86話 刺激
(あの一瞬で避けるか……)
ドウゲンが自身の血で染まりながら膝をつく。腐っても大将を任されるだけあって手を離した僅かな時間に避けられた。刃が心臓まで届かなかったがそれでも傷はかなり深いものだ。
(油断は出来ない。ここで畳み掛ける!)
膝をつくドウゲンに向けて上段からザンマを振るう。質量を増加させた一撃は並の剣や鎧ごと相手を斬り裂く威力を有していた。
物体が衝突する音が轟き土煙が舞い上がる。だがザンマから伝わる感覚に顔をしかめながらも警戒を強めた。
土煙が晴れると人の骨肉から造られたような刀でザンマを受け止めるドウゲンがいる。ドウゲンは肩を振るわせながら呟いた。
「ははは……強えな、お前」
「っ!?」
膨れ上がる殺気と同時に力任せに弾かれる。跳んで下がるとドウゲンはゆっくりと立ち上がりながら傷に触れた。
「久しぶりだなぁ……今のは後ちょっと遅れたら死んでたぜ? そうだよな、戦いってのはこういうもんだよなぁ」
自らの指で傷を抉りながらドウゲンは妖しく輝く眼で俺を見る、深手の筈なのに放たれる殺気は比べ物にならないものとなっていた。
「このヒリつく感覚! 刺激があってこそだよなぁ! 屍骨喰!!」
ドウゲンが叫びと共に飛び掛かる。屍骨喰と呼ばれた刀を受け止めると衝撃が全身を伝って地面を割った。
獣のように全身を激しく動かして屍骨喰が振るわれる。その度にドウゲンの血が舞った。
(あれだけの深手でここまで動けるのか!?)
「はははははは! 本当に守りはすげえなお前! ならこれはどうだ!?」
ドウゲンは自分の傷に手を突っ込む。手を払って指についた血が目に飛んできた。
(自分の血を目潰しに!?)
血が眼に入って思わず眼を瞑る。だがすぐに耳と空気の揺れから振るわれる刃を感じ取ってザンマで防ぐ事で頬を僅かに斬られる程度で済んだ。
だがその直後にドウゲンの蹴りが腹に入る。明らかに威力が増した蹴りを後ろに跳んで軽減させると眼を拭ってドウゲンを見据えた。
(傷を負ったのに力と速さが増した? あの刀の力か?)
ザンマを構えながらドウゲンの動きに備えているとドウゲンは動きを止める。そして獰猛な笑みを浮かべながら言い放った。
「やれ、屍骨喰」
その瞬間、頬に鋭い痛みと裂ける感覚が走る。流れる血の感触から頬に一筋の斬り傷が入ったのだと分かった。
ドウゲンが矢の如く迫るのを目の前に土壁を展開する。ザンマで土壁を斬り砕くとドウゲンは下がって再び睨み合う形となった。
「へえ、普通は何が起きたか分からないで動きを止めるもんだがな」
「……生憎、訳が分からない相手と戦うのは経験がある」
「はははははは、面白えな……お前がこんな楽しめるとは思ってなかったぜ」
「……屍骨喰だったか。お前の様子とこの傷から考えて傷に関する能力だな?」
「ご名答。受けた傷がデカいほど強くなって与えた傷をデカくする……それがこいつの力だ」
ドウゲンはそう言うと屍骨喰で地面に軽く線を引く。それだけで地面に深い傷が入った。
「まあ、種明かしも済んだ事だ。ここからは全力でやろうじゃねえか」
掲げられた屍骨喰とドウゲンから凄まじい邪気が放たれる。それはまるで怨霊の叫びの如く大気を鳴らして吹き荒れた。
「
死の気配がドウゲンに舞い降りた……。
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