第26話「法国軍の不和」

 統一暦一二〇三年七月三十一日。

 レヒト法国北部、クロイツホーフ城内。黒鳳騎士団長フィデリオ・リーツ


 グライフトゥルム王国の西の要衝ヴェストエッケ城への攻撃は失敗に終わった。

 失敗の要因はいろいろあるが、敵を侮ったことが一番大きいだろう。


 警戒はしていたが、二倍以上の戦力と攻城兵器という存在に、私自身も楽観的に考えていたことは否定できない。


 しかし、敵の用意周到さは異常というレベルだった。

 私ですら数ヶ月前に初めて知った兵器なのだが、敵は直前に見たはずなのに完璧に準備していた。


 投石器や油を使った攻撃は想定していたが、雲梯車の出口を塞ぐ物まで作っていたと聞いた時には、驚きを隠せなかった。


 直接それを見た白鳳騎士団のギーナ・ロズゴニー殿と赤鳳騎士団のエドムント・プロイス殿は我が軍の中に裏切り者がいると確信し、必ず見つけ出すと騒いでいるほどだ。


 裏切り者について騒ぐ気持ちは分からないでもない。


 我々も敵に雲梯車の存在を知られないよう、組み立て中も足場に布を掛けて隠していた。

 また、敵の斥候隊が近づかないように絶えず警戒していたから、彼らが全容を知ったのは七月三十日の朝のはずだ。


 今回のような対策を打つには、事前に情報を得て大きさや構造を知り、検討を重ねる必要がある。何かを流用するにしても、作成と訓練で最低でも三日ほど掛けなければ使い物にならないだろう。


 そう考えれば、情報を流した者がいる可能性は高いが、そのことで騒いでも建設的ではない。今はヴェストエッケ城をどうやって攻略するかを真剣に考えることが重要なのだ。


 そして、その攻略策を考える点でも頭が痛い問題がある。それは未だに黒狼騎士団が協力する姿勢を見せないことだ。


 我々がクロイツホーフ城に帰還した際、黒狼騎士団の団長、エーリッヒ・リートミュラー殿が城門で出迎えた。

 私は殿だったため、直接見ていないが、引き上げてくるロズゴニー殿を嘲笑したらしい。


 ロズゴニー殿も自信満々で出陣したのに、僅か半日ほどで撤退せざるを得なくなったことに忸怩たる思いがあったはずだ。

 そのため、ロズゴニー殿も感情的に対応し、双方が剣に手を掛けたと聞いている。


 私はヴェストエッケ城攻略作戦の成功はもう望めないのではないかと思い始めている。

 数に任せて攻撃するにしても、ヴェストエッケ城に詳しい黒狼騎士団の協力は不可欠だからだ。


 その協力が得られない状況で力押ししても、優秀な将がいると思われる王国軍を撃破することは無理だろう。


 そんな思いを抱きながら、城内にある司令官室に向かっている。

 既に伝令で簡単に伝えているが、敵に増援が来ている可能性が高いということを直接説明するためだ。


 司令官室にはロズゴニー殿と副官だけが待っていた。

 リートミュラー殿はともかく、プロイス殿がいないことが気になった。


「プロイス殿はどうされたのですか?」


 ロズゴニー殿は憮然とした表情で私を見つめた。


「部隊の再編のために来られぬと言ってきた。だが、それは言い訳だろう。軍を分散させる提案を行って失敗したからばつが悪いのだ。それとも攻撃開始の合図を待たずに進軍したことで叱責されると思っているのかもしれん。まあ、来たくないという者を無理に呼ぶ必要はないだろう」


「そのようなことを言っている場合ではないと思うのですが」


「総司令官は私だ。君を含め、各団長は私の命令に従えばよいのだ」


 今日の失敗が堪えたらしく、ロズゴニー殿は感情的になっているようだ。ここでこれ以上言っても拗れるだけだと思って素直に頷き、説明を始めた。


「では、敵に増援が来ているという根拠を説明します。まず、本日の戦いで確認できた敵の総数はおよそ七千五百。更に城壁の内側に投石器が十数台あると思われますので、その要員は少なくとも百名。岩や矢の補給要員が数百名と考えますと、リートミュラー殿が言っていたヴェストエッケ守備兵団と義勇兵の総数とほぼ同じになります」


