5
皇都陥落から二日後、バルド率いる部隊は谷沿いの屋敷で一夜過ごすことになった。島の南側では珍しい雪が降りだした時、屋敷の主が招いてくれたのだ。
この屋敷の主は男爵位だが、跡取りが病で倒れ継ぐ者がいないらしい。いずれ土地屋敷は皇家へ返納せねばならないもので、わざわざ革命軍につく理由もなければ戦に出ることもなく余生を過ごすつもりだったらしい。
しかしたまたま領民から近くでバルド達を見かけたという話を聞き、最後に主君のために何かできることをと宿を貸してくれたのだ。
うっすらと雪を被った段々畑を見下ろせる屋敷は古めかしく、あまり修繕も行き届いていないのか石の壁が朽ちて欠けているところがあちらこちらに見れた。
だが天幕で野宿することに比べれば贅沢すぎるほどだと、マリウスは寒さで傷痕がうずく腕を残った片方の手で撫でる。
「何もないところですが、皆様方、ゆるりとお過ごし下さい」
屋敷の主は年老いていて、白髪の頭も薄く腰も曲がり杖をついてよろよろと歩いていた。手には幾つか指輪が填っており、『玉』の魔道士らしかった。
マリウスはバルドとリリーが屋敷に入ってすぐの大広間で、領主と話すのを横で聞きながら、近隣一帯の事情を把握していく。
ここまでの道程も予定とは大幅に遅れていた。途中革命軍側について突発的に挙兵した軍の襲撃を二度受けて道を変え、その途中で皇家軍につきたいという者もわずかに増えた。
この辺り一体の魔道士は革命軍についていって、わずかな魔道士しか残っていないらしい。それもこの屋敷の主と同じく年老いた者や、怪我で動けない者ばかりだそうだ。
(戦力にはならないか……)
少しでも兵が増えるにこしたことはないと期待していたマリウスは、表情を変えないまま落胆する。
(寡兵でも皇主様を命をとしてお護りせねば)
そう自分に厳命を課しても、バルドからは一歩退いたところに立たされている。
マリウスはバルドの傍らで常にいて世話役をしているリリーを見やる。
主君が心を許しているのはいつまでたっても彼女だけだ。
バルドのリリーへの信頼は臣下としての能力や彼女の忠心ではなく、ひとりの人間同士としての私情であることはわかっている。
それでも尚、この状況下で忠誠を尽くそうとしている臣下を誰ひとりとして受け入れない主君に、ふと虚しさを覚えてしまう。
見返りを求めるなど、愚かだ。
マリウスは自分自身の卑しさにかすかに眉を顰めた。
「御領主様」
話が終わる頃、行商人と思しき男が屋敷へとそのまま入ってくる。誰も不躾だとは咎めない。
行商人は怯えた瞳でバルドを見やって、ぼそりと皇都が陥落したことを告げた。
前皇主と宰相が没し、水将を筆頭にして複数の魔道士は落ち延びたということを行商の途中耳に入れたということだ。
マリウスは静かに父の消息が聞けるのを待っていたが、行商人から父らしき人物の話題が出ることはなかった。
だがもう生きてはいないだろう。
父が将軍職を辞したのも、前線に長く立ち続けることが難しいほど体調が芳しくないというのが一因でもあった。父ならばバルドに付き従うことは諦め、皇都を最後の戦場としたはずだ。
「……宵に、弔い」
厳かにバルドが命じて、屋敷の主がゆったりとうなずく。
そしてリリーがバルドから弔いの準備を先に進めておくことを命じられ、彼女は屋敷の主と数人の魔道士達と屋敷の奥に向かった。
姉は今頃、皇都に向かっているのだろうか。
ぼんやりとヴィオラのことを思い出し、郷愁が込み上げてくるのを堪えるマリウスはふとバルドの視線に気づく。
「話」
そして、バルドが短い言葉と視線だけで呼ぶのに、背を正す。
「はい。進路の変更などでしょうか」
皇都が落ちたならばまた進路を見直しできるだけ早い内に水将のラルスらと合流できできればいい。
「……ふたりだけで話」
しかし、バルドがしたいのは他の内密の話らしかった。
自分だけにしたい話とはいったいなんだろうかと、マリウスは疑問に思いつつもやっと頼りにされるのだと素直に主君に従うのだった。
