侯爵次男は家出する~才能がないので全部捨てて冒険者になります~

犬鷲

一部 侯爵次男が選ぶ道

第1話 侯爵次男は家出する


ベルガ王国に100年以上続く王立学園、その広間がざわざわと生徒で賑わいそこに掲示される順位表を見上げる。


前期期末考査


13位 セルク=グラントス 総合367点


「見ろよ、あれ」「あー、グラントス家の」

「やっぱ弟は弟だな」「そりゃあの人に比べるとなぁ」


貼り出された試験の結果を見ながら俺、セルクはため息をつく、この結果は自分なりに頑張った方だし学年でも上位の成績ではあるのだが…。


「またこんな結果なの?」


後ろから声を掛けられて振り返る、そこには腰まで伸ばした赤色の髪をたなびかせた怜悧な雰囲気を纏った少女、ブレイジア公爵家の令嬢テレジア=ブレイジアが立っていた。


「私の婚約者でありながらこの有り様だなんて、剣術はともかく座学ではどれかひとつでも良いから私より上回って欲しい所だわ」


「…そうだな」


俺の婚約者であるテレジアがくどくどと俺に対する愚痴を出す、公爵令嬢たる彼女と侯爵家の次男である俺は立場上言い返す事が出来ず、それに半ば諦めの境地で聞き流していた。


はあれほど優秀だというのに」


「っ!」


その言葉に思わず拳を握り締める、思わず怒鳴ってしまいそうになるのを堪えて踵を返した。


「貴方の努力は認めるけど…って、ちょっと!?」


後ろから掛けられる声を無視して広間を出ると学園を後にした。







―――――


バドル=グラントス


グラントス侯爵家の長男であり俺の兄貴、数年前に学園を卒業したが在学中、剣術、魔術、座学とあらゆるもので首位を取り、その余りの優秀さにベルガ王国の神童と謳われ、王族から婚約の申し出が来るほどだった。


対して俺にはそれほどの才能はなかった、どれだけ努力をしても、多くの人から教えられても兄貴には及ばなかった。


(バドルならばもっと早く習得したぞ)

(お兄様ならこれぐらいすぐに理解できたのですがね…)

(バドル様の様にはいきませんね…)

(どうしてお前は…)


親からも、教師からも、俺の周りにいた人達は常に優秀な兄貴と比べ続けた。


(どうしたセルク?なにか分からない所があるのか?)


だが兄貴を恨んだりした事はなかった。


(セルクはセルクだよ、それに俺は兄ちゃんなんだからセルクより先にいないとカッコ悪いだろ?)


仕方なかったのだろう、それだけ兄は優秀だったし俺にとっては周りと比較してくる人達ばかりの中で数少ない俺を気に掛けてちゃんと見てくれた優しくて良い兄貴だった。


だけどその兄貴も侯爵家を継ぐ為に多忙な日々でしばらくは会っていない、会えない時にしていた手紙も今じゃやっていない。


家に戻っても親や世話役に、学園に行っても教師や生徒達に、いるのはただただ兄貴と比較してくる奴等ばかりだ。


「…やってられるか」


誰に聞かせるでもなく呟いて歩き出す、もはや習慣と化したいつもの寄り道をする為に…。







――――――


「はあぁっ!」


気合いの声と共に剣を振るう、目の前に迫ったオークの腕を斬り飛ばすと返す刀で剣を喉に目掛けて叩き込む。


「ガッ…ゴォ…」


後頭部から刃が突き出るほど剣を喰い込ませて力任せにオークの腹を蹴る、蹴られた勢いそのままに倒れたオークの体は塵と化すと地面に血の様な赤い石、魔石が落ちる。


(そろそろか…)


魔石を拾って剣をしまいながら森を後にする、学園の近くにあるこの森は数こそ少ないが魔物が出る、学園の実戦授業として保有されているがストレス解消の為に誰にも言わずにここに通っていた。


(少しだけすっきりしたな)


今の戦い方を学園の教師が見たら貴族や騎士の戦い方ではないと咎められるだろう、だが学園で教えられる剣術は俺には窮屈に思えて周りの目がない時はこうしてやりやすい戦い方をしている。


なにより戦ってる時は周りの声も自分の無才さも考えてる暇はない、自分の思うがままに戦うと普段の息苦しさも鬱屈した気持ちも晴れると気付いてからはこの森にはほぼ毎日と言って良いくらい通っていた。


(そうだ、明日は学園を脱け出して来ようかな?)


今までなんで思いつかなかったのかと思いながら日が落ちる前に森を出て家に帰る、玄関を開けるとメイドが出迎えた。


「お帰りなさいませセルク様、お疲れの所申し訳ありませんが旦那様が帰り次第書斎に来る様にとの事です」


「ただいまって…え、親父が来てるのか?」


親父であるダラン=グラントス侯爵は兄の引き継ぎの為に一緒に領地に行っていた、この家も王都に用がある時に来るくらいで普段は学園に通う俺と使用人しかいない。


(会いたくねえ…)


