第37話「月夜の死闘:その六」
統一暦一二〇三年八月十一日。
グライフトゥルム王国西部ヴェストエッケ、ヴェストエッケ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
黒狼騎士団の攻撃から二時間ほど経った。
敵は損害をものともしない攻撃を加えてきたが、王国軍は作戦通りに対処し、赤鳳騎士団のエドムント・プロイス団長と黒狼騎士団のエーリッヒ・リートミュラー団長を討ち取っている。
特にヴェストエッケ城内に侵入してきた黒狼騎士団は、指揮官であるリートミュラーを失い、大混乱に陥った。
兵舎を迂回してきた部隊もいたが、兵舎の北側には雲梯車の残骸を利用した障害を配置し、移動速度を落とさせた上で、可燃物を使った火計を行っている。炎と煙で混乱した敵に投石と弩弓による射撃で多くを討ち取っていた。
兵舎の上を進んでいた敵はベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵率いる弩弓兵部隊が正面から引き受けた。
当初は敵の方が優勢だったが、リートミュラーを討ち取った後、「団長が戦死した! 撤退しろ!」と義勇兵に叫ばせて混乱を誘った。
兵舎の上の敵兵からもリートミュラーの本隊が散々に打ち負かされている様子は見えており、黒狼騎士団の兵士たちは浮足立った。
その後、シャイデマン男爵の的確な指揮による攻撃を受け続け、徐々に戦意を喪失して潰走する。
男爵は適度に距離を保ちながら追撃し、損害を被ることなく敵を討ち取りつつあった。
ハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍も遅滞なく掃討戦に入っており、我が軍の勝利は確実となっている。
更に戦果を拡大すべく、私は総司令官であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵に提案を行った。
「外の敵にも更に損害を与えましょう」
子爵は勝利が確実だということで余裕の笑みで聞いてくる。
「具体的にはどうするつもりなのかな」
「まず第二騎士団の弓兵以外を城内に戻し、待ち受ける体制を整えます。その上で城門を開け、敵を中に誘い込むのです。リーツ団長率いる黒鳳騎士団はともかく、騎士団長を失った赤鳳騎士団は開かれた城門に殺到するはずです」
「勝利は目前だが、それを失うリスクを冒す価値があると、君は考えているのだな」
子爵は強い視線を向けて確認してきた。その問いに「はい」とはっきりと答え、大きく頷く。
「我々の戦略目的はヴェストエッケを守り抜くことです。その目的は今のままでも充分に達成できますが、ここで鳳凰騎士団に致命的なダメージを与えなければ、彼らは再び攻撃してくるはずです。なぜなら、黒狼騎士団が壊滅的な損害を受けたにもかかわらず、自分たちの多くが生き残れば、北方教会と神狼騎士団が見殺しにしたと激しく非難してくることは目に見えています。ですから、ロズゴニー団長が無理な攻撃を命じることは間違いないでしょう」
「確かにその可能性はあるな」
「死兵となった敵と戦えば、少なくない損害が出ます。既に千名近い戦死者を出し、更に今回の夜襲でも同程度の損害を受けています。これ以上兵を失えば、マルクトホーフェン侯爵に対する抑えが利かなくなる可能性が出てきます。それにゾルダート帝国のこともあります。帝国が騎士団の弱体化を知れば、マルクトホーフェン侯爵を唆し、内戦に誘導する可能性がないとは言えません」
第二騎士団は昨日までに三百名近くの戦死者を出している。今日の戦いでも既に百名以上の戦死者が出ているという報告があり、これ以上の戦力ダウンはマルクトホーフェン侯爵の野心に火を着けることになる。
「法国だけが敵ではないということだな」
その言葉に「その通りです」と答え、更に説明する。
「それにもう一押しすれば、ロズゴニー団長の心が折れます。黒狼騎士団に続いて赤鳳騎士団の半数程度が失われれば、クロイツホーフ城に戻ったところで自害するでしょう。聖都で断罪されることを、プライドが高い彼が受け入れるはずはないですから」
白鳳騎士団団長のギーナ・ロズゴニーはプライドが高く、融通が利かない性格だと聞いている。ヴェストエッケ攻略が不可能となり、撤退するとなれば、彼の責任を追及する声は必ず上がる。
プライドの高い彼がそれに耐えられるはずはなく、責任を取ると言って、自らの命を絶つだろう。