***
皇都陥落から丸二日も過ぎ、やっと後処理が終わる目処がついてきた。
一日晒された前皇主の首も片付けられ、王宮、宰相家共に戦闘の名残が薄れていた。そして戦死者達の弔いも進んでいる。
皇家軍の戦死者もカイを始めとして、革命軍についた身内が遺骸を引き取って自分達で弔いたいと申し出てすでに複数引き取られている。落ち延びたラルス以外が自決したブラント家のように、引き取り手がない者達はまとめて火葬された。
家は片付いているが雷軍の兵舎の私室で過ごしているクラウスは、兄の妻達の生家から届いた手紙を暖炉にくべる。
甥や姪のためにも、これからも交流を持たないかという内容だった。というのは表向きで、結局の所新政府中枢にいる自分を足がかりにしたいというのが本音だ。
甥も姪も可愛いとは思わないので、付き合う義理はなかった。
父の葬儀も協同で行わないかとの話もあったが、それすら断って父は他の戦死者と共に火葬してもらった。
「新しい家名っていらない気もするなあ」
フォーベックの家名は捨てることに決めた。記号として新しい家名はいるかと思ったものの、いざ決めるとなると面倒になってくる。
家に帰る気もしない。兵舎で寝泊まりすることの方が多かったので、私物も置きっぱなしになっていてここを我が家と呼ぶ方がしっくりくる。
クラウスは屋敷の寝台よりもよっぽど馴染んだ長椅子に体を横たえる。
こうして仕事を放り出してくつろいでいると、リリーによく叱られたものである。彼女に叱られることだけは嫌いではなかった。
今にもリリーが部屋に来て、仕事が片付かないからさっさと報告書を仕上げろと言ってきそうな気がする。
だけれど、リリーはここにないない。
本来なら戻る予定のない者の部屋は空けて誰かに使わせることになっているが、彼女の部屋はそのままにさせてある。まだ皇都に移住してくる者の部屋が足らないという逼迫した状況でもないので、無理に動かす必要もなかった。
だが、リリーが自分の部屋と同じぐらいよく過ごしていたバルドの執務室と寝室はすでに空になっている。誰かが使うわけでもなく、皇族の戻る場所をそのままにしておきたくないというだけのことだ。
軍もそのうち国の警備組織として再編される。
千年かけて築かれたものはゆるやかに解体され、これから各領地の管轄についてが難所なるだろう。
「……死ぬほど、面倒くさい」
クラウスは天井を見上げてぼんやりと昔と先のことを考えながら、このまま何日か休暇が欲しいとぐったりする。
だが、新政府立ち上げでまだまだ慌ただしい。
明日には正式に今はほとんど呼ばれていない島の名を取って、国名をエンデル共和国とし『皇都』ベルシガは『首都』ベルシガとなる。
そして国家元首としてクラウスが擁立されることが決定となった。
過度な派閥争いを産まない中立的な立場と、新しい国を導く若い指導者という見てくれのためであってそれ以上の期待はない。
きちんと政を回すのは政府内の重役がやってくれる。
とはいえ何もやらないというわけにもいかず、誰が何を考えているかは知っておかねばならないので、報告書を読んだり直接話を聞いたりと忙しいことに変わりなかった。
「先にリリーだけどうにかできないかな」
バルドを討つ時には戦はまだ先だ。リリーを手に入れるのは、その時にならねば難しいだろう。
とはいえいい加減ひとりでうだうだ言いながら、仕事をするにも疲れてきた。
ひとりで迎えに行こうにも、さすがに剣を向けられたら歯が立たない。
「失礼します」
気分がくさくさしてきて、少しだけ寝ようとクラウスが決め込んだところでエレンが入ってくる。
「……俺、休みたいんだけど、急ぎの用か?」
「皇家の墓地管理について少し相談させていただきたいと思ったのですが、後でもかまいませんのでこれだけお渡ししておきます」