親父は昔から兄貴と比較してくる人達の筆頭だ、以前兄貴にそれを注意されてからは鳴りを潜めているが二言目には兄貴を見習えと言ってくる様な人だ。


気が滅入りながらも重い足を動かして書斎へ向かう、ドアをノックすると「入れ」と言われて感情を押し殺して書斎に入った。


「お久しぶりです、こちらに来るとは伺ってませんでしたが王宮での仕事でしょうか」


机の向こうに座る額に眉間を寄せた親父に向けて声を掛ける、親父は少しだけ沈黙していると鋭い目を向けて口を開いた。


「最近帰りが遅くなっていると聞いているがなにをしている?」


挨拶もなにもなくそう問われる、晴らした筈の鬱屈した気持ちが再び湧き上がるのを感じながらも顔に出さずに答える。


「自主鍛練です、少しでもバドル兄さんに追いつく為にもと思いまして」


俺がそう言うと親父は目線を逸らさないまま言葉を放った。


「ラティナから聞いたぞ、最近森に行って魔物と戦ってるとな…それが鍛練だと?」


「っ!」


ラティナとはさっき俺を出迎えたメイドだ、うちには長く仕えていて子供の頃は兄貴と俺の世話役でもあった、今はこちらで俺の世話役としてメイド長の様な立場にいる。


(気付かれてたか、しかもよりにもよって親父に報告したのか!)


内心で舌打ちしながらもなんとかそれらしい答えを出そうとする。


「はい、模擬戦よりも実戦の方が得られるものが多いと…」


「ふざけるな!!」


言葉にしようとした途端に親父の怒鳴り声が響いて遮られる、親父は怒りを顕にして俺にまくし立てた。


「万が一にも不慮の事態になったらどうするつもりだ!侯爵家の子が考えなしに森に入って魔物に殺されたなどと言われてみろ、貴族どころか民達からも失笑されるわ!お前の婚約先の公爵家からもその様な愚か者に娘を嫁に行かせようとしたのかと非難されるだろう!ただでさえバドルと比べて…」


親父から浴びせられた言葉が胸に突き刺さる、確かに魔物と戦う以上万が一は起こり得る、だがそれは心配しているのは俺ではなく家名なのだと突きつけられた。


親父はハッとした顔をすると息を吐いて椅子に座り直した。


「…ともかく、明日からは送迎の馬車を出す、寄り道も森に行くのも許さん」


「なっ!?待ってくれ!黙って行ったのは謝る!次からは一人で行ったりなんか…」


「これは決定事項だ、それと…」


取り付く島もなく言い切られる、発言を覆す気はないという明確な意思表示だった。


「…ざっけんな!!」


それでも胸に湧き上がる憤りを抑え切れず叫ぶ、何かを言い掛けていた親父に一瞥も暮れずドアを勢い良く開けるとすぐ傍で待機していたのかラティナと目があった。


ラティナを思わず睨みつけるとビクリと体を震わせて顔を驚きに染める…そういえばこうして誰かに怒りをぶつけるのは久しぶりかも知れない。


「クソが!!」


部屋に戻って鍵を掛けると拳を机に叩きつけて八つ当たりする、それでも気は晴れず机に罅が入るほど何度も叩きつけて荒い呼吸を繰り返した。


「息抜きさえ…許されねえのかよ」


掠れる様に出た言葉と共にふらふらとベッドの上に身体を倒す、気付けば眼から熱い雫が顔を伝って落ちていた。


天井を見上げながらふと思い出す、学園に入る前に兄貴と二人で話した事を。


―セルクはセルクだよ。


「…俺、頑張ってきたんだ」


―侯爵家を継ぐのは俺がやりたいと思ったからやるんだ、だからセルクもそうして良いんだ。


「才能がないなりに…兄貴みたいになりたくて…頑張ったんだ」


―誰かに言われたからじゃなくて…セルクがやりたい事をやってくれ。


「でも、ごめん…」


―俺はセルクが凄い努力家で諦めない奴だって知ってる、俺にとって自慢の弟なんだからさ。


「此処じゃあもう…頑張れねえや…」


15年生きてずっと心の奥底で溜まっていった感情、目を逸らしてきた事実は心を折るには充分過ぎた。


「此処には…俺を見てくれる人なんかいねえんだから」


起き上がって散らばってしまった紙とペンを取ると一人に向けては出来るだけ丁寧に、他に向けてはこれまで言いたかった事を簡潔に書いていった…。






―――――


月が雲に隠れて王国のほとんどの人が寝静まった暗闇の中を風の様にひとつの影、フードを被った少年が走る。


フードを被った少年は王都の城壁に辿り着くとすぐ下の石畳に触れる、少しして石畳の一部が外れて人一人通れるくらいの穴が現れた。


それは貴族にだけ教えられている抜け道のひとつだった、石畳の蓋を嵌め直しながら暗い抜け道を初級の光魔術で照らしながら進み、そして抜け道から這い出て城壁の外に出ると広がる平原に向けて歩き出す。


少ししてフードを被った少年は振り返る、雲に隠れた月が顔を出して王都の姿を淡い光で包んだ。


(ごめん兄貴、多分心配するだろうし迷惑掛けるだろうけど…迷惑掛けるのは、これが最後だから)


フードの下で名残惜しさを感じさせる様に唇が結ばれる、だが踵を返すと王都を背に少年は走り出した。


(今から走っていけば朝にはイーラウに着く、そこでこれまで貯めた魔石を換金して…本格的に寝て休むのは船に乗った後で良い)


向かう先は王都の玄関口と呼ばれる港町、そこからその存在を知ってからはいつかはと思っていた別大陸に渡ろうとしていた。


なにもかもを投げ出し、逃げ出した少年の出発を夜空に浮かぶ月だけが見届けていた…。

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