風牙忍法帖 ~忍んで歌って“わんっ!”だふる!~

市川タケハル

見習い忍者犬 八咫鳴風牙

 オレは八咫鳴風牙やたなるふうが。見習い忍者犬だ。

 忍者なのに歌うことが大好きで、忍術の修行そっちのけで歌ってばっかり。

 おかげで忍者の里の里長に「里の外で勉強してこい!」って叱られて、里から追い出された。

 でも、元から里の外に興味はあったし、退屈な忍術の修行をしてるよりはいいかなって。そんなこんなで、相棒の妖犬風丸かぜまるとともに里の外に出てきたはいいんだけど……。


「ここって、どこ……?」

 完全に迷った……。そう言えばオレ、里の外のこと何にも知らないんだった……。

 相棒の風丸も困ったようにキュゥーンと声を出している。

「と、とにかく歩こう! 歩いていれば、誰かに出会うかも知れないし」

 オレは風丸を励まして、また歩き出す。


 しばらく道を行くと、向こうに小さな建物が見えてきた。

 茅葺かやぶきの屋根に葦簀よしず張りの小屋。遠目からでも分かる『団子処』の看板。

「…………!」

 それが目に入った瞬間、思わず走り出した。


「お団子くださーーーーい!!!」

 茶屋の前で叫ぶ。腹の底から出た叫びで、オレ自身の鼓膜が破れそうなくらいだ。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ……」

 茶屋からお姉さんが顔を出す。ちょっと迷惑そうだ。反省……。

「す、すみません! お腹が空いてたのでつい大きな声を出してしまいました!」


「お腹が空いてる割りに元気だねえ」

 お姉さんがクシャッと顔を崩して苦笑いをする。

「はいっ! 元気なのが取り柄なんで!」

 オレは握りこぶしを上げて答える。他ならぬ、自分を元気づけたくて。

「ははは、元気なのはいいことね。で、お団子だっけ? 持ってくるから少し待っててね」

 お姉さんはそう言うと、茶屋の中に引っ込んでいく。

「はーい! 待ってまーす!」



「へえ、そうなんだ? 忍者の里を追い出されたのかい」

 お姉さんが心配そうに話しかけてくる。

「そうなんですよ。だって、忍術の修業って退屈で……モグモグ」

 オレはお団子を頬張りながらお姉さんに答える。やわく弾力のある食感でさっぱりとした甘さの三色団子は、オレが忍者の里で食べていたひえの団子の十倍は美味しい。こんな美味しいものを食べれるなんて、やっぱり里を追い出されて良かったかも知れない!

「忍者なのに忍術の修業が退屈って……。なんだか面白い子ね」

 お姉さんは今度はケラケラと楽しそうに笑う。

「いやあ、まあ……」

 ちょっと照れくさい……。


「ごちそうさまでした!」

 お団子を食べ終える。

「お粗末さまでした。そいじゃ、お代をいただこうかしらね」

 …………お代? あ、しまった……!

「あれ? もしかして……?」

 お姉さんはオレの引きつった表情を目ざとく見つけ、ジト目で見てくる。

「あ、いやっ……。その……」

 ヤバい……。里を出たばっかりでお金なんて持ってない……。里長ぁ、少しくらいはお金持たせてくれても良かったじゃんよぉ……。


「す、すみません! 実は、お金持ってなくて……」

 持ってないものは持ってない! 誤魔化しても仕方ない。オレはお姉さんに謝る。

「そう? 困ったなあ……。お代が出ないなら、このまま行かせることはできないな」

 お姉さんは困り顔だ。

「本当にごめんなさい! オレに出来ることなら何でもするから、どうか許してください!」

 オレは頭を下げまくって必死に謝る。

「出来ること……?」


「そう、オレに出来ること! 例えば……あ、歌! オレ、歌が得意なんです! 忍者なのに歌うことが大好きで!」

 そう言って照れくささ感じて苦笑いをする。歌は好きだし得意だけど、誰にも歌っているところを見せたことがないや……。

「分かった。じゃあ、歌を聞かせて? それでお姉さんを満足させてくれたなら、許してあげる」


「はいっ! 分かりました!」

 オレはお姉さんにピョコンと一つお辞儀をして、息を整える。

「見習い忍者犬の八咫鳴風牙、歌います!」

 精一杯の元気で声を張る。そして、オレは歌いはじめた。

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風牙忍法帖 ~忍んで歌って“わんっ!”だふる!~ 市川タケハル @Takeharu666

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