第23話「結婚」
統一暦一二〇四年六月六日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
初夏というにはまだ早いが、爽やかな晴天の日々が続いている。
五月の末に、ゾルダート帝国のゴットフリート皇子が元帥に昇進し、第三軍団長に就任したという情報が入ってきた。
戦争の天才である彼が三万もの兵力を使える地位に就いたことはグライフトゥルム王国にとって危険なことだが、それ以上に危険なマクシミリアン皇子に対抗させ、帝国を混乱させなければならない。
今もマクシミリアン皇子に対するネガティブキャンペーンは続けており、今回のゴットフリート皇子の昇進は元老や帝都市民から好意的に見られている。
一方のマクシミリアン皇子だが、南部鉱山地帯のゲリラをほぼ排除したらしい。
方法は巧妙で、無防備な補給部隊をわざと攻撃させ、引き上げていくゲリラを尾行し、協力している村を特定する。
更にその村にいる村人を金や脅迫を巧みに使って裏切らせ、ゲリラと村人の間に不信感を募らせる。
そうしておいた上で、ゲリラに扮した帝国兵が村人を殺害し、協力関係を破綻させていく。
そうやって地道に拠点を一つずつ潰していき、起死回生の無謀な攻撃を行わせて、ゲリラの主力を殲滅した。まだごく少数が残っているらしいが、拠点もなく、兵力の補充もできないため、先細っていくことは間違いない。
これで皇都リヒトロットの攻撃拠点であるエーデルシュタインへの補給線の安全は、確保できたと言っていいだろう。
対ゲリラ戦について詳しいわけではないが、マクシミリアン皇子の対応は見事としか言いようがないほど完璧だった。
この功績でマクシミリアン皇子も元帥に昇進し、第二軍団長か、新たに結成される第四軍団長になるのではないかと噂されていた。
そんな暗いニュースがいくつも入ってきたが、私の気分はとてもいい。
今日、私とイリスの結婚式が行われるからだ。
今日は休日ということで、我が家には多くの招待客が来ている。
ラザファムとハルトムート、ユリウスは当然として、ロマーヌス・マインホフ教授ら学院関係者やモーリス商会の商会長ライナルト・モーリスも顔を見せている。
多くの招待客と言っても王都の貴族街にある子爵家の屋敷であるため、両家の関係者を含めても五十人ほどだ。また、帝国の諜報局の目があるため、グレーフェンベルク伯爵やホイジンガー伯爵など騎士団関係の大物には遠慮してもらっているため、常識的な人数と人選になっている。
この国の結婚式だが、比較的シンプルだ。王家から平民まで信仰している
貴族の場合、その後にパーティを行うことが多いが、子爵以下の下級貴族は簡単な立食形式のものだけで、結婚式と合わせても三時間ほどしか掛からない。
招待客を出迎えていると、騎士団の正装に身を包んだラザファムたちが、花嫁を待つ私のところにやってきた。
「なかなか似合っているじゃないか」
ハルトムートがからかってくる。
今日の私の服装はいつものチュニック姿ではなく、貴族らしい正装だ。白いブラウスに鮮やかなグリーンの上着、幅の広いネクタイのような白いジャボ、それに白いスラックスに磨き上げられた黒いブーツだ。
王宮に行く時の格好に似ているが、それよりも華やかな感じになっている。
全く似合っていないとは思わないが、どうにも窮屈であまり好きではない。
「マティが義理の弟になるのか……分かってはいたが、奇妙な感じだな」
ラザファムがそう言ってきたが、それは私も同じだ。既に七年以上一緒にいるため、この関係が変わるという気がしない。
「
そう言ってからかってしまう。
「気持ち悪いな」
本気で顔をしかめているが、その様子にハルトムートとユリウスが噴き出す。
そんな感じで時間を潰していると、今日の主役である花嫁イリスが母親であるインゲボルクと一緒に姿を見せた。
彼女は普段しない化粧をしっかりとしており、シルバーブロンドの髪を結い上げ、髪飾りや金色のイヤリングを着けているため、いつもより色気のようなものを感じている。
身に纏っているドレスは純白のものではなく、深いブルーと煌めくシルバーが印象的なものだ。
デザインは高いウエストラインから緩やかにスカートが開いていくシンプルなもので、Aラインと呼ばれるものだと思うが、私自身は詳しくないため、名前に自信はない。
王宮である舞踏会の時より女性らしさを強調しており、思わず見惚れてしまった。
「何か言ってやれよ」
ラザファムに小声で言われて慌てる。
「きれいだよ。思わず見惚れてしまった」
「ありがとう……」
