ファンタジー世界に異世界転移だと思ったら2000年後の地球…だと?! 

ヤニカス太郎

序章 始まりの刻

第1話 無能の烙印


 「はぁ…腹が減った」


 碌に整備もされてない土の道を歩きながら、少年は腹をさすりそう呟いた。

 もう丸一日何も口にしてない為、彼の腹は悲鳴のような音を上げる。

 


 「いったいここはどこなんだよ…。とにかく人が居るとこを見つけないとな」


 彼はかなり前に角が生えた馬の様な生物が馬車を引いて向かった方を目指して歩いていた。

 少なくともその方角には人が住む場所があるだろう、という希望的憶測だけが今の彼の原動力であり、そう思わなければやってられないと言うのが現実である。

 そうしてようやく歩き続け体感で数時間経った頃、彼の目の前に街らしきものが見えてきた。


 「本当に街があって良かった…」


 彼は力なくそう呟いた。


 街の入口には門があり検問が行われているらしく、それを待つ人々の列ができていた。


 ――この街の外観や周りの人達の服装的にやはりここは異世界で確定だな…。あの角の生えた馬を見た時からそうじゃないかと思っていたがいざ受け入れるとなるとクるモノがあるなぁ。


 未だに現実を受け止めれてない心を落ち着ける様に大きく深呼吸をすると、街に入る為に少年は検問待ちの列へと並ぶため歩き出した。


 ――――――――――――――――――――



 少年、空山クウゴは極めて普通の高校三年生だ。


 幼少の頃は他に人には見えない不思議な物が見えていた為、気味の悪い子供扱いを受けていた時期もあったが、ある時を境にそれもなくなり、今はごく普通の高校生として生活していた。

 そして英語が堪能だった事を生かし、イギリスの大学を受験し合格した矢先にそれは起きた。


 『君は真実と向き合わなければいけない。だけどきっと君なら大丈夫。会えるのを楽しみにしているよ』


 そんな不思議で何処か懐かしい声が聞こえ、目を覚ませば知らない場所へと放り出されていた。

 持ち物は何もなく来ていた無地の白いTシャツとジーパンと言う着の身着のままの状態。


 土地勘もなく、道沿いを歩けど辺りに人の姿は見えず、漸く見つけた馬車も自分が知る馬とは違い、角を生やす異質なものがひいていたうえに自分には目もくれず走り去っていった。

 しかし、馬車が通ったという事は少なくともそれに乗る人が居る、という事でありそれを頼りに何とか街まで辿り着いたのだ。

 しかし、そんな彼に待ち受けていたのはとても残酷な現実であった。

 

 ――しかし周りの話声を聞くにどう考えても使ってる言語は英語…だよな?個人的には言語に問題がない事はありがたいが疑問は残るよなぁ…。


 そんな事を考えながら待っていると、検問の順番が回って来た彼は、言われるがままに水晶に手をかざしたのだが、その水晶に映しだされた内容をみた検問官が凄い形相で彼に迫って来たのだ。


 「貴様、カーレスではないか!何故隷属紋もつけず放し飼いにされているのだ!? 」


 「カーレス??隷属紋??何だよそれ…俺は普通の人間だって! 」


 「ええい、カーレス如きが許可なく口を開くとは、躾がなっていないな。貴様の主人はどこだ?!飼い主が来るまで動くなよ? 」


 クウゴは検問官に槍を突きつけられる。

 

 現実離れした状況に脳が痺れる感覚に襲われ首筋を冷や汗がつたう。


 ――なんだよこの状況?!俺が一体何したってんだ!


 兵士の言っている意味も理解できない上に首筋に槍を突きつけられるという誰しもが混乱するであろう状況の中で誰にも助けを求める事が出来ないという絶望感が体を蝕み思考すらも停止しそうになる。


 横から声が聞こえてきたのはそんな時だった。


 「悪い悪い。こいつは俺んとこのだ。隷属紋がなんかの不具合で消えちまったんだが驚いたぜ。エーテルの濃度の濃い場所に行ったからかもな」


 そう言いながら声の主はクウゴと検問官の間に割って入るとクウゴへ向けられていた槍を掴み下ろさせた。

 その人物は茶色の髪を短く切りそろえた青い瞳に口周りに髭を生やした高身長の男だった。

 その男の腰には特徴的な紫の宝石がはめられた剣がぶら下げられており、不思議と目を引くのを感じる。


 「貴様がこいつの飼い主だと?しかも隷属紋が消えた等それが事実なら大事ではないか! 」


 「ああそうだ。だけどここは一つ大事にせず街に入れてくれや。これは迷惑料だ受け取ってくれ」


 そう言いながら男は懐から出した革袋を検問官に掴ませた。

 中身を確認した検問官はフンと鼻を鳴らしながら口を開く。


 「今度からは気を付けろ。今回は見逃してやる」


 「ありがとさん。恩に着る」


  クウゴが状況を掴めないまま呆然としていると先程の男が声を掛けてきた。


 「おい、もたもたするな行くぞ」


 「あ、ああ」


 今はこの男に付いて行くしか選択が無いと判断し男の後を追いかけるのだった。


 ―――――――――――――――――


 