エレンはこのまま放棄されかけていた皇家の墓所の管理を自らやりたいと志願した。ベルシガのすぐ近くにある墓所には歴代の皇主や皇族の遺灰を収めた社と、それを取り囲む広い庭園がある。
広大すぎる庭園は縮小し、社は戦死者の供養塔として残したいという。
カイの甥を筆頭としてエレンに協力したいという者も数人いて、あまり大規模にならないよう厳重に監視すという前提つきで上層部も承諾した。
「墓の話は後で聞く。手紙は、ああ、ヴィオラさんからか」
彼女の父親であるジルベール侯爵の訃報は届いているので、その返事だろうとクラウスは封を開けて目を瞬かせる。
手紙とあともう一つ封筒が入っていた。
書簡の方は予想通りジルベール侯爵の葬儀は自分でやるとのことだったが、もう一通に関しては何も書いていなかった。
「では、失礼します」
手紙の内容は気にならないらしいエレンが出て行って、クラウスはもう一通の手紙を開ける。
見慣れた文字で差出人が誰なのか一目でわかる。
手紙の内容に眠気と疲れはどこかへ行ってしまった。
クラウスは長椅子から立ちあがり、ヴィオラからではない手紙を暖炉に放り込んでしかめっ面をする。
「……お前のそういうところ、本当に大嫌いなんだよ」
そして手紙の送り主へと悪態をついても、やりきれない苛立ちはそう簡単に収まりそうになかった。
***
皇都陥落の報を受けて行った弔いは、簡素なものだった。
全員で黙祷して一杯の白湯をを飲み干し、空になった杯に今度はスープを注ぎ、最後にまた空になった杯に酒を注いで半分だけ飲み干してもう半分は食事を終えるまで残しておく。
誰ひとりとして口を開かずに黙々と、食事をすませて最後に酒を飲む。
リリーはこの弔いの儀をするのは、初めてだった。
遠方で身内や親しい者が死んだ時にする、仮の葬儀のようなものらしい。普通はごく親しい者の間柄でしかやらないそうだ。
だが、今回は死者が誰かはっきりしないことと何より前の皇主が崩御したのだ。
リリーはバルドの表情を見やるが、特に深く悲しんでいる様子はなかった。
父親、といってもまともに会話をしたこともなく、式典などで顔を合せる程度ですぐに会える距離にいながらもとても遠い距離感があった親子。
リリーにはバルドの父親への感情はまったく想像できなかった。
(ジルベール侯爵も、生きてそうにないのかしら)
真正面にいるマリウスは、暗く沈んだ顔をしている。普段はあまり表情を変えず感情を顔に出さないので、よっぽどなのだろう。
そして自分の視線に気づいたのか、一瞬目があったもののすぐにそらされた。
ヴィオラが自分を見た一瞬と、重なって見えた。
あまりに似ていないようでも、やはり姉弟だからだろうかと胸のわだかまりが再び鎌首をもたげる。
そしてひとりだけこれといって見送る相手もおらず、ただ座っているだけになっているリリーは最後の酒を口にする。
雪の様子を見て問題なさそうであれば、明日の朝には出立ということで食事の後は各々休むことになった。
屋敷は広く寝台のないところであってもなんとか全員が屋敷内で眠れそうだった。隙間風は多少あっても、外で眠るよりは体は休まる。リリーはいつも通りバルドと同じ部屋だった。
まったく使われていないので、手入れが行き届いておらず申し訳ないと言われたが清潔なシーツと毛布があるだけでも十分だった。暖炉にも火が入っていて、仄かに明るく暖かい。
「雪、やむかしら」
リリーは窓辺から外を見るが、牡丹雪がまだ降り続けているのがぼんやりと見える。
「行軍に支障」
「雪が積もってるか、ぬかるんでるかのどっちかだものね」
水気の多い雪は積もりにくいが地面がぬかるんで動きづらいことに変わりない。リリーは寝台にあがって、バルドと一緒に毛布にくるまる。
皇都のことはお互い口にしなかった。バルドも何か話したい様子でもなかったので、リリーは何も言わなかった。
故郷といえば故郷ではあるものの、皇都という場所そのものに特に深い思い入れがあるわけでもない。バルドと一緒に過ごした思い出は多いとはいえ、帰りたいという郷愁もわかなかった。