彼女も緊張しているのか、声が小さい。
「あらあら初々しいわね」
義母になるインゲボルクがからかってくる。
花嫁が現れたということで、父リヒャルトや母ヘーデ、姉のエリザベート、弟のヘルマンもやってきて、彼女のことを褒める。
「これほど美しい花嫁を娶ることができるとはマティは幸せ者だな」
父がそういうと、母が大きく頷き、僅かに目を潤ませている。
「本当にそうですわね。あのマティがこんなきれいな方と結婚できるなんて……」
幼少期は身体が弱かったことから、成人するまで生きられないと言われており、そのことで感極まったようだ。
義父になるカルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵も招待客の輪から離れて、こちらに来た。
「とてもきれいだよ、イリス。いつもそうしていてくれたら、もっといいのだがな」
イリスは普段男装していることが多いため、そのことを言っているのだが、伯爵も愛娘の結婚ということで少し目が赤い。
やはり男親というのは娘の結婚に思うところがあるのだと、場違いなことを考えていた。
いろいろと言われているが、今日の彼女は何重にも猫を被っているようで、いつもとは違う柔和な笑みで対応していた。
フィーア教はその名の通り、
私たちがすべての聖獣に誓いを終えたところで、神官が出席者に対して結婚を宣言して式は終わった。
その間わずか二十分ほど。
ダラダラとやられるよりいいので文句はないが、神官には安くない謝礼を払っているので、時給にしたらいくらになるんだろうと変なことを考えてしまった。
パーティではドレス姿の彼女の腕を取り、招待客のところを回って、挨拶をしていく。
まず親戚だが、我がラウシェンバッハ子爵家は侯爵家との繋がりがなく、伯爵家もエッフェンベルク伯爵と初めて縁ができたくらいで、ほとんどが子爵以下だ。
母ヘーデの実家であるバーゼルト子爵家や、姉エリザベートの嫁ぎ先であるゲストヴィッツ子爵家が主だった貴族家だ。
父の弟である叔父がいるが、独立後に新たに騎士爵家を立ち上げ、王家直轄地の代官として田舎に赴任しており、この場にはいない。
ちなみにグライフトゥルム王国の貴族制度だが、貴族の家を相続できなかった兄弟は、独立する際に騎士爵の地位を与えられる。その際、実家の家名を捨て、新たな家を立ち上げることになるが、その際、貴族の尊称である“フォン”が使えなくなる。
伯爵以上であれば、どこかの貴族家に養子として送り込むことが多いが、子爵以下の下級貴族では養子になれるのは血縁が近いなどの条件がある場合だけだ。
つまり、相続できなかった兄弟は貴族から準貴族に地位が下がることになる。
長い歴史を誇るグライフトゥルム王国であるため、血縁者に無条件に爵位を与えると、貴族だらけになることは容易に想像できるので、制度としては合理的だと思うが、相続で骨肉の争いが起きることが往々にしてある。
そのため、貴族家の兄弟は独立後に疎遠になることが多いらしく、叔父とは一度も会った記憶がない。
親戚に挨拶をした後、学院関係者を回る。
今回、エッフェンベルク伯爵以外で一番爵位が高い、学院長のエーギンハルト・フォン・ユルゲンス伯爵に挨拶をする。
「お越しいただき、ありがとうございます」
「おめでとう。君たちがいつ一緒になるのかと心配していたのだ。何といってもイリス君は騎士団を希望していたからね。それがこれほど早く一緒になったのだ。これほど目出たいことはない」
初等部時代から首席を争っていたため、学院長も私たちに注目していたようだ。
「イリス君なら、いつでも学院の助手に採用するつもりだよ。高等部の予算が結構増えたから教員を増やすつもりだからね」
今回のヴェストエッケの戦いで、ラザファム、ハルトムート、ユリウスの三人が受勲したため、兵学部の有用性が改めて注目され、学院に対する予算が増えたらしい。
「まあ、マティアス君が爵位を継げば、夫人として忙しくなるだろうし、子供ができたらもっと大変だろうがね」
子供ができたらというところで、イリスの顔が真っ赤になる。
「爵位を継ぐのはまだ先でしょうし、子供は自然に任せる感じですね。そうだろ、イリス?」
私が話を振ると、真っ赤な顔で俯いていた。
剣術や兵学部の勉強に打ち込んでいたことと、私、ラザファム、ハルトムートの三人の男と一緒にいることが多かったため、こういった話題に耐性がないらしい。
そんな彼女を微笑ましく思いながら、会場を回っていった。
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