし、避けようにもドウゲンによって動きは押さえられている。


 気付けば走っていた。縮地というヒヅチに伝わる移動術で刃より速く彼の背後に着くと同時に刀を腰に構える。


 迫る刃を見据える。ゆっくりに感じる時間の中で自身の動きを想像して身体に反映させる。


 どうすれば良いか分かる。今まで何度も見せてもらってきたから。どうやれば良いか知っている。その技を身を以て体験したから。


「父様、ベルクさん……ラクルさん、ありがとうございます」


 想像と身体の動きが咬み合う感覚と共に刀を抜く。そして迫る刃にクノウから受け継ぎ昇華させた技を放った。


「抜刀術“飛燕空舞ひえんくうぶ”」


 抜き放たれた刀が刃を弾く、刀は速度を殺すことなく翻って次の刃を弾いて更に止まることなく刃を弾いていく。


 数秒して迫る刃は全て弾かれる。僅かな間に起きた事にドウゲンだけでなくラクルまで動きを止めていた。


「……後ろは大丈夫です。貴方は目の前の敵を倒してください」


 振り返る事なく告げる、それに応えるようにラクルは踏み込んでドウゲンを押し飛ばした。


「背中は任せたぞ、アメリ」


 私の答えはひとつしかなかった。

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