自殺と事故の明暗

森本 晃次

第1話 天才少女あらわる

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。政治批判もあるかも知れませんが、あくまでも、歴史に照らした話なので、現状の世界情勢と混乱しないようにお願いします。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。ご了承願います。


 K市は県庁所在地であるF市に隣接しながら、最近までは人口も少なく、まだ市に昇格することもできなかった。町役場や一部の住民、それも昔から住んでいた人たちにとっては、市への昇格は長年の夢であったが、新たに転居してきた人にとっては、

「ここが町だから移住してきた」

 という人も多かった。

 企業の社宅は借り上げも含めて、この町には多かった。それだけ金銭面を含めていろいろな面で都合がよかったのだろう。ここが町であるというのは、面積が他に比べて相当狭いことが挙げられる。人口密度的には十分なのに、町の狭さが邪魔をしていた。

 今までには何度か、県庁所在地であるF市に合併されかかったこともあったが、住民の反対と役場全員の反対により実現しなかった。またまわりの市町村。同じ郡を形成する町との合併案もあったが、それこそ問題外だった。

「この町が市になることがあるとすれば、人口が市を形成できるだけの人数に達した時、今一度、住民に賛否を問うことになるだろう」

 と思っていた。

 ただ、その道のりは楽ではなかった。人口が昇格ラインに達したとしても、いきなり市への昇格を行うことは危険だった。

 下手をすると、せっかく市ではない場所だと思って転入してきた人が去ってしまう可能性があるからだった。だが、逆に言えば、市になったことで、この街に転入してこようとする人もいるかも知れない。要するに、人口の増減はどうしても避けられない問題だからである。

 それでも、数十年前くらいと今とでは、市になることを願う人が増えてきていた。その理由はハッキリとした分析が出ていないので分からないが、数十年前までは三割も賛成はがいればいいくらいだったのに、市に昇格する少し前のアンケートでは、五割を超えていた。

 役所の方でも、

「住民の意見としては、十分なところまで来ましたね」

 という意見が聞かれ、一番の課題だと思われた住人問題が解決したことで、一気に市への昇格ムードは高まった。

 アンケートに自信を得た役場は、

「ここが攻め時」

 ということで、一気に住民を煽りながら、水面下では徐々に市政に繋がるような裏工作を行っていた。

 表に出せないものもあったであろうが、ここで一気に市に昇格していまうことが、長年の夢であった人たちの信条である。ここまで頑張ってきた人たちもすでに高齢になってきていて、いつ定年を迎えるとも知れない人が多くなっていた。

「我々の目の黒いうちに、市政を敷けるくらいにまでしておきたい」

 というのが、個人的なところでの目指すところである。

 これを誰が悪いと言って責めることができるであろう。彼らにとっての信念が実を結んで、いよいよ念願が叶おうというのだ。

「長年の夢、積年の思いを一気に爆発させよう。K町を皆さんの手で、K市にしようではないか」

 というキャンペーンが催され、マンション契約など、今、建てられている新築マンションに入居希望の方は、市に昇格してから値上げがあった場合、一定期間、市が補助いたしますというような宣伝文句もあり、契約は順調に伸びていた。

 もちろん、市に昇格してから値上げまでの期間も決まっているし、一定期間もある程度決まっていたが、それがどれほどの期間なのかは、借主には公表していない。貸主もそれを知っていても、公表は許されなかった。実際に施行される時にはハッキリと判明するのだろうが、今は伏せられていた。

 そもそも、値上げ分の補填はしなくてもいい部分なので、それを明らかにされないとしても、借主はあまり問題にしない。

「これはラッキーだ」

 という程度の思いであろう。

 それが、役場のやり方の一つであった。

 紆余曲折やキャンペーンの効果があったおかげで、キャンペーンが催されてから実際に市に昇格するまでに、五年も経っていなかった。昭和の時代から市への思いが深かったことを思えば、五年はさほど長い月日ではなかった。

 しかし、この市に昇格してから思い返したこの五年は、前を向いて猪突猛進だった頃から見た先の五年をどのように想像したであろうか。それを思い起こすと五年という期間がどれほど長いもので、そしてあっという間であったのか、幅広く感じられ、その分、人によってさまざまな長さであったことは否めなかった。