「うむ……数が合うなら増援は来ておらんのではないのか?」


 ロズゴニー殿は私が何を言いたいのか分からないという表情をする。


「数だけならその通りです。ですが、義勇兵は臨時に集められた民に過ぎないのです。しかし、私が担当した城門付近の兵は指揮官の命令の下、熟練兵並の動きを見せておりました。主力はロズゴニー殿のところにいたにもかかわらずです。それにプロイス殿からも付け入る隙がないほど動きがよかったと聞いています。これらの事実から考えられることは、王国軍の精鋭が密かに増援として城に入り、守備兵団と共に守りを固めているということです」


 私の説明にロズゴニー殿は腕を組んで考え始める。

 私はそれを無視して説明を続けていく。


「我が軍がいる南側からはヴェストエッケの北門を確認することができません。それに七月半ばの黒狼騎士団の夜襲から北門の通行は制限されており、神狼騎士団が潜入させた間者からの連絡は途絶えているとのことです。つまり、数千の軍であっても我々の目を盗んで城に入ることは充分に可能なのです」


 私の説明にロズゴニー殿が頷く。


「確認できぬことは確かだ。それに我が騎士団の相手は非常に連携が取れている精鋭であった。今思えば、カムラウ河での戦いでも、敵は統制が取れていないように見えて的確に騎兵部隊を川に押し留めていた。そう考えれば、君の考えは強ち間違っておらぬと思える」


「私もカムラウ河の戦いのことが気になっていました。直接見たわけではありませんが、雑兵に過ぎない義勇兵が白鳳騎士団の精鋭の突撃を受けて、冷静に対応できるとは思えません。最初の一撃で上手くいったとしても、必ずボロが出るはずですから」


 ロズゴニー殿のプライドを微妙にくすぐりながら彼の思考を誘導する。


「君の言うことは一々もっともだな。敵に増援が来ているという前提で考えるべきだろうが、具体的にどの程度の兵力が送り込まれたと君は考えているのかな」


「王国軍の精鋭はシュヴェーレンブルク騎士団、今では王国騎士団と名を変えたと聞いておりますが、それとエッフェンベルク騎士団、ノルトハウゼン騎士団くらいです。情報を受けてから最低一ヶ月は移動に掛かるでしょうから、たまたま演習で訪れたと考えるのが妥当です。だとすれば、最大でも王国騎士団の定数、五千名ではないかと思われます」


 これは戦いが終わってからずっと考えていたことだ。

 我々が到着するタイミングで、既に増援がいた。しかし、黒狼騎士団が最初に夜襲を行ったのは七月十二日。


 噂では叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの魔導師が支援しているらしいが、それでも軍自体が移動するのに一ヶ月は掛かる。


 そう考えると、偶然ヴェストエッケに来ていたと考える方が自然だ。演習であるのなら、一個騎士団以上が動くことはあり得ない。


 しかし、気になる点もある。

 王国ではマルクトホーフェン侯爵が内戦を起こすのではないかと危惧されており、それに付け込む形で我が国は攻撃を行った。


 そんな状況で王都から遠く離れた西の辺境に精鋭を送り出すのかということだ。

 気にはなるが、その点には言及しなかった。ロズゴニー殿を迷わせることになるからだ。


「確か守備兵団は三千が定数であったな。だとすると、五千であれば辻褄が合う」


 ロズゴニー殿は私の思惑通りに納得してくれた。


「最大八千が精鋭、残りは義勇兵が五千と王国西部の貴族領騎士団が二千か三千。総数は一万五千から一万六千と考えておくのが妥当かと」


「うむ。そうなると我ら鳳凰騎士団の総数より多いということか」


 今回の戦いで白鳳騎士団は五百の兵を、赤鳳騎士団は一千の兵を失った。先日のカムラウ河の戦いで白鳳騎士団は一千の騎兵を失っていることから、我が黒鳳騎士団五千を加えても一万四千五百が総数となる。


