04 勝利BGMの〆は金属音で



「……空想家……?」


 綴られた言葉を繰り返す。

 

「くうそうか……くうそうかって……え?」


 呟いていくと、やっと理解が及んだ。

 やっとの思いでやってきた最終階層の宝箱から出てきた【ランダムスキル本】。

 それから出てきたスキル。その名は空想家というらしい。


「……なに、それ……もっと……挽回できるようなスキルで」

 

 ──ダンダンダンダンダン! ダン!! ダン!!!


 足音がゆっくりになるにつれて、耳に入る音が大きくなった。


 ボクの体に大きくて、暗い影がかかった。

 上の天蛍石に照らされる犬っころの顔は酷く恐ろしい顔をしている。

 ボクがスキル本を開いて、それに理解をするまでの時間はコイツにとっては欠伸をするほど悠久の時間だったのだろう。

 口元から垂れてくる質量のある涎はボクの腹部の上に落ちてきて、服の染みに変わる。

 すぐに殺そうとしないのは、ボクが動けない体だと分かっていたからか。

 

『RRRRRRRRRRR』


 眼の前にある肉塊ボクをどう食そうかと悩み、犬っころは嬉しそうな音で喉を鳴らした。

 それを顔の上で聞きながら、疲れたように口元を歪める。


「……もっとさぁ、敵を一撃で殺せるようなスキルとかをさぁっ」


 ──『犬っころ』が振りかぶった。


「もっと、もっとこう、なんか……カッコいい感じのをさぁ。……盾とかでも良かったのにさぁッ!」


(ほんとうになんで本なのよ! 水無瀬が死んじゃうじゃない!)


「もうシャルロットが出てきてくれたら良かったのに! こんな犬くらい倒せるでしょ!」


(出れるなら出たいわよ!)


 スキル本を見ても、なにもならなかった!

 結局、ボクのこの2年間は無駄だってことか!?


「あーーーもーーーー最悪だああああ!!」


『もー、泣かないの!!』


 ──ガギンッ。


 金属の音が響き、犬っころが驚く声がそれに続いた。

 そして──

 

『っと……?』


「え?」


 届くはずの衝撃が届かず、鼻にはふわと香る甘い香りが届く。

 そして、女性の困惑した声がボクの目を開けさせた。


『ありゃ、これどうなってるの?』


「シャルロット!?」


 そこにいたのは、ボクの空想友達イマジナリーフレンドのシャルロットだった。



       ◇◇◇



 シャルロット。女性。年齢は──(本人の要望により非表示)


 光を放ってるのかと思えるほど赤赤とした長髪をポニーテールで括り、銀の鎧の下からでも存在感を隠しきれていない双丘は男の目を惹き付ける。民衆を護るヒーローであり、子どもから大人までに色んな意味で人気がある騎士だ。


 そんな彼女は、三英雄が一人『モードレッド』の妹。

 同じくモードレッドに鍛えられた主人公のことを気にかけるお姉さんのような一面を見せながら、金をせびってくる欲深い一面も見せてくる。

 扱う武器は龍種の爪を加工して造られた紅白色の一振りと、聖都に所属する騎士に与えられる盾。


 そんな彼女が今、ボクの目の前にいる。


『どわ。水無瀬! なんっ。ってちっさ! えっ!』


「そんなの今はいいから前っ、まえまえッ!!」


 攻撃が無力化された犬っころは、再度、その重機のような大きな手を振りかぶっていた。

 一秒もない間に命の危機に晒されたからか、ボクの体は硬直して動いてはくれない。

 

『──ッ!』


 そんな惨めなボクの体を彼女は小脇に抱えて距離を取った。


「シャルロット……」


『なにビビってんのさ水無瀬。ワタシはあの英雄モードレッドの妹。こんなワンちゃんなんてたっくさん倒してきたんだから!』


 長剣を構える彼女の口元には勇気が見て取れた。

 そうだ。彼女が倒した魔族は数知れず。英雄に鍛えられたのは伊達じゃない。

 なんで彼女が現れたかは分からないけど、シャルロットなら犬っころにでも勝てる!!


 どこからか勝利BGMが聞こえてくる気がした。

 

「じゃあ、勝とう……! シャルロット!!」


『任せられた。ワンちゃんには恨みはないけどっ、この剣のサビにしてくれよう!』


 声高々に叫ぶ彼女は、迫りくる犬っころに長剣を振るおうとして──


『GYAO』


 パリンッ。


『え』


「え」


 ぽろっ。


『あ、え、え、あ?』


「なんっ、ぶき、え。先、ないけど」


『あ、へっ。ふ、ふぇ……ワタシの武器っ……』


 一瞬の出来事だった。

 犬っころが前足をブンッと振るうと剣の刃先は元々そういう形だったのかと思えるほど、呆気なく壊れてしまったのだ。

 自分の武器が壊れてしまったことに絶望をして震えるシャルロットの前で、再び前足を振り上げる犬っころ。


 ──まずい。もろに攻撃を受けたら……!


「シャルロット──ッ!」


 錆びたような体を強引にねじ込んだは良いが、視界いっぱいに広がる前足に臓器が一斉に飛び上がった。

 

 ──死ぬ──


 シャルロットの武器は壊れた。

 ボクも手持ちの武器なんかない。

 ダメだ。

 いよいよ、終わった。

 このまま食らったらさすがに死ぬ。

 なにか防げるものさえあれば。

 

 ──どんな攻撃でも防ぐことのできる盾とか。


 そうだ。

 盾とかあれば。頑丈でとにかく『でっかい盾』かなにかアレば。


「……ッ!」


 だが、そんな都合よく盾が出てくる訳もない。

 現実はそう上手くいかないものだ。

 死への恐怖から逃れるようにギュッと瞑った瞼。それが、一瞬、燃えるような橙色に包まれたかと思うと──


 


「〜っうッ!?」


『キャッ!!』

 

 『犬っころ』の御手によって体が入り口の扉の奥に飛んでいく。

 背中から地面にぶち当たり、視界が霞んで上と下に黒縁がかかった。


『……ぁ、う……っ』


 すこし離れた所にシャルロットが見えた。同じく気を失いかけている。

 そんな彼女に手を伸ばして、白くて力強い手を握った。

 温かい。人肌なんて久しぶりに触れた……。

 

(アレ、でも……なんで、ぼく、生きて……)

 

 ぼやける視界が思考をも曇らせる。

 ……はやく、ここから離れないと。

 アイツが……犬がまだ、こっちに来ようとしてるから。


『GRRRRRRAAAAA!!』


 怒り狂ったような鳴き声と同時にギギギと錆びた扉が閉まる音が聞こえた。

 それがなんの音なのかも分からないまま、思考力と五感の結びつきが無くなった。


 ──【◯◯◯が◯◯しました】──


 ノイズが走り、目の前になにかが現れた。

 それの正体を探ることを放棄した頭。

 閉まりかけている扉めがけて突っ込んでくる『犬っころ』の姿。

 まつ毛が橋をかける眼。


『GAAAAAAAAAAAA!!』


 聞こえてくる咆哮。


 それをただただぼぉっと見つめている自分。

 

 目を血走らせる犬っころは小さな扉に向けて口を突っ込んで来て。

 

 ──ガヂンッと、歯が合わさる。

  

 ぶわ、と腐ったようなニオイを乗せた暴風が髪を逆立て──ボクの意識はそこで途絶えた。

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