リバーシブル・エッグ
深川夏眠
rebirthible egg
梅雨明け 相次いでひっそり瞑目す 世にも幸福な老夫婦
洗濯 掃除 散歩 煮炊きをしても ひとりきりでは長い一日
誰からも 見舞いはなく静かなり 死亡通知を出したというのに
昼下がり休憩がてら手を伸ばす 祖母の愛した鳥類図鑑
小腹を満たすカスクルートの具 スクランブルエッグ 照り焼きチキン
祖父珍玩の黒電話ジリリ不意に鳴り出す前世紀の遺物
あわてて耳に当てた受話器 カサカサと「サワダさんですか」「ちがいます」
丑三つ時 片隅をふと見やれば あえかなる青白き光が
好奇心そそるルシフェリン 不安げに揺れ動くハンプティダンプティ
目覚めると変哲なき楕円体 話し相手になるかと思えば
さりながら無聊を慰むるは巨大な殻 エピオルニスもかくや
朝な夕なに撫でさするそれ 自在にへこむビーズクッションの上
王冠を捧げよう イミテーションだけれど よく似合う黄のビロード
のっぺらぼうにカイゼル髭ツンと
ほんのり温かいドラジェに似た
卵殻膜の中で見る明晰夢 腕を上げ掻き分ける羊水
思い出と死者の立像 渦を巻き 笑顔なみだで滲み薄れる
攪拌される卵白の海 変容を悟る 性のない
そよ風が髪をくすぐった刹那 聞こえた「お誕生日おめでとう」
祖父母が愛でた卵より再誕す 顔さえ知らぬ親からでなく
リバーシブル・エッグ 深川夏眠 @fukagawanatsumi
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