12

 真昼の目から涙が溢れた。

 それは真昼の意思ではなかった。

 でも、真昼の思いとは違って、涙は全然止まってくれなかった。

 村上真昼は、大好きな秋野四葉の目の前で、笑いながら、泣いていた。「……あれ? おかしいな? どうしてだろう?」

 涙が全然止まってくれない。

 ……私、どこか壊れちゃったのかな?

「村上さん」

 真昼のことを心配するような声で、四葉は言った。

「あ、大丈夫。大丈夫です。ちょっと待ってください。すぐに『いつもの私』に戻りますから」

 今、ちゃんと修理してますから。

 大急ぎで、壊れたところを探してますから。

 真昼は涙を手のひらで拭った。

 恋愛運は大吉のはずの手のひらで……。

 その涙で濡れた手のひらを見て、あの新宿の占い師のおばあさんは嘘つきだ、と真昼は思った。

 秋野四葉先輩に、誰かほかにすごく大好きな人がいることはわかっていた。真昼は四葉への片思いの間、四葉のずっとそばにいて、大好きな四葉のことを観察し続けてきたのだ。

 四葉に女の人の影は全然なかった。

 でも、四葉はいつも、どこか遠いところを見ていた。私でも、誰でもなくて、ずっと、ずっと遠くにいる誰かのことを見続けていた。

 その誰かが誰なのか、ずっと真昼は知りたかった。

 それが今日、はっきりとわかった。

 その誰かは詩織さんだった。

 雨宮詩織さん。

 すごく優しい性格をした、子供っぽい性格をした、笑顔の素敵な美人の、……すごく素敵な、人の心を引きつけるような、すごい絵を描く新人の画家さんだった。

 私にもすごく良くしてくれた。(私のことを四葉の恋人さん、とか言ってくれた)

 真昼は詩織さんのことが、(はじめはすごく緊張したけど)出会ってすぐに好きになった。

 四葉のことがなければ、絶対に仲の良い友達に二人はなれると思った。(桃ノ木先輩みたいに意地悪な人じゃなくて、詩織さんみたいな優しいお姉さんがいたらいいなとも思った)

「ごめんなさい。先輩。……ちょっと直りそうにありません」

 泣き止むことを諦めて真昼は言った。

 それから、真昼はわんわんと四葉の胸の中で泣いた。……四葉はなにも言わずに、そっと(遠慮がちに)真昼のことを抱きしめてくれた。

 真昼の涙は全然止まってくれなかった。

 溢れて、溢れて止まらなかった。(なにせ、壊れているのだから)

「本当に、ごめん。村上さん」

 四葉は言った。

 こんなときでも、四葉はいつもと同じように優しかった。……いっそ、(先輩のことが大嫌いになれるように)冷たくしてくれればいいのに、と真昼はそんなことを思ったりした。(ごめんなさい。先輩)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る