夜明け告ぐ雷鳴
序
「寒い……」
窓が塞がれた箱馬車の中で、リリーは羽織っている外套の前をかき合わてつぶやく。
バルドと共に北へ向かうはずだった。なのに、置き去りにされて今は皇都へとヴィオラによって移送されている。
剣もローブも取り上げられたとはいえ、拘束はされてはいない。暖かい外套を与えられ捕虜というより保護されたという状況なのは、バルドがあらかじめヴィオラに根回ししていたからだ。
(これで、三度目……)
バルドとはもう二度、離れ離れになりかけていた。
一度目は今は亡き皇太子ラインハルトの差し金で敵勢へと離叛するように仕向けられ、二度目はクラウスによって敵の砦へと囚われた。
(今度は全部バルドの決めたこと、なんだわ)
一度目もバルドはラインハルトの口車に乗って、自分が離叛することに協力していた。だけれどその時のバルドは、戦況だけでなく立場や身分によっていつかくる別れを恐れていたゆえの選択だった。
だけれど、今度は違う。
最後まで一緒にいられるはずだった。なのに、彼は別れることを選んだ。
リリーは馬車の壁に体をもたれかからせて、目を閉じる。
泣く気にはなれなかった。まだ現実を受け止め切れていないのもあったが、感情を動かす気力すらわかない。最初こそ混乱も怒りもあったとはいえ、今はもう何をどうしていいかわからない。
あれだけ一緒にいて欲しいと言っていたバルドが望むことが、自分が生きることだということだけとうことだけが明確すぎて、感情も思考も硬直している。
リリーはごとごとと揺れる馬車の中で、体を丸くてして自分の行き着く先を考えることもなくただぼんやりと流れに身を任せるばかりだった。
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