 市に昇格したことで、まわりの同じ郡を形成していた五つの町も合併を果たした。それにより、五つの町が合併したことで出来上がった人口は、県では県庁所在地に注ぐ、第二位となった。もしK市が合併していれば、県庁所在地をしのぐほどになっていたのであった。

 この大都市が二つ出来上がったのも、K町が市に昇格を目指したことで、郡を形成する他の町が危機感を覚え、一気に市への昇格が加速したと言えよう。元々市構想はあったのだが、慌てる必要はなかった。本当はK町も巻き込みたかったのだが、それを断念せざるおえず、しかもK町単独での市形成を目論んでいるという真剣さが伝わってくると、さすがにゆっくりと構えているわけにはいかなくなったのだった。

 県庁所在地としても、いきなり隣に巨大な市ができたのだからビックリだった。市の方でも、実は郡の中にあったどこか一つの隣接している町との合併を考えていた。本当はK町が一番の候補だったのだが、もちろん承知するはずもなく、そのうえで、もう一つの町にターゲットを置いた。町だけの経営では先ゆかないところで、郡の市構想に入るか、F市に市町村合併されてしまうかのどちらかしか生き残ることはできなかった。

 ただ、これも水面下であったが、K町の市構想の中で、その町との合併で人口を増やすという方法も模索された。

 しかし、その町の財政逼迫を考えると、選択肢の中でも相当低いものであった。構想があったというだけで、実現不可能であることは、どちらの町にも分かっていることであった。

 だが、今回こういう形で、元々の県庁所在地、そして新たに出来上がった巨大都市、そして市に昇格したK市の三つが、一大経済圏を握っているのは確かだった。

 市町村合併の問題では、いろいろとあった三つの市であるが、一旦こういう形で落ち着いたことで、新たに経営合同などのプロジェクトがいくつも立ち上がり、それぞれの立場から、この一大巨大経済圏を活性化させようという考えで進んで行くことになった。今度は、いよいよ県下での、覇権争いに最大勢力として君臨することができるところまで来ていた。

 一つの市町村が争っている場合ではなく、県での発言録を強めたことで、予算の獲得も用意になり、いよいよプロジェクトの始まりであった。

 他の県でも同じように大規模な市町村合併が行われていたが、どこまで真剣に県政に介入できるかを考えているか、よく分からなかった。

 K市はまだまだ小さい市ではあったが、県での発言力は強かった。小さい町ではあったが、それはあくまでも人が住める場所という意味で、山林を開拓することで、工場の誘致なども行われ、いよいよ本格的な経営に乗り出していった。

 とはいえ、やはり工場を建設するとしても限界がある。そのあたりは隣接する市との協力は不可欠であり、誘致をしてくれたことで、K市が介入できるように、いくらかの工場建設の費用補填も行っていた。あくまでも別の市にある工場であるが、その支配権はK市にあるという歪んだ構図を生みだしていた。

 ただ、それが軋轢になっていくことはいなけなかった。それでも最初から軋轢は覚悟の上であったので、それほど気にはしていない。

 そもそもそれくらいの覚悟がなければ、二つの市に挟まれるのを分かっていても市に昇格した意味がないと言えるからだ。

 一気に死を目指した突き進んだ時、法の目をかいくぐるような手はいくらでも考えていた。

 有名大学の法律の教授や、名弁護士と言われるような法曹界に大きな権力を持っている人を味方につけることも忘れていなかった。

 水面下では、かなりの構想を練ってきて、少々のことには簡単に対応できる体制はできあがっている。

「K市は策士の集まりだ」

 といずれは言われるようになるのだが、そのことにまわりがまだ気づいていないのも計算済み、

「いかにまわりを欺くか」

 それが信条だった。

 そんなK市に片隅に一つのマンション群があった。そこは、新たにできた巨大シティ、つまり同じ郡を形成していた町の一つとの境界線に当たるのだが、同じ市とはいえ、やはり相手は五つの町が重なり、面積も人口も桁違いに大きな都市であることから、十問の誇りも半端ではなかった。単独で市を目指していた小さな町と違い、

