第25話「売り込み:中編」

 統一暦一二〇六年十一月十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、マルクトホーフェン侯爵邸。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 第二騎士団の参謀、バスティアン・フォン・シェレンベルガーからグレーフェンベルクが死病に冒されているという情報を得た。

 シェレンベルガーはこの情報を使うことを提案してきた。


「まずグレーフェンベルク伯爵が後継者に指名するのは第三騎士団長のホイジンガー伯爵であることは間違いありません。伯爵位にあるのは彼だけですし、第一騎士団長は能力的に、第四騎士団長は経歴的に劣っていますので」


 マンフレート・フォン・ホイジンガーは四年ほど前に第三騎士団長に就任し、先のヴェヒターミュンデの戦いでも功績を挙げており、グレーフェンベルクの後継となってもおかしくはない。


「その通りだな」


 私と同じ認識であり、頷いて先を促す。


「そして、現在の騎士団を動かしているのはグレーフェンベルク伯爵とラウシェンバッハ殿です。実質的にはラウシェンバッハ殿が考え、それをグレーフェンベルク伯爵が承認する形で行われております。当然、この体制はホイジンガー伯爵になっても変わらないと考えます」


「そうだろうな。だが、それならグレーフェンベルクが死のうが変わらぬのではないか?」


 私の疑問にシェレンベルガーは小さく首を横に振る。


「ホイジンガー伯爵にグレーフェンベルク伯爵と同じだけの度量があれば、閣下のおっしゃる通りでしょう。しかし、ホイジンガー伯爵は保守的であり、ラウシェンバッハ殿の考える策を、常に驚きをもって聞いておられます。現状ではグレーフェンベルク伯爵が承認し、ほとんどのケースで成功しているのでラウシェンバッハ殿との関係は良好ですが、自身が決断するとなると、グレーフェンベルク伯爵ほど大胆に承認するか、微妙だと考えています」


「その可能性はあるかもしれんが、ホイジンガーとて武人として無能ではない。決断をためらうとは思えん。それにこのこととグレーフェンベルクが死ぬまでの時間を使う策とどう繋がるのかが分からん」


「現在ラウシェンバッハ殿は士官学校の教官に過ぎません。つまり、本来なら何の権限も持っていないのです。ホイジンガー伯爵だけでなく、多くの者が役職に就いていない者からの策をそのまま受け入れることにためらいを感じています。そのため、グレーフェンベルク伯爵は参謀本部という組織を作り、そのトップにラウシェンバッハ殿を置こうと考えているのです。騎士団の頭脳である参謀本部からの提案であれば、ホイジンガー伯爵も承認することをためらう可能性は低くなりますから」


 参謀本部設立は騎士団の強化だと単純に考えていたが、そのような理由があったのかと思わず頷く。


「なるほど。要は参謀本部を作らせなければ、ホイジンガーはラウシェンバッハの声を聞かない。ホイジンガー自身は武人であっても謀略家ではないから、ラウシェンバッハと切り離せば、こちらの思い通りに誘導することは可能だということだな」


「その通りです。参謀本部設立を認めないことに加えて、ラウシェンバッハ殿の子爵位相続もできる限り妨害し、彼が重要なポストに就けないようにすべきでしょう」


 言っていることは分かるが、それができるかは微妙だ。


「子爵位の継承を妨害すると言っても、ラウシェンバッハ家にはマティアスの他に弟がいたはずだが、家臣を含め、マティアスを支持していると聞く。そのような状況で現当主が申請した者を認めぬということは不可能だ」


「マティアス殿は帝国と繋がっているのではないかという疑惑を何度も持たれております。閣下が宮廷書記官長に就任されれば、そのことを盾に認めないということも可能ではないかと」


