7月27日(木) 『渡し守(わたしもり)』

「はぁ……」


 あ、またため息ついちゃった。これで今日、何回目だろう。

 夕食後、自室で軽い自己嫌悪に陥りながら勉強机で頬杖をつく。ため息の原因は分かっていた。私、櫻井あいらのお気に入りラジオ番組が、もうすぐ最終回を迎えるからだ。

 しかも、そのラジオにメッセージすら送れない、という現状。そりゃあ、気分も沈むわ。


 勉強机の片隅がすっかり定位置となった卓上ラジオから、女性パーソナリティの明るくハキハキとした声が届いている。放送されているのは七月限定のラジオ番組、タソアイこと、タソガレドキにはアイスティーを。

 そう、私のお気に入りラジオは今まさに、いつも通り放送されていた。


 番組パーソナリティは声優でもある瀬戸川セツナさん。今夜のメッセージテーマは【日本語について語ろう!】とのこと。

 セツナさんが、滑らかな一人トークで番組を進めていく。


『日本語って難しいですよねぇ。何歳になっても、知らない言葉と出会いませんか?私は最近、わたもり、って言葉を覚えました。渡し船の船頭さんのこと、なんですが、音の響きが素敵ですよね。まもる、と書いて、もり、と読むあたりに日本語の美しさを感じます。少し調べてみたんですけれど、渡し船自体は江戸時代には日本各地にあったそうです。ってことはその頃から渡し守のお仕事はあった、と言うことですよね。江戸時代からあるお仕事が、数は減っているかもですが、今現在も続いているって歴史を感じますね。あ、女性の渡し守って今はいらっしゃるんでしょうか?お仕事で渡し守の役、やってみたいなぁ。関係者の皆様、このラジオを聴いていたら、ぜひともよろしくお願いします!』

「セツナさん、ちゃっかりしてるなぁ」


 思わず、くすっと笑ってしまった。

 タソアイの放送は、今日を含めて残り三回。私は噛み締めるようにして、ラジオから届くセツナさんの声や流れてくる音楽に、耳を傾けるのだった。

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