賢者様、貴方をパーティーから追放させてください!
鳥路
1:攻防戦は今日も緩やかに
「ノワ!貴方を追放するわ!」
「毎回言っているけれど、私が追放される理由なんて今は存在しないと思う…」
高らかにそう宣言しても、彼女は何も動じない。
ぼんやりとした紫色の目を、長い黒髪の間から向けてきた「ノワ・エイルシュタット」は、面倒くさそうに大あくびをした後、私を見つめてきた。
余裕しか存在しないその目に、少しだけ・・・ほんの少しだけ。
「今日も綺麗…」
「?」
いけない。うっかり「本音」が出てしまった。
非常に残念だが、今はその感情を表に出すことは許されない。
私は私の役割を全うしなければならないのだから。
「で、アリア。どうして私を追放したいの?そろそろちゃんとした理由を教えてほしいな?」
「わ、私が貴方のことが嫌いだからよ!」
「嘘」
「なんでそんな事が貴方にわかるのよ…」
「理由は二つ」
ノワは私に「親指と人差し指」で作った「2」を向けつつ、話を続けてくれた
「一つ、私は賢者。言葉の真偽ぐらい魔法で暴けるし、そういう魔法だって普通に使える」
「え…そんな情報初耳なんだけど」
確かに彼女の仕事は賢者。そういう魔法も使えたりするのだろう。
…そんな魔法、ノワが使っていた描写なんてあったかな。
記憶にある「物語」を辿ってみても、ノワがこんな魔法を使っていた描写はどこにもない。
・・・まあ、今は物語外だし、本編で使わなかった魔法も実は使えたとか?
そういうことがありそう。あまり気には留めないでおこう。
「たとえ
「理には叶っているわね…で、もう一つは?」
「二つ目。そもそもこのパーティーには私とアリアしかいない。つまりのところ、私を追放してもメリットが一切存在しない」
ノワの言う通り、このパーティーは今、私とノワしかいない。
今後増える予定だけれども、それでも今のうちから「無謀な
全部、今のうちに。実を為す日まで。
「メリットなんて知ったことではないわ!」
「ふむ」
「私は貴方が嫌い!一緒に行動したくない!理由はそれだけで十分なのよ!」
「確かに十分だね」
「でしょう?」
したり顔で告げてみる。「アリア」ならこうするだろうから。
ノワも少しは納得してくれたようだ。
もしかしたら、もしかしなくても…早い段階で追放が叶っちゃうのだろうか。
それは私にとって万々歳。
私の目的は「ノワを追放すること」…ただ、それだけなのだから。
…その後の私がどうなるかぐらい「わかっている」けれど、ノワが正しい道を歩く為に必要なことだから。
今生も志半ばで終える覚悟ぐらい、アリアになった時点でできている。
「まあ、全部嘘だってわかっているけれど。ほら、杖の先端に灯る光を見て。赤く点滅しているでしょう?嘘の証拠〜。」
「その魔法、本当に厄介ね!?」
「実際のところは「今日も顔がいい」「素敵だわノワ」「抱いて!」って考えてるみたいだし」
「そんなことこれっぽっちも考えていないわよ!」
「ちなみに「抱いて」はどういう意味で?」
「ハグなんて求めていないわよ?」
これは本心。抱きしめられるのは好きじゃない。
嫌なことを思い出すから。
死ぬ前の、凄く嫌な…悲しい思い出を。
ノワはそんな私の心を見破ることはなく、ただ呆然と私を見下ろしてきていた。
追放では動揺しなかった目は何故か揺れており、彼女から動揺が伝わってくる。
「すまないね、アリア」
「魔法を使って言葉の真偽を確かめていたことに対する謝罪かしら」
「そんなどうでもいいことじゃなくて」
「全然どうでも良くないわよ」
「…私は、既に心が穢れていたらしい。申し訳ない」
「謝罪する箇所が間違っているわよ」
心が穢れるって…よくわからないのだけれど。
でも、ノワの心が一時的にだが穢れてしまう展開は「物語」の中に存在した。
でもそれはノワが魔に堕ちたアリアを殺した後の話。今は穢れるわけがないのだが…どうしてこのタイミングで?