自分の帰る場所はバルドの側以外に考えられなかった。
「……リー、クルトに会っていく?」
眠りかけた時、バルドがふと祖父のことを訊いてきた。
「いいわ水将と早く合流しないといけないでしょ。シェルに言付け頼むわ。話したいってことも特にないんだけど」
時間があれば顔だけでもみていこうかとは考えもしたが、会えないなら会えないで後悔はない。数ヶ月前に知ったばかりの祖父に対しても、まだ肉親という実感はなかった。
しかし、今こんなことをバルドが訊いてくるのは、彼は彼で父親に何かかけたい言葉でもあったのだろうか。
「バルド、急にどうしたの?」
「何もない。ただ、近くを通る。だから思い出した」
「そう。今、なんか変な気持ちじゃない? 悲しくない?」
自分もバルドも自分の感情に疎いところがある。特にバルドはそうだ。まだ気づいていない小さな傷がどこかにあるのかもしれないと、リリーはバルドの手を包みこむようして握る。
「……問題ない。父上が死んだことは、何も感じない。兄上の時と違う」
「そっか……」
それでもバルドの瞳の奥にまだ何かある気がして、リリーは彼の顔を覗き込む。
バルドはふっと目を細めて、そっと額に唇を寄せてくる。
額から、瞼、鼻先、そして最後に唇へ。
「俺は、問題ない」
ほんの一瞬の口づけの後に、バルドが囁いてリリーの体を抱き込む、
心配しているつもりが、いつの間にかなぜか自分の方が慰められていることを理不尽に思いながらリリーは目を閉じて、この日は仕方なくそのまま眠りについた。
***
翌朝は快晴だった。屋敷の主からわずかながらも食料を譲ってもらい、十分に礼を言ってバルド達一行は予定通り出立した。
ただ空気は痛いほど冷え切っていて、半分解けた雪で冷たい水たまりやぬかるみができて行軍は楽ではなかった。
それでもゆっくり休めたおかげで、魔道士達の足取りは前日までよりは軽い。昼過ぎには、目標地点である山の麓に到達して少し休息をとることになった。
「ちょっとだけあったかくなってきたわね」
動いたことと陽が高くなってきたことで、寒さはだいぶやわらいだとリリーはバルドに笑いかける。
「だが、まだ寒い」
寒がりのバルドがリリーの冷たい頬に手を当ててつぶやく。
「これから北に向かうんだから、しょうがないわよ」
冬はこれからだ。そして自分達は春に背を向けて北上している。本当に厳しい寒さが行き着く先で待ち受けているのだ。
「……リー、シェル、離脱」
そして、バルドが声を潜めてリリーにそう告げた。
ここはリリーの祖父の住む屋敷がある山のちょうど真向かいになった北側の山の麓である。もう少し南に向かって、あちらの麓まで行けばシェルも問題なく魔術で移動できるらしい。
「そうね。でも、あたしもついていくって必要?」
リリーは偵察という名目でシェルを途中まで送ることになっていた。
だがシェルひとりで行かせるのは多少危険があるとはいえ、彼は自分達より様々な魔術を扱える。自分が同行するほどのことでもないのではないかと、リリーは首を傾げる。
「行った方がいい。念のため」
「まあ、すぐそこだからいいんだけど……」
かすかな違和感を覚えながら、リリーは渋々うなずく。
それからシェルを呼び、ふたりでひっそりと軍を離れていくことになった。
「いやあ、何から何までお手数をおかけして申し訳ありません」
リリーの半歩後ろを行くシェルが後ろ頭をかきながら、へらへらと笑う。
「あたしのこの心臓のこと、すっきりさせてくれたのは感謝してるわよ」
皇祖のことも、自分自身のこともわけのわからないまま終わらずに済んだことはいいことだ。
「そうですか……山の方はまだ積もっていそうですね」
シェルが雪化粧が施された稜線を見上げて目を細める。
「どうせ魔術ですぐに行けるんだからいいんじゃないの。……爺様にも、色々教えておいてあげて。それと……」