 宮廷書記官長は貴族に関する取り決めなどを扱う役職だ。当然、宮廷書記官長に相続の申請が来るので、できないことはない。


「確かにそれならできぬことはないな。まあ、よくて一年程度だろうが」


「疑惑が何度も浮上してくればよいだけです。そのために皇帝を利用すればよいのですよ。閣下ならそれがおできになるはずです」


 そう言って私の目を見る。

 私と皇帝マクシミリアンが密かに繋がっていることを知っているのか、それとも鎌をかけてきただけのかは分からないが、そのことを示唆してきた。


 私を試すような視線に僅かに不愉快になるが、その考え自体は有効だと思った。しかし、すぐには頷かない。


「面白い考えだが、卿が信用できるという前提がいるな。ラウシェンバッハは疑惑が浮上するたびに見事に切り返している。あえて私に疑惑をでっち上げさせて、それをもって私を処断するという策の可能性は充分にあるのだから」


 シェレンベルガーは私が信用できないと言ったのに、平然としたまま表情を崩さない。


「その用心深さは必要でしょう。ですので、まずは私が動き、それをもって信用に値するかを見極めていただければと思います」


「卿が動くと言っても、ここに来たことを知られれば、騎士団を辞めざるを得ん。爵位もなく、騎士団での地位を失った卿に何ができるのかな?」


「騎士団の中に不和の種を蒔くのですよ。閣下に会った私から、閣下のところに来れば爵位を継ぐことができるという噂を流します。騎士団の隊長や参謀には貴族の次男や三男が多いのです。彼らは騎士団の中で出世することで、爵位を勝ち取るか、よい養子先を見つけるかで、貴族としての身分を維持しようと考えております。そこに一石を投じることで、誰が信用できるのかと疑念を持つことになるでしょう」


 なかなか嫌らしい手を考えると思ったが、この策には重大な欠陥があることに気づいた。


「確かに騎士団の中に不和の種は蒔けるが、私が支持を得ようとしている嫡男たちにも私に対する疑念を生じさせることになる。それが狙いではないのか?」


 私は現在、中立派の貴族の嫡男を我が派閥に入れようと動いている。その妨害のためという可能性は充分にあった。


「疑念を生じさせてもよいのではありませんか?」


 言い訳をしてくるかと思ったが、平然と言い放ったことに驚きを隠せない。


「どういうことだ?」


「嫡男たちにも危機感を持たせた方が、閣下は支持を得やすくなります。閣下は来年には宮廷書記官長になられるのです。そして、ラウシェンバッハ殿の爵位継承を認めないという姿勢を見せれば、閣下を支持しない者は爵位を継げないと恐れるでしょう。そうなれば、中立派はもちろん、グレーフェンベルク派の貴族であっても、閣下にすり寄るしかありません」


 なるほどと思ったが、簡単には頷けない。


「面白い考えだが、卿が裏切らぬという前提であることに変わりはない。この策は私を支持する者たちの切り崩しにも使えるのだからな」


「では、私が勝手にやりましょう。閣下は私からのこのような提案があったが、拒否したと公言されればよろしいかと。その結果を見て判断いただければと思います」


 これならばシェレンベルガーが成功しようが、失敗しようが、私にリスクはない。


「よいだろう。ところでシェレンベルガー家の相続はいつを予定しているのだ?」


 その問いで初めて彼の表情が変わった。僅かに顔を歪め、憎々しげな表情を浮かべている。


「来年早々と父は言っておりました」


 二ヶ月弱で私に見える結果を出すのは難しいため、表情が変わったのだろう。


「では、早々に結果を出さねばならんな」


「分かっております。短期間で閣下にご満足いただける結果をお見せいたします」


 そう言って会談は終了した。


 年内に私が確認できるほどの結果を出せるなら、我が配下に加えてもよいだろう。

 アイスナーを失い、エルンストが早期に期待できない今、この男の能力は私の役に立つ。


 私はラウシェンバッハに対する謀略を行うべく、皇帝にこの情報を送り、協力を依頼することにした。

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