 ロズゴニー殿が弱気になっていると感じたため、一気に畳みかける。


「万全を期すなら、黒狼騎士団と共同で当たるべきです。黒狼騎士団も五百名ほど失っておりますが、総数は一万九千となり、敵より多くの兵で攻めることができますから」


 しかし、ロズゴニー殿が首を縦に振ることはなかった。


「リートミュラーの手は借りん。やりたければ、勝手にやればよいのだ」


「しかし、それでは敵に利するだけです! 総司令官たるロズゴニー殿が手を差し伸べるべきではありませんか」


「奴はこの私にこう言ったのだ! ジーゲルがおらぬ守備兵団を相手に、攻城兵器と倍の兵力で攻撃して半日で負けて帰ってくるとは思わなかったとな! 裏切り者が情報を流しておらねば、我らの勝利は間違いなかったのだ! それに敵に増援がいるという情報を奴は教えなかった。そんな奴の手を取ることなどできん!」


 完全に感情的になっており、言葉を掛けられない。


「黒狼騎士団が明日の攻撃に加わることは認めるが、我々とは関係ないところでやってもらう」


 これで黒狼騎士団との共闘は完全に消えた。

 そのまま作戦会議が召集され、明日の夜から夜襲を掛け続けて敵の疲労を誘うこと、鳳凰騎士団は城壁の西側、黒狼騎士団は別の好きな場所を好きなタイミングで攻撃することが決まった。


 暗澹たる思いだが、決まった以上従うしかない。

 私にできることは兵たちの士気を高めておくことだが、兵たちと話をすると、日も傾いているのに夕食の準備ができないと不満を漏らす。


「薪をやらんと言ってきたんですよ。今日はヴェストエッケを占領して、そっちで飯を食うと言っていただろうと言って」


 黒狼騎士団の嫌がらせのようだ。


「分かった。私が交渉してくるから、それまで我慢してくれ」


 騎士団長である私のやることではないが、権威があった方が話は早いだろうと考えたのだ。

 予想通り、一介の兵士が騎士団長に逆らうことはできず、嫌々ながらも備蓄されている薪を手に入れる。


 それからこのような話が山のように出てきた。

 こうなると、誰かが煽っているとしか思えない。そのため、リートミュラー殿に直談判にいった。


「兵たちを煽る者がいる。早急に手を打たねば、この城の中で戦闘が起きてしまう」


「兵を煽る者だと? この城に裏切り者がいるとでも言いたいのか? ロズゴニーとプロイスは裏切り者がいるから負けたと言っていたが、それが俺たち黒狼騎士団だと言いたいのか!」


 感情的になっているため、こちらは冷静さを失わないように注意しながら反論する。


「それは違う。ロズゴニー殿たちが言っている裏切り者は南方教会領にいる者のことだ。貴殿らが雲梯車のことを敵に伝えることは不可能なのだからな。だが、兵たちを煽る者がいることは確かだ。貴殿もおかしいと感じているのではないか? これほど露骨に反目しあうことに。ならば、騎士団以外の商人や職人に敵に内通する者がいると考えてもおかしくはなかろう」


 私の言葉でリートミュラー殿も少し冷静になったようだ。


「確かに少しおかしいとは思っていた。俺の兵たちは気が短いが、悪口をいうような陰湿な奴はほとんどいなかった。それがここ半月ほどで雰囲気が変わった……」


 リートミュラー殿も違和感は持っていたらしい。


「では、兵士以外で怪しい者がいないか、調査をお願いしたい。こちらでも兵士たちに注意するが、そちらでも兵たちが武器を抜かぬように命じてほしい。ここで我々が殺し合っても王国に利するだけだからな」


「そうだな。だが、ロズゴニーとプロイスにも言っておけ。俺たちを馬鹿にするような行動をする奴がいたら、即刻叩きのめすとな」


 全く理解していないことに頭が痛くなるが、これ以上言っても拗れるだけだと考え、頷くだけに留める。


 その後、私の方でも内通者がいないか探そうと考えた。そして、ある手を思いつき、リートミュラー殿のところに戻る。

 私の策を説明すると、リートミュラー殿は大きく頷いた。


「これなら俺の部下を扇動した奴を炙り出し、敵に一泡吹かせることができるな。リーツ殿はなかなかに策士だな」


 彼は陰湿な性格ではなく、愛国心の強い豪放磊落な猛将として知られている。

 こちらから手を差し伸べれば、協力してくれると信じていたが、それが現実のものになった。


 私はリートミュラー殿と共にロズゴニー殿のところに向かった。

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