「いつでも合併さえすれば市にだってなんだってなれるんだ」

 という思いがあるだけで、後はどのような市政を築くかというだけのことで、それはあくまでもトップの考えであった。

 住民からすれば、市になることに対して最初は誇りも抵抗もなく、ただ受け入れただけだが、市になったことで、町役場という言葉が市役所という言葉になっただけで、まるで都会人になったような気がするから不思議だった。

 元から住んでいる人には特にその思いがあるだろう。ぞっと町役場で手続きをしていて、県庁所在地の隣に位置しているにも関わらず、自分の住まいが田舎だと思っていただけに、その思いも強い。

 特に昔から近代化するたびに、県庁所在地は早くから整備されてきたが、隣なのに、なかなか整備されないのは、慣れてはいたが、あまり気持ちのいいものではなかった。

 昔を知っている人は道路の整備はもちろん、前面水洗トイレ化も、かなり遅れたのは事実だった。

 昔からの団地も結構たくさんあり、下手に県庁所在地に近いことで、町でありながら、中途半端なベッドタウンとしての様相を呈していた。

 それは、K市でも同じこと、まだ団地の名残が残っている。さすがに今では老朽化から問題になり、最初に取り壊されて今では新たなマンションとして開発されているか、駐車場になっているかのどちらかであった。

 そんなK市に、企業誘致の話があった。

 そもそも小さな市なので、進出してくる企業も山林を切り開くしかないので、企業側も足踏みするのだが、市が少し補助をするということなので、社宅と本社ビルを建てるというころで、K市と契約した。

 元々は県庁所在地の一等地に会社はあったが、さすがに維持が難しく、いろいろ物色していて、K市にいきついた。最初は隣の巨大都市に誘致しようとも思っていたようだったが、市になってすぐだというのに、家賃その他を比較して、引っ越してするまでの価値が見いだせなかったことで、早々に交渉は決裂していた。

 そんな時、K市が誘致を募っていたのを発見し、最初はダメ元で交渉を始めたが、最初に一度別のところで断られているので、その考えは余裕があるものだった。交渉はとんとん拍子に決まり、さっそく本社ビル移転けーかくがスタートした。計画がスタートした時はまだ町だったので、どれだけ企業の方も早い段階で動いていたかということである。姿勢がスタートしてすぐに本社ビルが移転してきて、そのおかげで、市をアピールする材料はそれだけでも十分なくらいだった。

 その計画は思ったよりも市政に有利に働いた。市にとって宣伝は大きな問題でもあった、そのための宣伝費も予算として盛り込まれ、その計画は順調に進んでいた中で、今回の誘致成功によって、かなり宣伝費も浮いた。その分で山林の開発への資金に充てたとしても、十分に元が取れるというものだ。

 そういう意味で、こちらに来る前に隣の街に相談に行ってくれたことが一石二鳥の効果を表してくれた。まさしく、

「残り物には福がある」

 とでもいうべきであろうか。

 そんな街は次第に発展していき、地元大手ナンバーワンという触れ込みの企業がK市に本社を置いてくれたおかげで、その社宅の近くに住宅街が計画され、それに先立って、学校、郵便局、その他、大型商業施設が参入を申し込んできた。誘致計画部にとっては、これほどありがたいことはなかったのだ。

「これでこの市も活性化される」

 と感じたことだろう。

 自分たちの住んでいる市がどんどん大きくなっていくことは、他の市に住んでいる人よりも誇らしく思えているに違いない。ずっと市というものに住んでいると、すでに開発されるところを見続けてきたので、感覚もマヒしている。今では工事の音がうるさいだの、子供の声が大きすぎるなどと、ウンザリしている人がおおいのだろうが、K市ではそんな思いの人はまだいないだろうと思われていることで、どんどん開発が進められるに違いない。

 さあ、そんな市に一体どんな人たちが住んでいるのだろうか?