肉親へ告げる最後の言葉とはどういうものなのか、まったく見当がつかない。伝えたい言葉というのもみつからなかった。
さようなら、は少し違う気もする。あまりにも過ごした時間は短く、頭で祖父だと認識していてもやはり心では赤の他人といった感覚だ。
「やっぱりいいわ。皇祖のことと、あたしはバルドと一緒に行くことだけ伝えておいて」
「はい……」
シェルの返答の歯切れは悪かったが、話題のせいだろうとリリーは気にしなかった。しばらくふたりで無言で雪と泥が混じった上に、大きな石や木切れが落ちる足下に気をつけながら目的地へと足を進める。
近くに滝があるのか水が落ちる音が聞こえるだけの道程は、戦が起こっていることがまるで遠い昔のことのように思えるほどに、穏やかな静けさだった。
しかし、妙に胸騒ぎがしてリリーは足を止めて振り返る。
「あの、どうしました?」
振り返った先でシェルが狼狽えた顔をして、リリーは眉根を寄せる。彼が怯えすぎていると感じた。
「何か気になるのよ。……誰かいるわ」
人の気配を感じて、リリーは双剣の柄を握る。
「驚かせてすまない」
警戒していると道の脇の林からマリウスが姿を現わした。
「どうしたんですか?」
なぜ彼がここにいるのか、リリーは剣の柄から手を離さないまま問いかける。敵意は感じられないが、マリウスの思い詰めた顔に嫌な予感がした。
「皇主様のご命令に従い、アクス補佐官の護衛を」
「護衛なんていりません。だいたい、なんでそんなこそこそついてきたんですか」
すぐに追いついてきたということは、あらかじめバルドが命じていたに違いない。
「……リリーさん、す、すいません。本当に、よくしてもらっていただいたのに。落ち着いたらまた、会いましょう!」
そしてリリーがマリウスに気をとられている内に、なぜかシェルが林の方へと走り出した。
「ちょっと、何、なんなの!?」
意味がわからないと混乱しながらも、よくないことが起こっているというのはわかった。
「皇主様からのご命令です。アクス補佐官を、フォーベック統率官の元に無事、送り届けろと」
絞り出すようにマリウスがそう言って、リリーは呆然としながらも首を横に振る。
「行かないわ。バルドのところに戻ります」
いまさら、いまさらどうして置いていくなんてことを考えるのか。
だけれど、うっすらとわかっていた。今日までの違和感は全部、これだったのだ。たぶん、ずっと前からバルドはひとりで終わることを決めていた。
シェルの魔力が回復していないというのも、おそらく嘘だったのだ。
(結婚式……)
ふたりだけで結婚式をしたいとバルドがひとりで思いついたのは、別れることを考えていたからだ。
(なんで、あたし、戻って来たのに。バルドの所に帰って来たのに)
囚われて、バルドに会いたい一心で帰り着いた時にバルドは本当は帰って来てほしくないと思っていたのか。
「アクス補佐官」
道を引き返そうとするリリーを、マリウスが制止する。
「どいてください。あたしは、バルドに聞かないと、言わないと……」
なぜ、こんなことを勝手に決めたのか、理由を聞いて怒らないと。
このままでは何ひとつ、納得がいかない。いくはずがない。
「マリウス!」
リリーが無理矢理マリウスを押しのけてでも、バルドの元へ戻ろうと考えた時ヴィオラと数名の魔道士が現れた。
リリーは唇をわななかせて、剣の柄から手を離す。
もう、追いつけない。
たったひとつだけわかるバルドの望みが、自分が生きることである以上ヴィオラとマリウスを相手にして戦うことすら選択できなかった。
「いきましょう」
リリーから戦意が消えたことに気づいたヴィオラが、気遣わしげに呼ぶ。
リリーは返事もしなければうなずきもしなかった。だが道を引き返すこともなく、とぼとぼとヴィオラの元へと歩み寄った。
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