終
リリーは姿見で自分の格好を入念に確認する。今、着ているのは白から濃い水色へと裾に行くにつれて色合いが濃くなる薄水色のドレスだ。
ディックハウト信奉者の処刑も全て終わり、血生臭い空気を切り替えるために、今夜は王宮で華やかな夜会が催される。
そんな事情があるのであまり気乗りはしない。それでも少しでも気晴らしができるように、念入りに着飾ってみた。
「準備できたわよ」
「おお、綺麗だな。あいかわらず、器用だよなあ」
部屋の外に出ると、正装姿のクラウスが笑う。
複雑に編み込まれて小粒の真珠の髪飾りが揺れる髪型に感服するクラウスへ、リリーはそうでしょうと胸を張る。
「リリーは自分がどこかのお嬢様だったらって考えないのか? こんなの座って半分寝てるうちに侍女がやってくれるぞ」
その言葉にふとカルラのことを思い出す。彼女は投獄されているものの、まだ生きているらしかった。また会えることがあるかもしれないと少し期待してしまう。
「……そういうのは別にいいわ。あたしは自分の好きなようにするの。ほら、あんた女の子待たせてるんだったらさっさと行く」
一緒に行く女の子がいるとは前々からクラウスは言っていたはずだ。
「……うっかりふたり同時に約束しちゃってどうするか迷い中」
「本当に、どうしようもない駄眼鏡ね」
道理でいつまでもこんな所でうろうろしているわけだ。リリーが呆れ果てていると、廊下の奥の方からバルドがやってくるのが見える。
「リー、遅い」
「髪纏めるのに時間かかったの。今日は髪も触らないでよ。苦労したんだから」
リリーは反射的にバルドから一歩、身を退く。
バルドへの想いを自覚し、戻ってきてすぐのことだ。クラウスに一冊の本を贈られた。革張りで綺麗な装丁の本は、すっかり忘れていた例の貴族の子女のための教本だった。
(バルドとの遊びが駄目なわけよね……。ちょっとどころじゃなく間違ってたわ)
リリーは自分の無知と、教本の中身を思い出してほんのりと肌を赤く染める。
そして自分の想いと正しい知識をきちんと飲み込めてからは、触れられるのに抵抗を覚えるようになってしまった。
いや、抵抗とは少し違う。本当はいつも通りに触れて欲しいと思っているのに、いざ近寄られると体が緊張して羞恥心が勝ってしまうのだ。
あんなに平気だったのに、こんなにも変わってしまったことに自分自身でも戸惑ってしまう。
幸いバルドは自分が嫌だということはしないものの、不満げで物欲しそうな視線を向けられるだけでいたたまれなくなる。
でも、居心地の悪さはない。
爪を噛むこともなくなってやっと綺麗になった。かといって、バルドに噛みついてじゃれたいとも思わない。結局あれは、漠然とした不安や怖れから気を紛らわせるためのものだったからかもしれない。
(本当に、一からやり直しだわ)
そう思ってリリーは淡く微笑む。
ふたりでまた一緒に積み重ねていけるものがあるのはただ単純に嬉しい。
「髪の代わりに別の所」
「別はもっと駄目」
交渉をばっさり切ると、バルドは仕方ないと不満顔で先に歩いて行ってしまう。
(でも、素直に退きすぎなのよね)
駄目と言っておきながら、あっさりと諦められてしまうとそれはそれで不満に思ってしまう。
本当に、自分がよく分からない。
「女の子置いていくのは酷いなあ。よし、俺は今日はリリーにするか」
面白そうにリリーとバルドを見ていたクラウスが、手を取ってくる。
「その選択肢はおかしいでしょ。あたしは付き添いなんていらないわよ」
リリーがクラウスの手の甲をつねっていると、先に行っていたバルドが引き返してきた。
「クラウスと一緒はいけない」
「そんな恐い顔して睨むなよ。冗談だって」
鋭い眼光に射られて、クラウスが怯んだ。リリーはその様子に苦笑してバルドと並んで歩き出す。
バルドは歩調すら合わせてくれない。今日は踵の高い靴を履いているのでなおさら追いつくのが大変だ。
ふと、バルドが歩調を緩めて、きちんと横にいるか確かめるようにリリーを見下ろす。そして安心した表情を見せて、また勝手にひとりで歩き出した。
リリーは文句を言わずに、そのままバルドに歩調を合わせる。
自分はバルドの側ににいると決めたのだ。けして離れはしないし、離しもしない。
いつか死がふたりを分かつ、その日がくるまでは――。
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