第16話「進路:前編」
統一暦一二〇二年十一月一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
高等部の卒業まで一ヶ月となった。
私、ラザファム、イリス、ハルトムートの四人は本日の試験の結果を受け、無事に卒業できる目途が立った。
総合順位はラザファムが首席、イリスが次席、ハルトムートが三位、私が四位と上位を独占している。
私が首席の座から落ちたのは実技である指揮の点数が低いためだ。
特に中隊以下の指揮では陣頭指揮の点数が低かった。
更に大隊以上の指揮でも作戦立案では評価されたものの、自ら隊を率いて対応する必要がある突発事象で点を下げ、一位を獲った座学だけではカバーしきれなかった。
私とは逆にハルトムートはラザファムを抑えて実技でトップとなり、座学の点数をカバーしている。彼は千人を超える連隊から十人程度の分隊まで、あらゆる規模の部隊の指揮で優秀という評価を受けた。
特に兵士たちの心を掴むことが上手く、彼が指揮官になると兵たちの士気は確実に向上した。これは彼が平民であり、同じ平民である兵士たちが彼を助けようとしたこともあるが、それ以上に兵士たちが何を考えているかを常に意識している結果だろう。
ラザファムは実技、座学とも二位で、その総合力で首席を勝ち取った。私が教えたことを確実にものにし、実技で応用してみせる姿は既に名将の片鱗すらあると思ったほどだ。将来、彼が騎士団長や将軍になれば歴史に名を遺すと確信している。
ラザファムの後塵を拝したが、イリスは座学、実技ともに第三位と総合力で次席の座を得ている。惜しむらくは女性ということで侮る兵士が多くおり、実技での点数が僅かにラザファムに及ばなかったことだろう。
贔屓目を抜きにしても彼女の指揮能力は充分に高く、女性将官が多いゾルダート帝国ならラザファムから首席を奪い取った可能性は否定できない。但し、生来の優しい性格が仇となり、苛烈な決断を下す時に逡巡するなど、実戦部隊に入ったら苦労する気がしている。
私たちに第五位のユリウス・フェルゲンハウアーを加えた五人は、卒業時に“恩賜の
このダガーを受けた者は“恩賜の短剣組”と呼ばれ、出世が確約された者という意味を持つ。
私は今、卒業後の進路について考えている。
私以外の三人は既に王国第二騎士団への入団を表明しているが、私は別のことを考えていた。
それは学院の研究科に入ることだ。
シュヴェーレンブルク王立学院の研究科は前の世界で言えば大学に当たる。しかし、私が考えているのは大学生になるのではなく、教員になることだ。
その理由だが、一つは健康不安だ。
通常の生活では不安はなくなったものの、厳しい環境に耐えられるほどまでにはなっていなかった。
実際、野外演習において、何度か体調を崩していた。騎士団に入れば、今の成績なら中隊長として配属される。騎乗が得意ではなく、前線での指揮に不安が大きい上に健康不安まであるようでは指揮官としては不適格だ。
第二騎士団に入れば、団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵が参謀にしてくれると言ってくれているから前線指揮はないかもしれないが、それでも演習には参加しなくてはならない。
演習が終わった後に体調を崩すくらいなら問題はないが、実戦では対陣が長引けば数ヶ月間続くことも珍しくない。
現状では王国側から攻め込む可能性は低く、対帝国戦ではヴェヒターミュンデ城、対レヒト法国戦ではヴェストエッケ城という拠点で戦うが、野戦の可能性が全くないわけではなく、健康に不安がある私が王国軍に入っても役に立たないのではないかと思っている。
二つ目の理由として、兵学部で戦術を教えているロマーヌス・マインホフ教授から自分の研究室の“助教授”にならないかと誘われていることがある。
研究科の学生でもなくとも助手ならまだあり得る話だが、助教授という待遇に驚いた。
教授が私を高く評価してくれている理由だが、これは今年の一月に“新軍事学概論”という論文を書いたためだ。