そうなれば、騎士団長は黒鳳騎士団のフィデリオ・リーツ団長だけになるから、無謀な攻撃は行わず、撤退していくはずだ。
「よかろう。第二騎士団の弓兵中隊以外をすぐに城主館前に移動させてくれ。城壁の指揮は第四連隊長が執ることも併せて連絡するように」
「了解しました。ユーダさん、各隊に連絡をお願いします」
ユーダは「承知いたしました」と答えると、すぐに通信兵に命令を伝達させる。
「迎撃部隊の指揮は第一連隊長ということでよろしかったでしょうか」
私の問いに子爵はニヤリと笑って首を横に振る。
「私が直接指揮を執る。シャイデマンではないが、私も現場の方が性に合うからな」
「では、私も同行いたします。通信兵が一緒なら、前線でも全体の指揮が執れますので」
「いや、君はここで情報の集約と伝達を頼む。通信兵がいれば、どこにいても私が命令を出すことはできるからな」
既に城内では掃討作戦に入っており、総司令部からの指示は不要だ。城外の敵も城門が開くのを待っている状況であるため、積極的に攻撃しておらず、ここで判断するようなことはなくなっていた。
「了解しました。ここの方が情報の整理は行いやすいので助かります」
その後、子爵とイリス、参謀たちで作戦を立てていく。
「敵を城主館に誘い込むのがよいでしょう。ここなら城門から真っ直ぐにくればいいだけですし、五百メートルほどありますから、より多くの敵を誘い込むことができます」
私の意見にイリスが疑問を口にした。
「敵を多く引き込んだら危険じゃないかしら? 黒狼騎士団は罠に嵌めて撃退したけど、中央道路には罠はないわ。それに敵は身体強化が使えるのだから、乱戦になったら危険だと思うのだけど」
「私もイリスと同じことを思った。その点も考えてあるのだろ?」
子爵はそう言って私を見つめる。
「もちろん考えています。城門が開けば、少なくとも赤鳳騎士団は何も考えずに殺到してくるでしょう。引き込んだ後に物陰に潜ませておいた兵士に“罠だ”と叫ばせれば、指揮命令系統が崩壊している敵は必ず動揺します。そして、伏兵によって側面から攻撃を加えた後に“逃げろ!”と叫ばせれば、本能的に後ろに向かうでしょう。そうなれば、突入してくる者とぶつかり大混乱に陥ります。あとは慎重に掃討していけばいいだけです」
「兵士の士気は状況によって容易く変わるということだな。ならば問題はない」
子爵は納得したが、イリスが再び聞いてきた。
「義勇兵部隊はどうするのかしら? 黒狼騎士団の残党を追いかけて東に向かっているのだけど」
「黒狼騎士団はある程度討ち取ったところで、残りは逃がす。窮鼠になって逆襲されると困るし、東の城壁には黒狼騎士団の一部と黒鳳騎士団の弓兵隊が残っているからね」
そこで子爵に視線を向ける。
「義勇兵部隊の半数はすぐに中央道路まで引き上げさせ、兵舎の上と間から弩弓で狙撃できるように配置しましょう」
「それでいいだろう」
「それから黒狼騎士団の鎧を着た兵士を用意しましょう。城門を開けた後、真っ直ぐに城主館に向かえと叫ばせれば、兵士たちはそれに従うでしょうから」
「それで構わんが、敵兵が素直に従うものなのか? 黒狼騎士団と赤鳳騎士団は反目しあっていたはずだが」
「その点は問題ありません。城主館は重要な場所ですから、兵士たちが疑問を持つことはないですし、後続が入れなくなるから真っ直ぐに向かえと言えば、隊長たちも従うしかないでしょう」
子爵は私の言葉に納得し頷いた。
「では、城主館まで引き込む。城主館の前では第二騎士団の第一連隊が待ち受け、その他は建物の陰に潜ませ、タイミングを合わせて側面から奇襲する。敵が逃げ出したら、義勇兵部隊が弩弓による攻撃を加え、殲滅する。その後はどうするべきかな。城門の外まで追撃するのか、それとも城内で留めるのか」
「もしリーツ団長が城外に留まっているなら、不用意に出るべきではありません。城門が開かれたことが罠だと気づいていることになりますから」
「なるほど。君はその可能性が高いと考えているのだな」
「はい。リーツ団長なら城門が開かれても中の様子を確認した上で、突入させるでしょうから」
「よく分かった。その辺りの情報は君から適宜私に伝えてくれ。では、私は前線に出る」
子爵はそれだけいうと、副官を伴って司令官室を出ていった。
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