 「俺の名はバルトス。お前さんは? 」


 街の中に入り暫くすると先程の男、バルトスが話しかけてきた。

 彼の顔には細かい皺が無数に刻まれており齢五十は越えてると思われるがその造りは端正であり俗にいう男前というカテゴリーに入る顔立ちをしている。

 そんな事を考えながらもバルトスへなんとか返事をした。

 

 「俺は空山クウゴ。なあ色々聞きたい事があるんだが…」


 「そうだな。俺もお前さんに聞きたい事が山ほどあるんだが取りあえずツレが待っているんでな。一先ず俺のとっている宿に来てもらおう。お前さんもそこの方が落ち着いて話せるだろう? 」


 「あ、ああそれで構わない」


 何もわからないこの場所で見知らぬ人間に付いて行くのは危険だという気持ちもあったがそれ以上にこの男は信用しても良いと思える何かがあった。


 「こっちだ。はぐれるなよ」


 クウゴはバルトスの背中を見失わない様に人通りの多い西洋風の石畳で出来た道を歩いて行くのだった。

 

 その道中、町の住人達が手のひらから水をコップに注いだり風で荷物を浮かしている光景が目にうつり、自分が見知らぬ土地に来たのだとクウゴは強く思い知らされた。


 宿に辿り着いた二人は宿の主人に軽く挨拶を交わした後バルトスの連れが待っているという部屋の前へとやって来ていた。


 扉を開けると部屋の中に居たのは透き通るようなプラチナブロンドの髪を腰あたりまで伸ばした美少女だった。

 

 少女は二人の方を向くと不思議そうな顔をしてバルトスへと問いかけた。


 「バルトスお帰りなさい。それとそちらの方は? 」


 「ああ、こいつはちと訳ありみたいでな。街の検問官と揉めてたんで拾ったんだ」


 「訳あり? 」


 「そうだ。詳しくはこれから聞くつもりなんだがカーレスなのに隷属紋を付けずにうろうろしてたみたいでな」


 「カーレスなのに隷属紋が無いですって?問答無用で殺されてもおかしくないじゃないですか…」


 そう言いながら少女はクウゴに近寄り首辺りを注意深く観察し始めた。


 「俺の首がどうかしたか? 」


 「どうかしたか?じゃないですよ! 」


 少し興奮気味にそう言う少女にクウゴは少し顔を引きつらせる。

 そんなクウゴにお構いなしとばかりに少女は言葉を続けた。


 「隷属紋とはカーレスと示す無能の烙印と言う意味の他に誰かの所有物と言う意味もあるんです。人権のないカーレスにとって隷属紋は命の保証の様な物。それ無しでよくその年まで生きれましたね…」


 呆れたとばかりの少女にクウゴは当たり前に抱いた疑問をぶつける。


 「ちょっと待て無能の烙印ってなんだよ。あの検問官も言ってけどそのカーレス?ってモノの意味も俺は知らねーんだ。なんとなく俺がそのカーレスってのに当てはまるってのは話の流れから分かるけど…」


 クウゴのその言葉に少女は呆れた目でバルトスを見る。


 「だから言っただろう?訳ありだって」


 「私が言いたいのはよく毎回面倒事を拾ってこれますねって事です」


 「おほめ頂き光栄だね」


 「褒めてないです」


 頭が痛いとばかりに額に手をやる少女にクウゴは激しい既視感に襲われたが何かが引っかかったかのようにそれが何だったのかは思い出せなかった。

 そんな事よりも目先の事の方が今は大事だと無理やり頭を切り替える。


 「いいかクウゴ。人は皆生まれながらにしてエーテルを持ってる。カーレスってのはなそのエーテルに属性を持たない人間の事を言うんだ。検問の時、水晶に触れただろ?あれでお前が属性を持たない者、つまりカーレスだと判明したんだ。本来カーレスってのは皆等しく生まれた時に属性診断され、無属性だと分かった時点で隷属紋を付けられ、誰かの所有物として扱われる。それはこのユーラシア大陸の国家ならどんな辺境だろうと例外はない」


 「ちょっと待て…。今なんて言った? 」


 「どんな辺境だろうと変わらないと…」


 「そうじゃない。その前だ! 」


 急に感情をむき出しにしながら語気を強めるクウゴに驚きながらバルトスは答えた。


 「お、おう。その前は確か…ユーラシア大陸の国家か? 」


 「やっぱりユーラシアって言ったんだな?! 」


 「ああ、そういってるだろ? 」


 「凄く蒼い顔してるけど大丈夫? 」


――話している言語がどう聞いても英語にしか聞こえなかったしこちらも英語で当然のごとく話せていた事には違和感を覚えていたが大陸まで同じとなると…もう認めるしか…


 クウゴの変化が気になった少女が心配そうに尋ねるがクウゴにその声は届くことなく彼はかすれた声で絞り出す様に呟いた。


 「まさか…ここは異世界じゃなく地球だってのか? 」


 その呟きは二人の耳に微かにだが確かに届いた。

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