私は何か行動や選択を間違えただろうか。
…考えても、それらしき行動には心当たりがない。
「けれど、ハグは求めてくれているらしい。アリア、抱きしめてあげようか」
「…だからそんなこと求めていないわよ」
「アリアは本当に真逆のことしか言わないね。「正直に生きなさい」って、出立の時にご両親から言われていなかった?」
「その両親の教えの通り、私は本心のみを貴方に告げているのよ」
二人旅にしては賑やかで騒がしく。道中を歩いていく。
けれど、会話を終えれば静かな旅に戻ってしまう。
少しだけ寂しさを覚えてしまうのは…なぜだろうか。
おかしいなぁ・・・静かな空間には慣れていたはずなのに。
「…」
若葉色の草原が広がる、平和な象徴のような道を歩く私達。
風の妖精が生み出す優しいそよ風は、ひだまりの温かく、始まりと共に私達の背を押した・
今、私の目の前に広がる光景は「ノワが主人公をやっている小説に書かれていた一節」のような光景だ。
小説は生前、読み聞かせてもらった。
けれど、外の記憶がないからどういうものなのか分からなかった私は・・・上手くその景色を想像できなかったが…。
「外ってこんなにも綺麗だったのね」
「当たり前の光景でしょう?何を今更」
「独り言を聞かないでくれるかしら!?」
「声が大きいから。聞こえちゃっただけだよ。独り言を言うのなら、もう少し小さくしないとね。内緒話ができなくなっちゃうよ?」
「ん〜〜〜〜〜!」
暴力に訴えたくはないのだが、アリアらしさを追求するには暴力が一番…だと思っている。
しかし私が振り上げた拳を、ノワはスイスイ避けていく。
「アリアは一人では戦えない。運動音痴だから。拳一つ私に当てられない」
「それは言わなくていいのよ…!」
事実、私は運動音痴。
正確には・・・私の中身が、だけれども。
「聖剣を扱える腕と脚は勇者仕様で出来上がっているのに、動きが本当に、びっくりしすぎて腰抜かす程度には酷い…。貴族って皆こうなの?赤ちゃんのほうがまだ動けている気がするよ」
「仕方ないでしょう?今まで身体を動かしてこなかったもの。立っている時間より、座っている時間が」
「自分で何かをする時間より、使用人の作業を黙って椅子に腰掛け見守る時間の方が多かったってところかな」
「そんなところよ」
「貴族」として最低限の運動しかしてこなかったと受け取ってもらえたのだろうか。
言葉の真偽を確かめる魔法の存在が厄介だが、流石に本当の意味までは辿り着けていないと信じていたい。
「…これ以上会話をしていたらボロがでそうだわ」
「何か言った?」
「なんでも。ほら、ノワ、行くわよ」
「え、いいの?追放は?」
「貴方がいないと私がまともに戦えない事を今さっき自分で証明してしまったから。今は、仕方なくよ」
「へぇ」
「でも、近いうちに私も強くなるし、戦える人を追加で入れる予定だから。それまで追放はお預けよ!」
「え〜…じゃあ、その追加メンバーは私が追い出すね?」
…今、この人は笑顔で何を告げた?
私の脳が追いつかないだけ?
聞き間違いじゃなければ、追加メンバーは追い出すって言ったよね?
「せ、せめて私への好感度を調整する程度にしておきなさいよ」
「上がらなさそうだしなぁ。それなら、アリアが私に依存し続ける状況を作り上げておくのが一番かな、と」
「なんか凄く怖いこと言わないでもらえるかしら…」
「追放しないって言ってくれたら言うのやめるよ」
「その思考が消えない限り、貴方は絶対に追放してやるわ…」
こんな危険人物、側に置いていたら私の身が危ない。
早く追放しなきゃ・・・ノワは物語のキャラクターとしては好きだけれど、目の前にいる彼女は好きになれない。むしろ危険人物すぎて今すぐにでも離れたいぐらいだ。
…物語上のノワも、語られていないだけでこんな性格だったのかしら。
「正論だね。けど、私は追放されてやらないよ。アリアを守るためなら、どんな手段でも使うつもりだから」
「ふん。やってみなさい。私は絶対に貴方を追放してやるから!」
これは本来「追放から始まる物語」
ここは【賢者ノワ】の世界。
私が生きていた世界で販売されていた小説の世界。
勇者アリアにパーティーを追放された賢者ノワが世界を駆けて、この世界を蝕む魔王を討伐する物語…だった。
この物語が狂ったのはきっと、私が原因だ。
勇者「アリア・イレイス」の中身で、彼女が転生先だった現代の一般人。
それが私「
そんな私がやるべきことはただ一つ。
賢者ノワが誕生する前の、小説とは異なる展開を見せるこの歪んだ世界に。
ノワを勇者パーティーから追放し、本来の物語「賢者ノワ」を始める舞台装置として、機能することだけだ。
…どうして、こんなことになったのだろうか。
事の始まりは、
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