 市役所は町役場を一応そのまま使用しているが、住宅地の開発が一段落すれば、市役所の建て直しも計画予定だ。そのあたりまでは青写真が出来上がっている。出来上がった青写真の元、進められている計画を、市では「ビッグバン」と呼んでいる。

 きっとどこでも呼ばれている名前なのだろうが、新しい市には新鮮でいい名前なのである。

 そんな大規模な計画ではあったが、交渉その他もうまく行ったのであろう。市ができてから三年もしないうちに、本社ビルが完成し、社宅にも人が引っ越してきて、いよいよ本格稼働が始まった。すでにまわりには恰好、郵便局、大型商業施設がオープンしていて、まるで、

「かなり前からの賑わいだったのではないか」

 と思えるほどの違和感のなさであった。

 そんな地元大手企業の営業部課長に、有原という人がいる。彼は四十代後半のバリバリの年齢であるが、こちらに引っ越してきてからも、今までと変わりなく仕事をこなしていた。

 奥さんの方も、近所づきあいと言っても、皆同じ会社の人なので、今のところ気遣いをすることもなかった。社交的な性格なので、近所づきあいも悪くはなかったのだ。

 また二人の間には、娘がいた。それも二人である。すでに手がかからない年齢になっていたが、学費や何かで少々物入りであったが、この会社で営業課長を務めている以上、よほどのことがなければ、問題はなかった。

 奥さんとは共稼ぎで、パートに出ていたが、それも奥さんは別に苦痛に感じているわけではなく、

「家にずっといるよりもマシ」

 ということで、家族も団らんで平和であった。

 娘の一人はみゆきという名前の高校二年生だった。

 近くの高校に通っているが、成績は可もなく不可も鳴くと言ったところであろうか。学校の先生が見ても、

「社交的で明るい性格であるが、たまに何を考えているか分からない時があるかのように、考えごとをしていることがある」

 というイメージがあったようだ。

 だが、誰かに迷惑を掛けるわけでもなく、友達も多いので、先生もそれほど心配をしているわけではなかった。それでも、他の人とは少し違った変わり者というイメージを拭い去ることはできず、それが長所であればいいと思う先生たちであった。

 しかし、それが本当に長所だということが証明されるのは、それからすぐのことで、まわりの人も一目置かないわけにはいかなくなることになるのだが、それが、これからお話する物語であった。この時までは、彼女自身にも自分にそんな力が備わっているなどと思っていなかっただろう。本当にただの女子高生でしかなかったのだ。

 彼女の高校は、男女共学であった。性格は少し変わっていたが、男子にはなぜか気になる存在だったようだ。

 しかし、彼女のことをあからさまに気にしていると、他の女子から白い目で見られることもあり、そこまでのリスクを犯してまで、彼女に注目する必要もなかったので、皆影から見つめる程度だった。

 一歩間違えればストーカー目線であったが、そこまでさせないのも、彼女の雰囲気によるものか、これこそ、いい性格を裏付けるものなのかも知れない。

 男子生徒に本当に人気のある女の子は、まるでアイドルのような女の子だった。一度皆と一緒にF市の繁華街に出かけた時のことだったが、彼女には数人のスカウト連中が名刺を渡しているようだった。だが、そんな中、一人のスカウトが、注目の女の子に名刺を渡さす、

「君のことが気になったので、よかったら連絡をください」

 と言って渡した相手がみゆきだったのだ。

 本命の女の子はあからさまに嫉妬心を抱いているようだった。

――何よ、どうして私じゃないの?

 と言いたげである。

 しかし、みゆきは戸惑うこともなかった。

「ありがとうございます」

 と言っただけで、その様子は、初めてスカウトされたとは思えないほどの落ち着きだった。

 だが、さらに驚くべきは、みゆきは最初からスカウトに応じるつもりなど微塵もなかった。普通であればその気がなくともスカウトされれば、少しは気にするものだが、みゆきにはその素振りはなかった。

 自信がないからなどということではない。彼女自身、別にやろうと思えばできるくらいの思いがあった。

「ただ、自分には興味がない」

 ただ、それだけのことだったのだ。

 興味のあることには、おせっかいなくらいに顔を突っ込むのに、興味のないことには、誰から頼まれてもしようとはしない。小学生の時、興味のないことであったが、少々上手だったバレーボールの試合があるから、円バーに加わってほしいと言われて参加したが、本人が思っているとよりも、ほとんど活躍できなかった。