この“新軍事学概論”は士官用の教本を基に、実際の戦例を交えて分かりやすく解説したもので、戦史を研究しているマインホフ教授に添削をお願いしている。その際、教授はその内容を絶賛し、私を勧誘したのだ。
『これほどの論文を書けるのであれば、助教授ではなく教授でもよいと私は思うのだが、前例がないとユルゲンス学院長に反対されたのだよ。まあ、君が私の研究室に来てくれれば、戦史の研究が捗ることは間違いないから、私としても都合がいいのだがね』
私が王国軍改革案や教本を作ったことは、教授には知らされておらず、新たな天才が現れたと思われている。そのため、王立学院の学院長であるエーギンハルト・フォン・ユルゲンス伯爵にねじ込んだらしい。
ユルゲンス学院長は大賢者から私のことを見守るよう頼まれていた。そのため、高等部を卒業したばかりの若造である私をいきなり教授にすれば貴族たちが注目すると考え、認めなかったのではないかと思っている。
この二つが大きな理由だが、他にもある。
それはここ数年という短い時間だが、敵国であるゾルダート帝国とレヒト法国からグライフトゥルム王国が攻撃を受ける可能性が減ったことだ。
帝国はここ数年停滞している皇都リヒトロット攻略に本腰を入れると、大々的に発表した。
その結果、王国との国境付近に残っていた帝国軍の多くが東に移動し、シュヴァーン河周辺を探っていた帝国の斥候も姿を消している。これにより、東の国境の不安が大きく減った。
帝国がリヒトロット皇国を滅ぼせば次のターゲットは我が国だが、皇国も必死に抵抗しており、一年や二年で皇都が陥落することはないだろう。また、皇都が陥落しても帝国が全土を掌握するには時間が掛かるから、すぐに西に目を向けることは考え難い。
もう一つの敵国、レヒト法国は法王暗殺事件の影響が続いており、未だに大きく混乱している。
これらのことから、我が国で大きな事件でも起きない限り、ゾルダート帝国やレヒト法国から手を出してくる可能性はかなり減っている。
王国は将来に不安を残しつつも、短期間であれば平和を享受できるだろう。
私はこの短いが平和な時間を利用し、王国軍の若手士官となる兵学部の学生を指導したいと考えていた。
学院高等部を卒業したばかりの私に指導ができるのかという疑問はあるが、私たちの同期、統一暦一二〇〇年入学組は“
例年なら十名程度しか王国騎士団には採用されないが、今年は卒業生の半数程度、約五十名が採用可能な成績だとグレーフェンベルク子爵が言っていた。採用枠の関係で五十名全員が採用されるわけではないが、それだけ優秀な者が多いということだ。
これはこの三年間、私たち四人が同級生を指導してきたことが大きいと思っている。もちろん、第二騎士団が演習に際し、積極的に関与してくれたことも大きな助けになっているが、私たちが手助けしなければ、その演習についていけなかった者が多かったはずだ。
この実績が自信となり、私は指導教官として兵学部で教えようと考えている。
他にも第二騎士団に入ると正式に軍人になることから、魔導師の塔、
私は一応
魔導師の塔に属する“
これは“
魔導師でない私には本来適用されないはずだが、“三塔盟約”は組織に制約を課すものであるため、私にも適用される可能性が高い。
そのため、もし私が正式に騎士団に入るのであれば、
そうなると、
現状では情報分析室からの情報は非常に重要だ。それ以上に問題なのは、情報分析室を通じて指示を出している間者集団、“
現在、
王立学院の教員も王国政府関係者と言えなくはないが、政治に関わることがないため、三塔盟約の制約に引っかかることはない。それに、もし戦場に行くことになったとしても、研究の一環という言い訳が可能であり、
これらのことから、騎士団に入るより王立学院の教員という割とフリーな立場でいる方が、王国の安全に貢献できると考えたのだ。
明日の放課後、ラザファムたちと今後について話し合う予定だ。
ラザファムとハルトムートは納得してもらえると思っているが、イリスがどう反応するか、少し気になっている。
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