―ーおかしいわ――

 と思ったところに友達が、

「何か、面白くなさそうにしている感じだったわ」

 と、相手からすれば悪気はなかったのだろうが、そう言われてみゆきはショックを受けていた。

 その時初めて、

――そうなんだ、私は興味のないことには、身体が反応しないんだ――

 ということに気が付いたのだ。

 冷めていると言われるかも知れないが、自分のことを理解するということが大切なのだと、子供なからに無意識ではあっても感じたことは、それからの彼女の人生に大きな影響を与えたのは間違いない。

 そういう意味で、彼女は中学時代にまわりから無視されたり、苛めとまではいかないが、陰湿な目で見られたりしたことがあったが、本人がそれを意識していないので、まわりもそのうちに彼女を意識することがなくなっていった。

 だが、逆に彼女に対して、大いに興味を持つ人も少なくはなかった。まわりが、

「長いものには巻かれろ」

 というような風潮になっている時に、一人逆らうように、我が道を行く彼女を、実に男らしいと思えるような雰囲気を醸し出していることは、見る人によっては実に魅力的なのだろう。

 そんな彼女に対してのイメージは、

「敵も多いが、味方もいる」

 と言えばいいのだろう。

 敵が多いのは、彼女のような性格であれば仕方のないことだろうが、少なくとも味方がいるということはありがたいことである。それがみゆきの性格でもあり、いいところなのだろう。

 高校生に入ると、彼女に対しての視線は、さらに極端になっていた。嫌いだと思う人たちにとって、

「存在が邪魔」

 とまで感じるのだが、どうしても手出しできない雰囲気があった。

 それはきっと彼女に味方が増えてきたからなのかも知れない。

 しかもその味方というのが、彼女を嫌いに思っている人から見ると、

「敵に回すとこれ以上厄介なことはない」

 と思われるべき人たちで、敵を彼女以外に作ってしまうことは、いかにも本末転倒なことである。

 みゆきという女の子の存在が、学校内でもウワサになりかかっていた。そのウワサは決して悪いものではなく、

「頭の切れる、それでいて芸能界にスカウトされるビジュアルを兼ね備えた美少女」

 という印象である。

 彼女の頭が切れるという印象は、あれはいつだったか、クラスで万引き騒ぎがあった時、彼女は直接に関係していたわけではないので、最初は関わっていなかったが、実際にまわりの人が話している話だけを総合して考えれば、犯人が誰であるかをズバリ指摘したことで、彼女はとたんに有名になったのだ。

「私は別に犯人を指摘したわけではなく、着眼点を見つけて、想像したことを口にしただけです」

 と言っていたが、それが平気でできるだけまわりは感心していた。

 彼女が自分で言ったことは間違いのない事実だろう。それが彼女の自分をよく分かっているということであり、それが本当の彼女のいいところなのだが、それ以上に表に出てきた事実だけを見て判断する人たちから見れば、

「彼女は頭が切れる」

 という風に考えてしまう。

 つまり相手を分析しようとせず、全体的に見えたそのままを直接感じるだけなのだ。そこに想像力も思考能力も何もない。そのどちらも兼ね備えて言うみゆきにとっては、どうして誰も頭に描かずに、見えていることだけで判断しようとするのか疑問だった。

 それはきっと、世の中の風潮が、

「物事は事実が一番正しく、想像力は事実に比べれば劣るものだ」

 というような感覚に包まれていると思っているからであろう。

 確かに、事実に勝るものはないが、想像力を伴わないと、真実に行き着くことはできない。それを感じているのが、みゆきだったのだ。

 みゆきのことを、

「天才だ」

 という意見は多い。

 彼女を好きになれない、いわゆる敵と目されている人が見ても、天才という言葉を否定できるだけの力はない。

 ただ一つ、彼女にはどこか頭が足りないようなところがあった。それは小学生の頃から叙実に現れていたが、最近ではあまりの天才ぶりにそのことを皆忘れてしまっているかのようだった。

 彼女に敵が多いのも、そういう意識されない中での直感が、彼女に対して敵視する気持ちを育んでいたのかも知れない。

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